第54話 パイラに告白された

  *  *  *


 パイラとシャーロットが監禁されていた集落を抜け出して初めての夜が訪れようとしていた。二人は暗くなろうとしている森の中を歩いていた。


『そろそろ野営の準備をした方が良いんじゃないか?』

『ええ、そうね』

『昼前に少し休んだとは言え、一日中森の中を歩いているからな。追っ手はこっちに来ているのか来ていないのかさっぱりわからんが。そう言えばシャーロットも魔法使いだろ? 使い魔の動物は居ないのか?』

『動物は苦手なんですって』

『……そうか』


「ほら、あそこが良いんじゃない?」


 パイラが指さした先には大木があり、その一の枝が自重で地面近くまで垂れ下がっていた。


「あの枝を地面に引っ張っておけば目隠しになるし、焚き火の炎も隠してくれそうだわ。シャーはどう思う?」

「お姉様にお任せしますわ。野外での活動は不慣れですし」

「じゃあ、あの木の根元に落ち着ける場所を作っておいてもらえるかしら」


 道々で蔦類の皮を剥いで作っていた紐を両手で手繰りながらパイラは言った。右肩から左腰にななめがけにした紐の先には遺跡で手に入れた布が括り付けられており、その中には道中採取した若芽や草などが入っている。両手が塞がる作業をする際には短刀もその中に入れていた。


『手慣れているな』

『え? 何のこと?』

『いや、野営の準備だとか紐作りとか、あと採取しているその植物は何なんだ?』

『そうかしら? エコーにも言ったけど、私はもと鉤針かぎばりの魔女よ?』

『魔女だからって言われても分からん』

『魔女は人里離れて森の中で暮らすことが多いのよ。ほら、モモの住処も森の中だったでしょ? 私もモモも師匠である塵埃じんあいの魔女バーバラに拾われてその様に暮らす事を教えてもらったの。それに魔女の生活は森の中で取れる薬草の採取や薬の調合で支えられているのよ。だから森の中に何日も掛けて薬草を採取に行く事もあるし、それが出来るようになるための知識も必要なのよ。それと食事はしたいでしょ? 採取した野草はその為よ』


 枝の先に紐を掛け、地面の方に引っ張りながら念話で話すパイラ。葉が茂っているその枝は、いい具合にシャーロットが居る根元への視線を隠した。シャーロットは落ちている木の枝を集めながら、小石や葉を取り除きスペースを作っている。


『確認したいんだが、お前はギフト能力者が魔女や術師と呼ばれると言ってたな。ギフト能力を持っていない魔女や術師は居るのか? 今の話だと別に能力を持っていなくても魔女を名乗れるんじゃないか? 森の中の薬師の様なものだろ?』

『あら、私そんな風にエコーに説明したかしら? 確かに能力を持っていない魔女や術師は居るわよ。ただ、バーバラが統率していた魔女団カブン「泥沼の人形」の構成員のほぼ全員が能力者だったからそんな風に説明したのかもね』

『……お前、復讐のためか何か知らんが、俺に色々嘘を付いてたんだろ?』

『復讐だなんて、もうそんな事はちゃんと忘れたわよ』


 引っ張った紐を地面から顔を出している根に括り付けながらしれっと言うパイラ。


 なんか心配だが、復讐のことは吹っ切れたと解釈しても良いのか?


「シャー、薪をもっと集めましょう」


 俺との懸念を無視し、シャーロットに呼びかけるパイラ。二人は互いに離れ無いようにしながら乾いた木の枝を拾い集め始めた。


 十分な量の木の枝を集めたパイラは、土の精霊魔法で取り出した粘土質の土と水の精霊魔法で出現させた水を小石や枝にまぶして小さなかまどを作った。平らにしたかまどの天面に、葉っぱで作った鍋を置く。周囲を紐で補強したその鍋の中では沸騰寸前のお湯で草や茎が煮込まれている。パイラの視野に管理窓ファイラー詠唱窓コマンドウィンドウが現れ魔法が発動された。


