第36話 モモの指示で尾行した
翌日、モモに付いてくる様に言われ宿を出た。ファングはルーラルとシムとオーク退治に向かったし、シャルは裁縫や手細工をするために宿に残っていた。もちろんそれぞれクエストを請けているからなのだ。宿を発つ前に、パイラの様子を見るために感覚を勝手に共有したが、昨晩からずっと寝ていた様だったし起きる気配もなかった。
「なぁモモ、お前が単独で請けたクエストは何なんだ?」
俺はデビュトの街を歩くモモの左肩に止まっている。道には多くの人が行き交い、両側には店が並んでいた。
「フフフ、人探しよ」
モモは俺が耳のそばで喋ったので、くすぐったいらしい。
「人探し?」
「そう。暇だったし、ちょっと気になったことが有ったから」
額に巻いた鉢巻をそっと触れるモモ。
「気になる事とは何だ?」
「依頼主がね、どうもギフト能力を持っているみたいなの。しかも、どの
果物を売り込んでくるおばさんに笑顔を向け、手で要らないと制しながら答えるモモ。
「それはマズい事なのか?」
「フフ。多分、大丈夫。もしギフト能力者だったら知り合いになっておいても良いかなって思って」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんよ。ところでエコー、パイラ姉さんは上手くやってるの?」
魔法学園内で上手く馴染めているということか? それとも魔法の習得が上手くやってるということなのか?
「上手くやってるってどう言う意味だ?」
「もちろん、あんたを人間にしてもらうための魔法の調査よ」
「あぁ、そっちな」
「そっちって、それ以外に何か懸念があるみたいなこと言ってんじゃないわよ。え? もしかして何か他に問題でもあるの?」
「他に懸念がある訳ないだろ」
パイラに関しては気になる事はいくつかあるが……。
「そう言えば、パイラの火傷の理由って知ってるか?」
「幼いときに火事に合ったって言ってたわ。それ以上のことは教えてくれないわ」
「そうか……」
「他に姉さんに何かあったら教えてよね。あっ、そうそう。それと、あんたが人間になれたら剣の稽古を直接つけてもらうからね!」
傾けた頭で俺を小突くモモ。
「分かってるよ」
「やったぁ! 約束よ!」
モモが飛び上がったので、俺は肩から飛び立つ羽目になった。
「あ、ああ」
「もし、裏切ったら本当に許さないからね。……本当に」
急に暗い表情になって、言葉尻は独り言の様につぶやくモモ。
「……おい、モモ?」
「あっ、ほらっ、見て!」
急に普段の元気なモモに戻って、俺の注意を視線の先に誘導した。
「正面の店から出てきた男が居るでしょ?」
話題を急に変えるモモ。
「ああ、茶色のベストを着たヤツだろ?」
モモが示す先には、冒険者風ではない、一般人とくらべると少しは裕福そうな男が店から出てくる様子が見えた。
「そうよ。じゃあ、あいつを空から尾行してね。そしてあの男が行った場所が分かったら私に教えて頂戴。私は宿で待ってるから」
「え!? おい!」
「え!? なに?」
心底不思議そうな顔をするモモ。
「お前のクエストだろ?」
「そうよ。でもエコーの方が見つからずに尾行できるし、私は待っている間に剣技の練習ができるし、一石二鳥でしょ? それに、男が行った場所が分かったからってそれでクエスト達成じゃないから! ちゃんと続きの作業もあるのよ!」
「いや、お前が半ギレになる理由が分からんのだが」
「ほらほら、良いから行って。あっ! 角を曲がって見えなくなっちゃったわよ」
「おっと」
俺はつい飛び出してしまった。後ろを振り返ってみると、モモはニコニコとしながら飛んでいく俺に手を振っていた。
まったく……。
* * *
俺が尾行した男は、細い路地を抜けたり建物の表から入って裏から出るなどして、尾行を躱すような動きを見せながら街壁の外に出た。そして小さな森が所々にまだ残っている、牧草地と農地が混在している様な場所に向かって行った。さらに一度は道を外れ小さな森を抜けるなど、明らかに尾行を警戒している動きをする。そして農作業用の細い道を通って塀に囲まれた建物に入った。俺はその建物の出入り口が見える木の枝に止まり、しばらく様子を見ることにした。
『おい、パイラ、今良いか?』
念話で話しかけてみたがパイラからの返事はない。男を見張っている間何度か呼び出したり感覚を勝手に共有してみたりしたが、パイラが眠りから覚めることはなかった。
尾行した男は建物に入ったまま二時間ぐらい出てこなかったので、俺は空高くまで舞い上がりモモが待つ宿まで一直線に帰ることにした。
障害物がない空を自由に飛べることはやはり快適だ。鳥に生まれ変わった唯一のメリットだと思う。いい具合の追い風に乗った俺は程なくデビュトの街壁を超え宿に着いた。裏庭に回ると、目を閉じ地面に胡座をかいているモモが居た。音を立てずに近づいた俺を察して目を開くモモ。
「ただいま」
「あら、お帰り」
俺は数回モモの周りを旋回して、モモの右肩に止まった。
「目を瞑って何をやってたんだ?」
「五輪斬りの訓練よ。攻撃圏内に入った対象を目で追ってたら間に合わないから、感じることができないかなって思って試してたの」
まじか……。なんか剣聖の能力を持ってるだけの俺よりセンスがあるんじゃないか?
「ほ、ほう。それは良い心がけだな」
「それはそうと、目的地は判明したの?」
「ああ、バッチリだ。今から行くのか?」
「今日はもう良いわよ。ありがとうね。明日改めて目的地に案内してもらうわ。私はこれから明日の準備をするから。じゃ」
そう言って、モモは宿の裏庭から駆け出してどこかへ行った。俺はモモの肩から飛び立って二階の開いた窓から俺たちが借りている部屋に飛び込んだ。
『おい、パイラ、今良いか?』
今日、何度目になるのだろう。俺は眠り続けているパイラに呼びかけてみた。
『あら、エコー』
起きたか!
俺は勝手にパイラの感覚を共有してみた。パイラはまだベッドに仰向けになっていた。パイラの目を通して板張りの天井が見えている。
『いつの間にか眠っちゃったみたい。昨晩は確かエコーと一緒に、
『あ、ああ。お前は急に眠たくなったと言いだしたから、昨日はお開きにしたんじゃないか。覚えていないのか?』
『そう、なのね? あまり覚えていないわ』
よし、セーフ。俺がパイラの体を乗っ取れるって事は、今は言わずにおいておこう。いずれ話す事になるだろうが今じゃない。
『魔力が完全に回復したときでいいから術者の聖刻を探しておいてくれ』
『分かったわ』
『ところでお前、本ばっかり読んでるが、たまには体は動かしてるのか?』
『え? どうして?』
『机に向かってばかりだと健康に悪いからな』
『そう言うことね。もちろん適度な運動はしてるわ』「必要なときがいずれ来るから」
最後は、俺が聞こえないと知って念話で喋らなかったパイラだった。
『そうか、じゃあな』
そして俺はパイラとの念話を切った。
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