第20話 パイラが課題を達成した

  *  *  *


 モモが実戦で戦えないという問題を克服した翌日、モモ一行は街道を進んでいた。いつもの様に狼のファングが荷車を引き、そのやや後方の横にモモが歩いている。シャルが荷車に乗って細工をしていた。俺は荷車の前の縁に止まってる。


 ……パイラの様子でも見るか。


 俺はこっそりパイラの感覚を覗き見る事にした。


 そこは丈夫そうな石の塀に囲まれた広いグラウンドだった。塀にも地面にも所々に焦げ跡が残っている。その広場には同じ制服を着た十名強の男女が居た。学園と言ってたから若い奴らばかりと思ったが、案外そうでもなかった。その中でも、十代の若い連中は一箇所に固まって談笑している様だ。その中心にはお嬢様風のシャーロットと二人の取り巻きが居た。


「それでは皆さん、課題の確認を行います。横一列に並んで下さい」


 指導教官だろうか、明らかに生徒たちの制服とは違う服を身に着けている青年が言った。


 あれは軍服か?


 その教官の指示に従い横に並ぶ生徒一同。教官の一番近くにシャーロットが陣取り、続いてシャーロットの取り巻きや十代の若い生徒が並ぶ。そして二十代を超えている生徒達は教官より離れた側に整列し、パイラは教官から一番遠い位置に並んだ。


「それでは一番手前のシャーロットさん、課題一、三、ニの順で術を発動させて下さい。どうぞ」


 それに応じてシャーロットがブツブツつぶやき始めた。十数秒後に小さな炎が生徒の列から十メートルほど離れた所に現れる。そして更に十数秒後に二十メートルほど離れた所により大きな炎が、さらにさらに数十秒後に小さな炎が二十メートルほど先に現れた。


「どうかしら? 先生!」


 得意げに教官に問うシャーロット。


「良いお手並みです」


 教官がそれに応えた。


「それでは次、課題三、ニ、一の順で術を発動させて下さい。どうぞ」


 シャーロットの取り巻きの一人がブツブツつぶやき始めた。シャーロットとは異なり大体二十秒弱でそれぞれの術が発動していった。その後、成功している生徒は一つの課題で平均二十秒前後を費やした。途中、ブツブツ言わなくても術を発動させる者や、二つの術しか発動せることしか出来なかった者が数名居た。


 そして最後にパイラの番だ。若い生徒たちは皆、ニヤニヤしている。


「それでは次、課題三、一、ニの順で術を発動させて下さい。どうぞ」


 パイラは術を発動させる方にまっすぐ向き、黙ってじっとしている。視界の端には半透明の詠唱窓コマンドウィンドウが表示され一行の文字列が綴られた。そしてそのまま何もせず時間を測っている様子のパイラ。およそ二十秒が経過したときに詠唱窓コマンドウィンドウの文字列が淡く光る。パイラが術を発動させた様だ。その結果二十メートル先で大きな炎が発生した。


 さらに詠唱窓コマンドウィンドウに二行目の文字列が綴られる。二つ目の術の準備を済ませたのだ。そのときパイラの足に痛みが走った。咄嗟に視線を落とすパイラ。足元では拳の半分ぐらいの石が転がって止まったのが見えた。シャーロット達の方に素早く視線を向けるパイラ。シャーロットは首を傾げる様子を見せ、それ以外の連中は素早く天を見上げ知らぬ顔をしていた。パイラは術を発動させる方に目を戻し十メートル先に小さな炎を発生させた。


 その二十秒後には詠唱窓コマンドウィンドウに三行目の文字列を綴って二十メートル先に小さな炎を発生させていた。


 教官の方に目を向けるパイラ。その端に映る十代の学生には驚きと不満げな表情が浮かんでいた。


「以前は上手くいきませんでしたが、今日はよく出来た様ですね」


 教官はパイラが受けた妨害に気づかなかったのか、淡々と言った。


「では皆さん、集まって下さい」


 そして教官は生徒全員が円状に集まるまで待ってから話し出す。


「さて、これまで数回の課題では魔法を暗記して発動してもらいました。皆さんは将来、魔導書を見ながら戦略級攻撃魔法や魔法道具の生成魔法などを発動させることになるでしょう。しかし、どの様な魔法使いになるとしても、魔導書に依存せず発動させる魔法が必要になってきます。その大変さを知っていただいた上で、どの魔法を暗記しておくのかということを真剣に考えていただくきっかけとして用意した課題でした」

「先生、先生はいくつ魔法を暗記していますの?」


 シャーロットが尋ねた。


「私は一応現役の王国第二騎士団直属魔法兵長として、約四十の魔法を暗記してますね」


 それを聞いた生徒たちがどよめく。


 まあそりゃそうだ。意味不明の文字の羅列だぞ、それを四十も暗記してるとは……。


「それでは私から質問ですが、皆さん、この課題を通じて何か質問や気づいたことはありますか?」


 教官は生徒を見渡しながら言った。


 シャーロットが手をあげる。


「シャーロットさん、どうぞ」

「魔法を記憶することは魔法使いとして当然ですし、魔法使い本人の才能と真面目に取り組む姿勢とがあれば何も問題はありませんわ」

「そうですね。他にありませんか?」


 俺はパイラの右手が上がるのを感じた。それを見た十代の学生たちが眉をひそめる。


「どうぞ」

「呪文の文字に意味はあるのでしょうか? あるいはその並びの意味を知る方法はあるのでしょうか?」

「効果さえ知っておけば意味なんて知る必要ないでしょう。才能が無い方の言い訳探しかしら?」


 教官が答えるより先にシャーロットがしゃしゃり出て言った。


「そうですね。シャーロットさんが言う通りです。ところであなたのお名前は?」


 おいおい、生徒の名前を覚えてないのかよ。そう言えばこの教官、シャーロット以外の名前を言っていなかったな。


「パイラです」

「パイラさんですか。分かりました。他に何か質問や気づいたことがある方はいませんか?」


 生徒全員をゆっくりと見渡す教官。シャーロットとパイラ以外反応しない生徒たち。


「よろしい。それでは本日の演習はこれで終わりです」


 そう言うと教官はその場を後にし建物がある方向に歩き始めた。遅れて同じ方向に歩き始めるパイラ。しばらくするとパイラの背中が突き飛ばされ数歩よろめく。直後にパイラの左右を数人の学生が笑いながら走っていく後ろ姿が見えた。


「あらあら、お気をつけ遊ばせ」


 パイラが振り返ると、そこにはシャーロットと取り巻きの二人がおり、歩みを止めたパイラを追い抜いて建物の方に歩いていってしまった。


『なあパイラ。今ちょっと良いか?』

『え? ああ、エコー。良いわよ。ちょうど授業が終わったところなの』

『今晩も魔法について話したいんだが』

『ええ、良いわよ』

『学園の課題の調子はどうだ?』

『ええ、順調よ。ただ最近蝿がうるさくて』

『蝿?』

『冗談よ』


 シャーロットらが蝿だと言うのか? ……それはそれで少し心配だな。

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