第37話 モモと風輪斬りを試した

  *  *  *


 田園風景が続く道をモモが歩いていた。俺はその右肩に止まっている。俺たちの後方には男女が横に並んで歩いていた。男の名はユージン、昨日俺が尾行した男だ。そして女の名はチシャとのことだ。チシャは腰より下に伸びている長い黒髪を二本の三つ編みにして背中に垂らしていた。


「ほら、あそこの建物だ」


 俺はモモの耳元で囁いた。


「フフフ、ありがとうね」

「んで、これからどうするんだ?」

「え? これでクエストは終わりなんだけど」

「え? そうなのか!?」

「ええ、チシャが依頼主なんだけど、ユージンと二人であの建物に入って、出てくるまで待ってるのがクエストの範囲よ。もちろん、あんたがこの家を探してくれたのがクエスト達成には必要不可欠だったんだけどね」


 どう言う事かよく分からんな。


 後ろを見てみるとチシャとユージンの表情は二人共こわばって見えた。


「で、俺たちは外でぼぉっと待ってるって訳か」

「ぼぉっと待つ訳無いじゃない!」

「え?」

「訓練しながら待つのよ!」

「あ、あぁ。お前、熱心だな」

「へへ。でしょ?」


 実際、その点は感心している。


 そして細い道を通って目指す塀に囲まれた建物に向かった。農家では無い様だが一体何用の建物だろう。空からは尾行した俺は気づかなかったが、僅かに上下に起伏する大地や所々に在る森が、いい塩梅あんばいでその建物を目立たなくしていた。


 塀の一部を構成する、扉は付いてない門にたどり着いたモモは、後ろから付いてきていたチシャとユージンを招いた。二人にはまだ、こわばった表情が張り付いている。


「ここよ」

「ありがとう」


 チシャがそう言うと、門を抜けて中に入っていった。


「私はここで待ってるから」


 モモが軽く手を振って言った。チシャは塀の中の建物をじっと見ている様だ。全てが木製のその建物の手前の壁には、数段の階段を中央に置くテラスが設置されている。中央には玄関があり、左右には窓があった。屋根は板で葺かれておりレンガ製の煙突の頭が見えた。


 ユージンが俯いたままチシャに続いていった。


「さってと」


 そう言うとモモは周囲を軽く見渡して、少し離れたところに生えている青々とした一本の木に向かって歩きだした。


 その木の影に入ったモモは、肩に止まっている俺を手で払った。


「危ないわよ」


 そう言ったモモはカタナを抜き、前方にまっすぐに突き出した。そしてゆっくりとその場で回った。まるで剣先で円を描いている様だ。俺はその様子を木の枝に止まって見ていた。


「見ててね」


 俺の方を向き笑顔で言ったモモは、カタナを納刀し腰に付けた袋からキビナッツをつまみ出し口に放り込んだ。フゥッと息を吐き中腰になるモモ。左手で鞘の鯉口近くを握り、右手は腰のカタナの柄にそっと置いた。モモの口の中でカリッと音が聞こえたと同時に、一気にモモの周囲の空気の質が変化した。そしてそのまま動かないモモ。その状態が二分程続いた。


 と、そこにひらひらと舞い降りる木の葉が一枚。


 キン!


 金属音だけを残し、微動だにしないモモ。そして真っ二つになった木の葉が地面にひらりと落ちた。


 ほう。風輪ふうりん斬りか。教えたばかりなのにここまでこなしてしまうとは。だが、まだやや動きが硬いな。


 その構えを解こうとしないモモ。まだ続けるつもりの様だ。俺はくちばしで木の葉を四枚ちぎり取り、モモの頭上の枝に飛んだ。そしてその葉をそっとくちばしから解放する。ひらひらと舞い降り始める葉っぱが四枚。いや、自然に散っていた葉を含めると五枚だ。


 キン、キン!


 響く金属音が二回。やはり微動だにしないモモがそこに居た。真っ二つになった葉は四枚。ただ一枚の葉はそのまま斬られずに地面に落ちた。


「あ~! だめだったわ」


 高まっていたモモの周囲の気が一瞬にして元に戻った。俺はモモの頭上の枝から離れ、モモの肩に飛び移った。


「お前、すごいな!」

「え? 一枚斬れなかったわよ?」

「いやいや、にしてもだ。よくもこんな短時間で教えたばっかりの技を使えるなぁ」

「え? えへ? えへへへ、へへ」


 だらしなく照れ笑いするモモ。


 モモは褒められることに慣れていないのか? 照れ方がヤバい。


「お前、ギフト能力でカタナを手から離れない様にすることができるんだろ? だったら柄を握る力をもう少し抜いて腕の振りをしなやかにしてみると良いかも知れないぞ」

「は、はい! 師匠! ご指導、ありがとうございます!」


 俺はそのモモの反応に驚きながら、さっきとは違う枝に飛び移った。モモは両手を自分の頬にあて、しばらくぼうっとしていた。いや、ぼうっとしているのではなく技の動きをイメージしながら確認しているのだろう。


 そしてモモは剣で素振りを始めた。別の鍛錬に切り替えた様だ。


   *   *   *


 モモが木の下で訓練をし始めて三十分が経とうとしていた。すると突然、モモが剣を振る動きを止め、チシャ達が入っていった建物の方を振り向く。モモの動きを眺めていた俺も、ほぼ同時に塀で囲まれたその建物の方を見ていた。塀の向こうの建物の内部から異様な気が発せられたからだ。


「ねえ、エコー。なんか変な感じがしない?」

「ああ」


 塀の内側で衝撃音がした。


「何」「なんだ!」


 モモと俺の声が重なる。モモが走り出すと同時に、俺も飛び立っていた。


 モモと俺が門までたどり着くと、建物の正面の扉が開きユージンと見知らぬ女が飛び出してきた。それと同時に黒いロープ状の物体が畝りながら二人に迫り寄り、一瞬にして首に巻き付く。二人は両手でその黒い物体を外そうと両手で掴むが、その黒い物体は力強い力で二人をあっと言う間に建物の中に引きずり込む。飲み込んだ獲物を逃さないために咬合する様に、すぐさま扉が閉まった。


「え? 何?」


 モモと俺が見つめる建物の扉がゆっくりと開きチシャが姿を現した。


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