第16話 エディタを発見した

 夕飯用の木の実が盛られた小皿を目の前にして、俺は宿の一室に一人、いや一羽テーブルの上に居る。その小皿にはいつもの木の実に加えて、この街で入手したキビナッツが混ざっていた。このキビナッツ、殻は硬く割りづらいのだが中のじんがとても甘い。食べにくいにも関わらず、モモを含め皆が気に入ってた。


 この部屋に俺と一緒に泊まるファングは、俺とその小皿をここに運び込んだ後モモ達と夕食に行った。もちろん人型に戻っているし、他人に見られない様に気を付けて変身していた。


 さてと……、


『パイラ、今いいか?』

『もちろんよ』


 俺はこっそりパイラの感覚を共有した。パイラが居るそこは物が少ない小さな部屋だった。パイラは机に向かって座っている。テーブルの上にはランプが置かれており、閉じられた本も数冊あった。目の前には何枚かの羊皮紙が広げられている。羊皮紙に何が書かれているのかは俺にはさっぱりだった。


『宿には着いたの?』

『ああ、みな食事に行った』

『エコーの食事は?』

『俺は少食だからな。小皿に木の実が盛ってあればそれで十分なんだ。だから今、皆とは別に部屋に引き籠もってる』


 俺は嘴でキビナッツを割り、中の仁を食べた。パイラの感覚共有を一旦切って自分の体の方の視界を利用する必要があるが、俺はその切り替えを素早く出来るようになってきていた。


『そうなのね』

『で、だ。早速だが俺に魔法を教えてくれ』

『分かったわ』

『どんな感じで魔法を呼び起こすんだ? 魔法を使えない俺にもイメージできる様に頼む』

『今、私が習得しようとしている精霊魔法を説明するわ。精霊が持っている魔法を呼び出すのだけれど、そのためには精霊にお願いしなければならないの』

『精霊がその場に居ないとダメなのか?』

『いいえ、精霊を呼び出す為の聖刻をがあれば良いのよ。その聖刻は魔法を使える人であれば覚えることができるの』

『その聖刻は目に見えるものなのか?』

『形象として図にすることもできるし、魔法を使うときもその図を心のなかでイメージする必要があるわ』

『お前の目を通して見ることは出来るか?』

『ええ、私の感覚を共有するわね』


 すでに共有しているがな……。


『この羊皮紙は見える?』

『ああ』


 さっきから机の上に広げてたやつだ。


『ここを見て』


 パイラが羊皮紙の一箇所を指さした。文字らしきものがたくさん書かれている羊皮紙のそこには、他とはやや異なる文字で記された文字列があった。


 そのやや異なる文字だが、指さして『これ』だと言われると分かる気もするが、一瞬で判別することは今の俺にはできなさそうだ。転生前の世界のカタカナとひらがなの形の違いの様な感じなのかもしれないな。


『分かった。ところで、この羊皮紙に書かれている魔法はどんな効果があるんだ?』

『私が取り組んでる課題の魔法よ。今見ているのが小さな炎を一つ10メートル先に発生させる魔法、そして』


 パイラが羊皮紙を入れ替えながら


『こっちが、大きな炎を一つ10メートル先に発生させる魔法、そしてこっちが、大きな炎を一つ20メートル先に発生させる魔法よ』


 と言った。三つともすごく似た魔法にもかかわらず、それら三枚の羊皮紙の文字の量は異なっていたし、聖刻が書かれている場所も前半にあったり、後半にあったりとまちまちだった。


 まるで再利用性などを考えていないプログラムみたいだな……。


『どうやってこの魔法を発動させるんだ?』

『そうね、魔法を綴るための「詠唱窓」って呼ばれるものを心のなかでイメージするの。そしてその中でこの魔法を綴っていくのよ。あぁ、もしかしたら感覚を共有しているからエコーにも見れるかも知れないわ』


 パイラが目を瞑ると共有している視野が真っ暗になった。そして暫くすると真っ暗な空間に長方形の黒い板の様なものが現れる。


 なんかまるで一昔前のウィンドウシステムの様だな……。


『見えるかしら?』

『ああ、長方形のやつが現れた』

『ここにね、さっきの羊皮紙の呪文を綴っていくの。こんな風に……』


 パイラがそう言うと長方形の板の左上から順に羊皮紙に書かれていた文字が緑色に光りながら一文字ずつ現れていった。


 そして突然視界が開け、目の前には羊皮紙が広げられている机が映った。


『と、こんな感じ。羊皮紙の呪文の前に別の短い呪文が必要なんだけどね。そして、最後まで呪文を綴り終えた後、それを発動させれば効果が現れるわ。もちろん一字一句間違えないように綴らないと効果は発生しないのよ』

