第17話 詠唱無しで魔法が使えた

 パイラは自室の窓に向かっていた。その窓ガラスには寝間着っぽいラフな長袖長ズボンを着たパイラの姿が薄っすらと映っている。さらにパイラの視界には半透明の詠唱窓コマンドウィンドウが浮かんでいる。それは実際にそこに有るのではなく、パイラが見ている実際の風景に重って見えるだけだ。俺の転生前の世界で言うところの拡張現実の様なものだ。そしてそのウィンドウ上には短い文字列が並んでいった。


 目を閉じないと詠唱窓コマンドウィンドウを呼び出せないと思っていたが、目を開けたままでも呼び出せるんだな……。


「……発動」


 パイラが発した声がパイラの耳を通して聞こえた。と同時に窓に薄っすらと映るパイラの姿が消え、代わりに窓の外で炎が明るく灯った。


 よし!


 長い呪文を綴っていく代わりに、記録した名称だけを利用して魔法を呼び出すことに成功した様だ。


「あ……」


 一言発したパイラはそれ以上話すことが出来ない様だった。そしてパイラはその場に座り込んだ。


『いいかパイラ。この事は他人に絶対言うなよ。この仕組みを利用しても良いが、従来のスクリプトを毎回綴る方式と同じぐらい時間をかけて発動させるんだ。お前は努力して丸暗記したことにするんだ』

『わ、分かりました』


 まだ驚きから立ち直れていないのか? 言葉の感じが変だ。


「これがあれば復讐できる……」


 パイラがぼそりと呟いた。


『おいおい、小娘相手に復讐とか止めとけよ』

『え? あ、それはシャーロットじゃなく――、いえ、分かったわ。エコーの言う通りね、ちょっかいを出してきただけでしょうから復讐なんてしないわ』


 あ、まずい。シャーロットがちょっかい出してきた時は、勝手に感覚を覗き見してたんだ。俺はその事を知らない筈なのだ。


『そ、そんなことより、ちゃんと俺を人間にする手段を探してくれよ。モモのお守りをする条件を忘れてくれるなよ』

『もちろんよ。じゃあ、感覚の共有を切るわね』

『ああ。俺もそっちの感覚を共有している間は食事ができないからな』


 パイラは机に戻り羊皮紙を整理し始めた。


『そっちの様子を共有してもらっても良い?』

『それは良いが、誰も居ないしつまらないぞ?』


 俺は感覚の共有をパイラに許可した。


『あら、本当に少食なのね』


 目の前に映る木の実が入った小皿を見たパイラが言った。


『ああ。このキビナッツってのが美味いんだ。人間の口にはちょっと小さいし、殻が固くて食べにくいんだが中身のじんが甘くてモモ達も気に入ってたぞ。中身を潰さずに殻を上手く噛み割るのは難しいってブツブツ言ってたな』


 俺はこの嘴で毎度上手く割れるが。


『そうなのね。あ、もう感覚の共有を切っても良いわよ』


 俺はパイラへの共有を解除し、逆にパイラの感覚を覗いた。


 机の上の明かりを吹き消し、質素なベッドに潜り込むパイラ。


『私の故郷では、プラムの塩漬けを食べる事があったんだけど、その種の仁もたまに食べてたわ。それは甘くて美味しいって訳じゃないんだけど万病に効くからってたまに食べてたわ』


 万病ね……。


『その殻はキビナッツよりも大きくて、とても硬かったわ。だから中身を潰さず上手く噛み割るのは中々大変で、全神経を口の中に集中して周りが見えなくなったくらいよ』


 ほぼ真っ暗な室内で木の梁が渡されている天井がぼんやりとパイラの目を通して見える。両腕を天井に向け伸ばし、両手を広げるパイラ。ゆったりとした左右の袖がまくれ上がった。手袋をしていないその右手の薬指と小指から右腕にかけて皮膚の色が赤くなっていた。火傷痕だろうか……。


 そして何かを掴む様にその手を力強く握りしめた。


『周りが見えなくなるくらいってのは大袈裟だわね』「……でも成しとげなきゃ」


 念話の後に一人つぶやくパイラ。


 ん? たかが種の話だぞ? しかし、何か、何かこう、名案がひらめきそうな気がした。


『ちょっと早いけど、もう寝るわね』

『ああ、おやすみ』

『おやすみ……』


 その後しばらくパイラの感覚を覗き見ていたが、パイラは眠ることなく、じっと動かず黙って天井を見つめ続けていた。









◇ ◇ ◇

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