第33話 五輪斬りの技を伝授した
* * *
朝起きると俺は人間に戻っていた。目の前に有るのは人間の左右の手の平だ。俺は十本の指を握ったり開いたりしてみた。
動く! 動くぞ!
俺は視線を手首から腕、肩に移した。筋肉が程よくのっている二の腕、肩、そして胸。
ちゃんとした男の体だ!!
俺は腕を組む様にして手で二の腕を掴んだ。力を入れると、しっかりとした握力で掴んでいる感触が左右の腕から伝わってきた。つい嬉しくなってきた俺はそれを感じるためにもう少し力を入れてみる。
嬉しい痛みだ!
よし、待望の剣を振るってみるとするか……。
組んだ腕を解こうとしたが、俺の意思に反して左右の手は俺の腕を掴んで離さない。
どういうことだ?!
俺はなんとか掴んだ手を解こうとしたが、しっかりとした握力は緩むことはなかった。さらにその力が増してくる。
「……ねぇ」
そして俺の意思とは無関係に、俺の手は掴んだ腕を前後に揺らし始めた。
「ねえってばっ!!」
俺が目を開けると、目の前にモモが居た。両手で俺を羽の上から掴み前後に揺らしている。
……、夢か……。
「ねえ、エコー! 起、き、て!」
「揺さぶるのをやめろ! 酔うだろうが!」
モモは俺を前後に揺らすのを止めない。ファングと一緒に泊まっている宿の一室の様子も揺れていた。
「起きたら止めてあげるわよ」
もう起きてるだろうが!
俺はくちばしでモモの右手に食いついてやった。
「痛っ!」
とっさに手を離すモモ。
「痛いわね! 何するのよ!」
「こっちの台詞だ! 寝ながら喋る奴がいるか!」
「何の話? 意味がわからないわ!」
「それもこっちの台詞だ! 何だよ、朝っぱからから!」
「あら、おはようエコー。今朝は稽古に付き合ってよ。そろそろ秘伝の技を教えてくれるのも良いんじゃない?」
なんだこいつは。
「……、嫌だ」
「あら、ありがとう」
モモは少ししゃがみ込み、広げた両手を俺に向け構えた。
「な、何をする気だ?」
「もちろんあんたを庭まで運んであげるのよ」
両の指をワシワシを動かしながらゆっくり間を詰めるモモ。
「寄らば斬る!」
と、俺はとっさに言ってしまった。その言葉を聞いたモモが一瞬キョトンとした表情を見せ、大笑いした。
「斬るって言ってもあんた剣を持ってないじゃない。
笑いすぎて、涙さえ浮かべている。
「うるさ――」
突然モモにがっしり掴まれた俺は、結局庭に連れ出されてしまった。
* * *
そこは俺たちが泊まっている宿の裏にある開けた場所だった。どこで見つけたのかシャベルが地面に突き立てられており、俺はそれの持ち手に止まっていた。早朝の冴えた空気が心地よい。あんなことが有ったので俺の目覚めは悪かったのだが……。
「で? 今日は何を教えてくれるの?」
真っ直ぐな目を向けてくるモモ。
「お前なぁ……」
「ん? なになに?」
「まぁ良い。発気の直後に抜刀する速度を上げる練習をしておけと言ったが、どうなんだ?」
「う~ん、もう少し速く抜刀できると思んだけど、見てみる?」
「ああ、やってみてくれ」
モモはキビナッツを一つ口に放り込むと、左足をやや後ろに引き中腰に構えた。右手は左腰のカタナの柄を軽く握っている。十数秒そのままで動かない。と、その瞬間、モモの周囲の気の圧が一気に跳ね上がり――
キン!
金属音だけを発し、微動だにしないモモがそこに居た。
しかし俺の目にはしっかり見えていた。モモは発気と同時にカタナを抜刀し逆袈裟に一振りした。その後、モモのギフト能力で軌道を無理やり変えて袈裟斬り。さらにそのまま納刀をしていたのだ。
しかし……、
「おいモモ。その鞘、なんか仕掛けてるだろ」
「あら、さすがエコー。見えてたの? そうよ、シャルに少し手を加えてもらったのよ」
「鯉口、あー、鞘の口からカタナを出し入れしてないだろ?」
「ええ。さすがに素早くカタナを出し入れできないから、ほら――」
モモが左手で持った鞘を俺の方に差し出す。右手はカタナの柄を持っているので、両腕を伸ばしている状態だ。俺に向いている鞘の辺がパカッと開き、カタナの刃がその全身を現した。
「なるほどね……」
偽物だが抜刀術みたいで良いじゃないか!
「どう?」
「良い。実に良い」
「やった! じゃあ、秘伝の技を教えてよ」
「よし、わかった」
俺はずっと考えていた技に、先程のモモの動きを加味することにした。
「五輪斬りと言うんだが……」
「五輪?」
「ああ、俺の前の世界の考えで、万物を構成する五つの要素に
そう言えばなんで
「それらに因んで、
「だから、発気と同時の抜刀を練習しておけって言ったのね。さすが師匠!」
いや、それは単なる時間稼ぎだったんだが……。
「う、うむ。そのうちの水輪斬りと風輪斬りを伝授するぞ」
「はい!」
返事が良いな。
「まずは風輪斬り。これは抜刀攻撃範囲に入ってきた全ての対象を斬るものだ。斬る、斬らないの判断を一切しない。なので何も考えず、ただひたすらに斬るのみだ」
「……全てを斬る、風輪斬り……」
俺の言葉を噛みしめる様にモモがつぶやいた。
「そして水輪斬り。これは風輪斬りと真逆の技だ。対象を定め、それが抜刀攻撃範囲に入ってきた瞬間に確実に斬る。いいか、確実にだ。それ以外の物が攻撃範囲に入ってこようが自身が傷つけられようが、対象が抜刀攻撃範囲に入って来るまでは微動だにしない」
「……一つを斬る、水輪斬り……」
再びつぶやくモモ。
「風輪斬りはその威力を捨ててでも全てを斬りきることに全力を向け、水輪斬りは攻撃範囲内に入る前の対象を見定め、それが範囲内に入ったら確実に斬ることに全力を向けるんだ。先程見せた発気と同時の抜刀は見事だった。だから風輪斬りも水輪斬りも習得できると信じているぞ」
いや、実際あの技量だ。モモならいずれは風輪切りも水輪切りも
「分かったわ。シャルもファングもクエストを請けている間は暇だから、訓練しておくわ。あっ! そうそう。ファングだけど、明日からルーラルとシムと一緒に討伐系のクエストに行く事になってるから」
ルーラルとシムか……。オーガーに仲間のスーサスを殺された冒険者だな。
「なぁ、お前の師匠だがオーガーの研究とかしてたか?」
「え? どうして?!」
「いや、パイラがな、魔法学園の図書館でバーバラの論文を見つけたんだ。その論文はギフト能力と魔法に関する考察を記述してたんだ。その最後の部分で今後はオーガーの調査をするという記述があったんだ。それがちょっと不思議でな……」
「う~ん」
モモは額に巻いている鉢巻きを何気なくさすりながら、思い出そうとしている。
「そんな事はしていないわ」
「そうか。ところでバーバラの能力って何だ?」
「普通は魔女の能力を他人には教えないんだけど、あんたになら教えても良いわ。
「……なるほど」
ギフト能力の専門家であるわけだ。是非とも会ってみたいものだな……。
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