第18話 発気の技を伝授した

 旅の消耗品を調達する為に一泊した街を出て街道を進むモモ一行。狼のファングが荷車を引き、そのやや後方の横にモモが歩いている。俺はちょうどファングの背の上に渡した棒に後ろ向きに止まっていた。そこからは荷車に乗って何やら細工をしているシャルの頭が見え隠れしている。


「なあモモ、何か新しい情報は得られたのか?」

「特に無いわね。相変わらずゴブリンは湧いているし、街道から外れるほど凶暴なやつが出没するらしいわ」

「なるほどね。ところでお前の腰の剣、二本差しているが形が違うよな」

「見たい? こっちはいつも使っている両刃の直剣」


 そう言うと、モモはいつも使っている剣を抜いて構えて見せた。


「もう一方は?」


 俺の問いに、モモは納剣してもう一方の剣の柄に手を添えた。


「こっちはね」


 そう言うと、モモはすぅっとその剣を抜いた。それは日本刀だった。


「日本刀じゃないか!」

「え? カタナよ?」

「それはこっちの世界ではメジャーなのか?」

「いいえ。これはお爺ちゃんとお婆ちゃんから貰ったの。こっちの方では珍しい武器ね」

「その二人は何者だ?」

「世界中を歩き回っていた旅の商人よ。私を拾って育ててくれたの。私を拾った時が最後の旅商だったらしいわ」

「そう言えば、お前の能力を説明してた時、クナイを使ってたな」

「ええ、それも二人から貰ったの。カタナもクナイも此処から遠く離れた東方の国の武器なんだって」

「モモはその東方の国の生まれか?」

「多分。東方で拾ったときに乳飲み子だったらしいから、そうじゃない?」


 なるほど。赤子の時に東方の国で拾われて、はるばるここまで連れてこられて育てられたって訳か。それで東洋風の武器を持っている、と。だが東洋人だと黒髪をイメージするのだが、モモは赤に近いオレンジ色の髪だった。


「ところで、剣術の小難しい話をしていいか?」

「何? 何? 秘伝の技でも教えてくれるの?」


 急に目を輝かせて問うてくるモモ。


「秘伝の技と言えば秘伝かも知れない。秘密にすべきって話じゃなく、伝える必要が無い場合が多いという意味で秘伝とも言える」

「まどろっこしいわね。なんでも良いから、教えてよ!」

「ああ、もちろんだ。モモは発気はっきって知ってるか? 通常状態から戦闘状態へ移行するときの技なんだが……」

「知らないわ」


 だろうな。俺も知らない。


 俺は、聞いたこともない事をでっち上げ語りはじめた。


「通常状態から戦闘状態に移行するためには、状態間の境界を越える必要がある。そしてその境界を越えるには気のエネルギーが必要なんだ。あまり上手くない例えだけれど、安全な砦から塀を飛び越え戦場の場に降り立つ様な感じだ。その塀を飛び越えるのは簡単な様で実はそんなに簡単じゃない。塀の高さより高くジャンプすると以後の戦闘での動きが固くなりすぎ、低ければ塀を飛び越えられずそもそも戦闘に加われない。だから、臨戦体勢として丁度よい塩梅あんばいに移行する行為を発気はっきと言う!」


 その話に何かに気づいた様子のモモは、黙ってこっちを凝視している。


「先を聞きたいか?」


 一度だけ、しかし力強くうなずくモモ。


 食いついてきたな。


「その秘伝の習得に必要なアイテムなんだが、たまたまこの地に有ったのさ。俺の世界では、かつて兵法がんと呼ばれていて非常食として使ったり、時には薬としても使っていた。各地で大きさや硬さが異なるんだがこの地でのそれは、ちょうどキビナッツにあたる」


 嘘だけど。


「……キビナッツ」


 モモは、腰のベルトに吊り下げた炒ったキビナッツの袋詰を片手で抑えながら言った。


「ああ。それでその発気法の訓練でキビナッツが必要なんだ。そのやり方を伝授するぞ!」

「はい!」


 反応が良いモモ。


「発気は抜剣と同時に発動させるんだ。まず、キビナッツを一粒口に含み奥歯で軽く噛む。まだ噛み砕いては駄目だ。そしてその殻を割ると同時に抜剣するんだ。そのとき、中身の仁を潰してしまわない様にすることが必要だ。この絶妙な力加減、中身を潰さず殻だけ割ることが発気のコツだ。分かるか?」


 軽くうなずくモモ。


「まずは殻を上手く割ることにだけ集中するんだ。続いて抜剣。その時間差が限りなくゼロになる様に何度も何度も練習しろ。それが当たり前にできる様になればキビナッツがなくても発気の技は発動できる。まぁ、しばらくはキビナッツは手放せないだろうがな」

「……わかった。やってみる!」

「アタシもそれやってみたいのです!」


 剣なんて使わないシャルは、クロスボウを高く掲げながら言った。


「良いよ。一緒にやろうシャル」


 モモがそう言うとシャルは喜び、ファングが甘えた鳴き声を上げた。


「犬は荷車をちゃんと引いくるの! 私達は先に行って練習してるから」

「ファング、言うことを聞くのです」


 シャルのその言葉に、頭をうなだれるファング。


 そうしてモモはシャルを率いて街道にそって先の方へ走っていった。


 なんか心配だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る