第128話 ミナールが条件を出した


 テーブルに座ったラビィは、対面に座っているミナールがお茶を淹れているのを眺めていた。俺はラビィの肩に止まっていたが、ミノはラビィの腕を伝い、テーブルの上で足を伸ばして座っている。


「ラビィはなぜ此処を出ていったんだ?」


 ミナールが手元のカップを見ながら言った。


「えっと、兄貴がナタレを出ていったモモを連れ戻さなければならないって話してただろ? それが聞こえたからだよ」


 ミナールもバーバラの弟子だったな。だからラビィは兄貴と呼んでいるのか。


「……、その耳の良さも困りものだな……。それで、その話を聞いてモモを連れ戻そうとしたのか?」

「そうだ……、と思うよ。正直なところ、その辺の記憶が曖昧なんだ……」


 苦笑いをするラビィ。


「やはり変わったな、ラビィ。以前のお前なら『モモの姉貴が何だって言うんだ、ボクが姉貴をボコボコにして連れ帰ってやるよ。そうしたらどっちが優秀かって分かるだろ』なんて言いそうだがな」


 ミナールが、お茶が入ったカップを一つラビィに差し出しながら言った。


「ははは。その辺も良く分からないよ」

「それもオーガー化を阻止したお前さんのお陰なのかい?」


 ミナールがしっかりと俺を見て言った。


「……」

「おお、そうだ。鳥はどうやってお茶を飲むのだ? カップのままで良いのか?」


 俺が黙っているとミナールは、もう一つお茶が入っているカップをテーブルの上に置いた。


 俺はラビィの肩からテーブルの上に飛び降りた。背中に乗っていたミノもテーブルの上に降り立つ。


「これも、どうぞ」


 焼き菓子が乗った小皿を、ラビィと俺の方にそれぞれ差し出しながらミナールは言った。


「喋ることが出来る事は知っているので、隠さなくて良いぞ、エコー?」

「そうか……」

「ラビィのオーガー化を止めてくれて改めて感謝する」


 ミナールが頭を下げた。


「いや、たまたま上手くいったんだ」

「だからラビィには此処から出ていくなと言ってたんだがな」


 ラビィを見てミナールが言った。


「だ、だったら、最初からそう言ってくれたら良かったんだよ」


 少し不貞腐れた様子のラビィ。


「……そうだな。もうその方針に変更しているさ。魔女や術師が狩られそうになる噂は、出元が何処であっても消し去りたかったんだが……」

「銀の鋏の連中か?」


 魔女を見つけたら殺そうとしている連中だ。


「それもあるが、まだ魔女狩りを行っている村もある。田舎に行くほど顕著だな」

「そうか……」

「それは師匠も何とかしようとしているが、今日は別の要件があるんじゃないのか? ラビィ?」


 ミナールが話を振った。


「ああ、そうだ。パイラ姉さんが自ら石化したんだ。そのためのアイテムをずっと隠し持っていた様なんだけど、何か心当たりは無いかい? 兄貴」

「石化のアイテムだと?」

「ああ、どうやらそれを口に含んだ様なんだ」

「口に……。ちょっと待ってろ」


 ミナールはそう言うと、その部屋の奥にある扉から出ていった。


「何か分かったのかな?」

「さあな。ラビィ、ミナールは信用できるのか?」

「この村の全員から信頼されているよ。バーバラのお袋の一番弟子だしね」

「そうか……」


 馬鹿みたいに長生きしているバーバラだから、今世代での一番弟子って事なんだろうが……。


「はぇぇ、この菓子も旨いのぉ。ラビィも食わんか?」

「ああ、もらうよ」


 自分の目の前にある半透明になった菓子を口に運ぶラビィ。ミノが取った食べ物が半透明になるのは、俺とラビィだけがミノを見ることが出来て、さらに物理的に干渉できるが、他人には見えず物理的に干渉できないという事に対する辻褄合わせなのだろう。その正否やからくりはよく分からんが……。


「待たせたな」


 暫くの後、戻ってきたミナールがテーブルに着きながら言った。


「どうだい? 兄貴」

「ああ、儂のコレクションの一つが無くなっていた」

「それは何だ?」

「ああ、コカトリスの血だ」


 俺の問いに答えるミナール。


「血?」

「ああ、正確にはそれを固体化したものだ。元に戻すには液体に触れさせる必要がある」


 ん?


「兄貴の能力で作ったんだね?」


 ラビィが言った。


「そうだ。しかし、いつの間に盗んだんだ? 薬棚には近寄るなと言っていたのだが……」

「なぁ、ミナール、お前の能力は液体を個体化する能力で、もとに戻すには何か液体に付ければ良いって事も分かった。ところで、そのコカトリスの血ってのは人間が飲んだらどうなるんだ?」

「石化するのさ」「石化するんだよ」


 ミナールとラビィが当たり前だと言いたげにこっちを見る。


「そ、その、ミナールが固体化した液体は時間が経っても性質が変わらないのか?」

「ああ、よく分かったな。入手が難しく、しかも変質してしまう液体は、こうやって保管しているんだ」


 俺の問いに答えるミナール。


「じゃあ、ドラゴンの血を持っていないか?」

「ふむ、それは残念ながら持っていないな」


 ドラゴンの血はバーバラかクレインに相談するしかなさそうだな。


「そうか。コカトリスの血を飲んで石化した人間を元に戻す方法はあるのか?」

「ある。今すぐ渡すことも可能だ」

「何!? じゃあ――」

「いや、儂の願いを叶えてくれたらだ」

「……」


 一瞬の沈黙。


「なぁ兄貴、パイラ姉さんをもとに戻したらその願いを叶えるってのは――」

「申し訳ないが、成功報酬として渡したい」


 本当に申し訳無さそうなミナール。


 まぁ、解毒方法も見つけなければならないし、石化を解除する方法に目処が付いたのなら……。


「その願いってのは何だ?」

「発酵の術師テロワールを此処に連れてきてくれ」

「テロワールだと? モモに拠るとテロワールは実在してない筈だぞ? 角を折ってオーガー化を阻止すると能力が衰える事を魔女団カブンの奴等から隠す為に、居もしないテロワールってヤツのせいにしてたんじゃないのか?」


 俺の話を聞いてびっくりしているミナール。突然、


「ははは、何故そうなる? テロワールはパイラやモモが師匠に連れてこられる随分前に泥沼の人形を抜けた、実在する術師だぞ?」


 と言った。


「そいつの能力が血を吸った相手の能力を盗むって言うのは、嘘なんだろ?」

「おや? 知っているのか。その通りだ」

「そんなヤツを此処に連れてくるのか?」

「ふむ、あいつは強力で変わり者だが、自分より強いと認めた者の言う事は聞いてくれるぞ。だから師匠に弟子入りしたんだ。今回もその説得をお願いしたいんだ」


 説得だと?


「自分より強いと認めた者の言うことを聞かせる? そりゃ、暴力で従わせてるだけだろ。で、そのテロワールはどのぐらい強い?」

「どれほど強いかと言われても、儂はその手の専門家じゃないからな……。師匠よりは弱いぞ」

「あの化け物より強いヤツの方が稀だろ!」

「そうかね? あぁ、そう言えば師匠が以前言ってたんだが、モモの素質はテロワールを上回るらしいぞ」

「モモ……」「姉貴……」


 目を合わせる俺とラビィ。


「おや? ラビィは此処を飛び出してモモを探し出したんじゃないのか?」


 事情を知らないであろうミナールが言った。


「姉貴は五年前から行方不明なんだ……」


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