第34話 パイラが気を失った
* * *
明かりを消しているのだろう、薄暗い室内で味気ない板で作られた天井が見える。今見えているのはパイラの私室の天井だ。パイラはベッドに横たわって天井を眺めている様だった。俺はパイラにコンタクトを取る前にこっそり感覚を共有しているのだ。
『なぁパイラ、
『ええ、もちろんよ』
俺の問いかけに、パイラが念話で答えた。
『名もなき精霊の聖刻を使った例の転移魔法を見ながら話はできるか?』
『ええ、ちょっと待ってね、準備するから。……よいしょ』
そう言ってパイラはベッドから起き上がり、部屋の隅の机に向かった。机上のランプに火を灯し、一冊の本を広げる。少しふらふらしている様だ。
『感覚を共有してもらっても良いか?』
『ええ、もちろん』
そう言ってパイラは椅子を引いて腰掛けた。
『おい、お前、何か疲れていないか?』
『え? 今日の授業の課題で魔法をたくさん使ったからね、ちょっと疲れてるけど大丈夫よ。今日はもう寝るだけだしね』
『なるほど。ところで、魔法を使いすぎるとどうなるんだ? それ以上魔法が使えなくなるだけか?』
『あら、エコーにはまだ言ってなかったかしら。魔法やギフト能力を限界を超えて使いすぎると昏睡してしまうのよ』
『まさか、そのまま死んでしまうんじゃないだろうな?』
『いいえ、眠ってしまうのよ。魔力が回復して起きるまでは、何もできないわ』
『そうか。傷を癒やす魔法はあると言ってた気がするが、魔力を回復する薬は有るのか?』
『そう言えば魔力を回復する魔法や道具なんて聞いたことがないわね』
『そうか』
『それで? この転送の
パイラの目を通して、机の上に広げられている魔導書が見える。ところどころ空白があるが、ページにはびっしりと文字が連なっていた。
『てか、インデントとか言う概念は無いよかよ……』
『インデント? 何それ?』
『あ、ああ。開始文字位置をずらして、
『
『なるほどね。じゃぁ、本題に入るぞ。今見えてるのが例の1メートル後ろに転移する魔法だよな。その
『そうよ』
『この内、聖刻はどれなんだ?』
『名もなき精霊の聖刻はこれよ』
パイラは開かれた本の一箇所を指でなぞった。そこには四つの文字が並んでいた。以前
『お前のギフト能力で確かめてくれ。全ての人の聖刻は五つの文字列で表される、この問の答えは何だ?』
『イエスよ』
『じゃあ、精霊や神などの全ての聖刻は四つの文字で表される、これはどうだ?』
『……、イエスね』
『なるほど。この
『多分無いわよ』
『じゃあ、お前のギフト能力で確かめてくれ。この
『あら、イエスね。名もなき精霊以外の聖刻が記されているって言うの?』
そう、俺の考えが正しければ、術者を意味する聖刻が在るはずだ。
『もう一つ質問だ。この
『答えは、ノーよ』
『え?』
『答えは否定よ』
どういう事だ? つまり三つ以上の聖刻が在るということか……。
『質問を変えるぞ。この
『イエスね。ねぇエコー、これってどういう事?』
『つまりだな、お前が知っている呪文は全て、術者を中心として効果範囲や効果対象を指定しているだろ?』
『そうかしら……。数メートル先に炎を灯す魔法だったら術者からの距離を指定していると言えるけど、傷を癒やす魔法や防御力を上げる魔法は、毎度違う相手を指定するから固定じゃないわよ?』
『その治癒対象はどうやって指定する?』
『治癒魔法を唱える人は必ず相手に触れていた様な――、あっ、そう考えると術者からの位置で対象を指定してと言えるわね』
『だろ? 術者から見てどういった方向か、どのくらいの距離か、接しているかなど、距離や方向などの程度は別として術者が起点になっている。この転送魔法も術者の1メートル後方に向かって移動するんだろ?』
『……そうね』
『だから、これまでお前が覚えた
『ノー』
くそ! 一発で決まれば格好が付いたのに!
『じゃ、何文字だ? 二文字から順番に聞いてみてくれ』
『……、四文字よ』
『なぁ、パイラ。このスクリプトの中のどれだと思う? それを見つけ出したいんだが』
『一つずつ能力で確かめる方法がシンプルね』
『一文字ずつずらしながらか?』
『そうよ』
パイラの指先が
この調子だとすぐに術者の聖刻が判明するな……。
すると突然パイラの視界が暗転した。感覚を共有しているパイラの左手に何かが当たった感じがしたと同時に、額を机にぶつけてうつ伏せていることが分かった。
『おい! パイラ? パイラ?!』
俺の呼びかけに応じないパイラ。
『おい、どうしたんだ? 答えろよ!』
パイラの視界は暗いままだった。
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