第53話 遺跡から抜け出した

「そろそろ移動を再開しようかしらね」

『そうだな』「ええ」


 パイラが立ち上がるとシャーロットもそれに従った。パイラは視線を部屋の中央にある台座に向けた後、そちらに向かって歩き始める。


「そう言えばあの台座は詳しく見てなかったわね。シャー、私が寝ている間に台座に近寄った?」

「いいえ、お姉様のそばを離れず警戒していましたわ」


 台座に近づくにつれ、その上に置かれている物が明らかになってくる。台座は数段で構成されており一番上は石造りの小さな屋根付きのほこらが据え付けられている。その周囲にはボロボロになった布や木製のお椀、矢じり、石貨、鉄製の円盤、割れた陶器の水瓶、大きな巻き貝、錆びた槍の矛先、良くわからないが装飾品の様な物などが置かれている。祠の下の段の台座は縁が高くなっており、遠くからはそこに置かれている物が見えなかった様だ。


「なにか祀ってるのかしらね」


『不用意に触れるなよ。これらの中に魔法に関する物があるかどうかギフト能力で確認できるか?』

『……、答えはイエスでもノーでも無いわ』

『どういう事だ?』

『分からないわ。エコーはどう思う?』


 パイラのギフト能力は魔法に関する質問が正しいか間違いかを答えるものだ。とすると、


『魔法に関係ないものは、質問に答えられないって事だろ? これらの品々には魔法は掛かっていないのだろう。だからと言って――』


 俺が言う終わるより前にパイラが何かを一つその中から取り上げた。


『って、おい!』

『魔法は掛かってないのでしょう?』


 それは鉈の様な片刃の短刀だった。柄の握る部分が刀身に対して刃の方に曲がっており、それを握って腕を突き出すと肘から手首と刀身がちょうど一直線になる。更に銃身の様に筒状の部位が刃の反対の峰に備えられていた。そしてそれは柄から切っ先まで同じ材質で作られており、しかも思ったよりも軽い。