『……なあ、それって魔法を使う度にしなきゃならないのか?』

『ええ、それが魔法よ。複雑だったり強力な魔法は呪文が長いから大変なのよ。ギフト能力みたいに瞬間的に発動させることが難しい反面、いろいろな効果を引き出したり、とっても強力な戦略級の攻撃魔法も紡ぎ出せるわ。そして条件が合えば誰にでも使えるの』

『なるほど。魔法使いってのは、この呪文を丸暗記して、それをさっきの四角いヤツに綴る奴らのことなのか?』

『ええそうよ。ただ、今回の課題は丸暗記することなんだけど、すべての魔法を記憶しておくことはしないわ。魔法使いは皆、自分自身の魔導書を持っているの。使いたい魔法はその魔導書を見ながら綴っていくわ』


 なるほど。魔導書を見ながらさっきの四角いヤツにコピーしていく訳だな。


『お前はこの羊皮紙に書かれている様な呪文を作れるのか?』

『いいえ。呪文を作れるのは魔法使いの中でも大賢者と呼ばれる人だけよ。今までに十人の大賢者が居たわ』

『今は何人居るんだ?』

『最後の大賢者が亡くなって、十年は経っているはずだけど』

『この三枚の羊皮紙の呪文は、それぞれ別の大賢者が作ったんだろ?』

『あらすごい。どうして分かったの?』


 そりゃ分かるだろ。プログラムのコーディングルールがなければプログラマは好き勝手にプログラムを組んでくもんだ。しかし丸暗記が必要で、その内容も理解できず、せっかく紡いだ呪文も記録することもできんとは……。ん?


『……なあパイラ、ちょっとギフト能力を使ってみてくれ』

『ええ良いわよ、何?』

『さっきの四角いやつをコマンドウィンドウと呼び、羊皮紙に書かれていた呪文をスクリプトと呼ぶぞ。質問は「この世界の魔法には、スクリプトを作成できるコマンドウィンドウ以外の仕組みが有る」だ。コマンドウィンドウ以外のスクリプト作成用の窓があるかどうかを聞きたい。どうだ?』


 パイラのギフト能力が魔法の仕組みにも効けば良いのだが……。


『答えは……、イエスよ。あらあら。エコーはどうして分かったの?』


 よし!!


『さあな、バグ女神にでも聞いてくれ。ところでパイラ、詠唱窓コマンドウィンドウはどうやって呼び出した?』

『それは説明が難しいのよね。魔法を綴って効果を引き出す様な仕組みを呼び出す様に念じるの』

『じゃあ試してくれ。魔法を綴ったり、それを記録したり、記録した魔法を再度綴る様な仕組みを呼び出すことを』

『できるかしら?』

『出来るはずだ。なんならお前のギフト能力で確認したらどうだ?』


 パイラが目を瞑ると視野が真っ暗になった。ギフト能力に問わず試すようだ。そして暫くすると真っ暗な空間に長方形の板の様なものが現れる。先程の詠唱窓コマンドウィンドウとは違って白かった。


 思った通りじゃないか!


『あら、これは見たことがないわ』

『多分スクリプトを編集できる編集窓だ。これをエディタと呼ぶぞ。エディタで羊皮紙の呪文を綴ってみてくれ。一字一句間違えるなよ』

『ええ』


 パイラは羊皮紙の呪文を時々目を開け羊皮紙を見て確認しながら編集窓エディタに綴っていった。


『このスクリプトは何の魔法だ?』

『10メートル先に小さな炎を一つ発生させる魔法のよ』

『じゃあ綴り終わったら、10メートル先に炎を発生させるスクリプトとしてお前が識別できる様に名前を付けて記録するんだ。その名前の事をスクリプト名って呼ぶぞ』

『……できた、と思うわ』

『じゃあ、一度編集窓エディタを閉じるんだ』


 編集窓エディタが真っ暗な空間から消えた。


『で、今度はさっきスクリプト名を付けて記憶したスクリプトを編集窓エディタを呼び出してみてくれ。スクリプトをもう一度編集するために編集窓エディタを呼び出すのが目的だ』

『分かったわ』


 暫くすると、編集窓エディタが立ち上がりそこには先程のスクリプトが表示されていた。


『何ですか、これは? こんな事ができるなんて、魔導書を手に持ってなくても良くなるかも……』

『いや、まだだ。次は詠唱窓コマンドウィンドウを呼び出して、長い呪文の代わりにスクリプト名を綴って呪文を起動させるんだ。長い呪文の前に別の短い呪文が要るって言ってたな。それは忘れずに綴れよ』

『ちょっと待ってね』


 机の上の様子が視界が開けと、パイラはそこから移動して窓に立ち寄った。


 さぁ、上手く動けよ!

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