「これは使えるわね。ちょっと借りましょう。あとお椀が使えるかも知れないわね」

「私は魔法が使えませんから、これを借りますわ。棒の先に取り付けましょう」


 シャーロットは錆びた槍の矛先を手に取った。


「シャー、ちょっとそれを貸してくれる?」

「ええ」


 シャーロットから錆びた槍の矛先を受け取ると、視界の端に管理窓ファイラーを表示し幾つかの記録片庫フォルダを切り替えるパイラ。


『また魔法を使うのか?』

『ええ』


 目的のスクリプトを見つけたパイラは詠唱窓コマンドウィンドウを表示させ魔法を唱えた。すると右手に持っていた槍の矛先から錆が落ち金属の光沢が戻っていた。


『何の魔法だ?』

『右手に持った金属の錆を取る、土の精霊魔法よ』

『……、便利だな』

『便利ね』


「はい、どうぞ」


 パイラは綺麗になった槍の矛先をシャーロットに手渡した。


「魔導書無しで、すごいわお姉様! いったいどれ程の魔法を暗記しているのかしら?」

「秘密よ」

「しかも生活魔法の部類のものを覚えているなんて。そう言った魔法は普通、予備の魔導書に書き留めるから記憶なんてしないはずですわ」


『おもしろ半分に、片っ端から目に入った魔法を管理窓ファイラーで記録してたんだろ?』

「それも秘密よ」


 パイラは俺にも、シャーロットにも応える様に言った。


『まさかとは思うが、服の染める魔法とかも覚えているってことはないよな?』

『どうして?』

『お前たちの服、森の中では目立つだろ? それにお前らの髪も』


 毛先がカールしているシャーロットの金髪を見たパイラは、


『そうね。シャーの金髪も私の銀髪も、確かに目立つわね』


 といって、パイラは左肩から胸向かって垂れ下がっている自分の三つ編みを掬うように持ち上げた。


「ねぇシャー、ローブとズボンを脱いで頂戴」


 パイラは薄い紫を基調としたローブとズボンを脱ぎながら言った。そして自分の淡い麻色のシャツを見ながら、


「シャツも脱いでちょうだい」


 と言った。それに従うシャーロット。シャーロットのシャツは真っ白だった。その二人分の衣類が床に広がられている。


『まさか染められるのか?』

『まぁ、見てて』


 パイラは管理窓ファイラーに表示されているリストを切り替えていく。そして詠唱窓コマンドウィンドウに異なる魔法を三種類綴って発動した。


 二人の衣類が緑と黒と茶色のランダム模様に染め上げられていた。


『森の中に住むスズメ蛾の模様をイメージしてみたのだけれど、どう?』

『良いと思うが、何の精霊魔法だよ』

『水の精霊魔法よ』


「やっぱりお姉様はすごいですわ」


 両手を胸の前で組み合わせて、キラキラとした瞳をパイラに向けるシャーロット。


 パイラは自分が脱いだローブを手に取り、腰下の部分を短刀で裂き切ってしまった。さらに切り取った布から裏地を剥ぎ取り、裏地を割いて幾つかの細長い小片を作っていった。


「シャー、こっちに来て後ろを向いて」


 シャーロットの長い髪を細長く割いた布で編み込んでいく。そして幅広の布を利用して、シャーロットの額から上をバンダナキャップの様にすっぽりと覆った。後ろから髪の束が出ているが編み込まれた布で目立たなくなっていた。


「ありがとう、お姉様」

「私も目立たないようにしなきゃね」


 パイラは短刀を首の後ろに回し三つ編みの髪の束を根本から切ってしまった。


「え? え!? お姉様!」


 両手をパイラの方の差し出したまま固まっているシャーロット。パイラは銀色の髪束を台座にそっと置いた。


「短刀の代わりと言う訳では無いけど、置いていくわね。いずれ借りたものは返します」


 何が祀られているのかは分からない祠に、お辞儀をするパイラ。


「……」


 両手を口に当てパイラをじっと見るシャーロット。


「大丈夫よシャー。ほら、気分転換に切っただけよ」

「でも……」


 パイラはショートヘアになってしまった自分の髪の毛を、シャーロットと同じ様に布ですっぽりと覆った。そしてシャーロットを促して二人は染め上がっている服を着込んだ。


 パイラが入り口に向かって振り返ると、柔らかな風でなびいた髪の毛が頬に当たった様な感じがしたが、気のせいだった。もう長い髪は無いのだ。


 二人で通路を通り鉄扉に着くと、覗き穴から外を様子をうかがうパイラ。しかし穴の視界は狭く周囲の状況は判断できない。


「私達を発見していたら、外は騒がしいはずよね……。静かだから大丈夫だと思うけど、先に私が外に出て様子をみるわね。シャーはちょっと待ってて」

「気をつけて」


 パイラは扉に背中を付けて転移の魔法を発動させた。その直後にパイラの目の前に鉄の扉が見えた。パイラが右手に持った短刀を構え、しゃがみながら振り返る。周囲は特に変わったことはなく鬱蒼とした森だけが広がっていた。警戒しながらゆっくりと扉から離れる様に歩くパイラ。そしてもう一つの魔法を発動させた。転移したシャーロットは、何も話さずパイラに近づいてきて左手を掴んだ。


『そう言えば、この建物の中はパイラたちに危害を加える何かがあるかどうかを能力で確かめたよな?』

『ノーって答えだったわね。その通り何も危害を加えられなかったわ』

『……、だな』


 いや、ノーって答えたってことが引っかかるんだ。魔法の要素があったって事だろ!?


 だが、無事に出てこれたんだ。きっと問題は無かったのだろう……。


 そしてパイラとシャーロットは森の中に入って行った。拉致した連中から逃げ切るために。

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