『今度は何の魔法だ?』

『土の精霊魔法よ。塩を取り出したの』


 そう言うとパイラは上に向けた左の掌の薄ピンク色の砂状のものを右手で一つまみし、その葉っぱの鍋に入れた。


「お姉様は何でもできるのですね」


 かまどで囲まれている炎は周囲を明るく照らしてはいない。だからと言う訳では無いのだろうが、パイラの左側に座っているシャーロットはパイラに寄り添いながら言った。


「元魔女だったからね」


  *  *  *


 シャーロットが小さな寝息を立ててパイラの左横でうずくまって寝ている。パイラは手作りの小さなかまどの火を絶やさないように小枝をべていた。


『なあ、パイラ』

『分かってるわ。心配しないで』

『俺は何も言ってないぞ?』

『エコーを人間に戻す方法を探す事でしょ?』

『あ、ああ』

『今出来ることは何でもしておくわよ』


 そう言うとパイラは管理窓ファイラーを開いた。表示されているリストが切り替わり、精霊とパイラと俺とシャーロットの聖刻が並んでいるところで止まった。


『何をしているんだ?』

『シャーと契約したでしょ? だからエコーのときと同じ様に何が出来るか確認するの。今からシャーの記憶片庫フォルダを見るわよ』

『ああ』


 管理窓ファイラーの表示が切り替わると、そこには一行だけリストが表示されていた。


『あら? 入れたわ』


 まぁ、そうだろうな。パイラが俺の記憶片庫フォルダに入る時は許可が必要だったが、パイラがシャーロットの記憶片庫フォルダに入るには許可は要らない。それは契約の主従関係に拠るものだと容易に考えられる。俺はパイラのあるじだし、パイラはシャーロットのあるじだという契約がなされているのだ。


『今表示されているのは何だ?』

『私にもエコーにも有った、スクリプトを記録する記憶片庫フォルダね。私達はこの記憶片庫フォルダ以外にもう一つ有ったけど、シャーには無いみたい』


 ああ、たしか俺とパイラには、ギフト能力の記憶片庫フォルダと思わしきものが有ったな。


『シャーロットにはギフト能力が無いのか?』

『ずいぶん前に能力で確認したのだけれど、持って無かったわよ』

『なるほど。じゃあ、スクリプトを記録する記憶片庫フォルダに入れるか?』

『入ってみるわね』


 管理窓ファイラーの表示が切り替わったが、そこには何も無かった。


『空っぽね』

『そう言えば、シャーロットは編集窓エディタを使えるのか?』

『森を歩いてている道中に念話でシャーと話しながら確認してみたけど、使えないみたいね。学園に戻って集中できる環境で試したらどうなるか分からないけど』


 編集窓エディタは使える人を選ぶのかな?


『そうか。魔法使いだから詠唱窓コマンドウィンドウは使えるんだよな?』

『もちろんよ。それすら出来ないと魔法学園に入学出来ないわ』

『なぁ、パイラ。お前が持っている防御魔法、できれば発動が目に見える魔法をシャーロットのこのフォルダにコピーできるか確かめてくれ』

『ええ、ちょっと待ってね』


 管理窓ファイラーがもう一つ現れ、そこに表示されているリストがパラパラと切り替わっていく。そして空っぽの管理窓ファイラーに文字列が一つ加わった。


『できちゃったわ』

『何の魔法だ?』

『飛来する矢などの武器の威力を落として方向を反らせる風の精霊魔法よ。左の手の平の前に直径二メートルの円盤状にフィールドが展開されるのだけれど、効果が発生している二分間はそのフィールドが薄緑色に発光するのよ』

『なるほど。それで、シャーロットは詠唱窓コマンドウィンドウでこの記憶片ファイルの名前を綴れるか?』

『ええ、シャーも分かる「風の盾」という名前にしているから使えるわ』

『じゃあ、あとは詠唱窓コマンドウィンドウでいつもの様にスクリプトをだらだらと綴る代わりに、この記憶片ファイル名を指定するやり方をシャーロットに教えて、使えるか試してみてくれ』

『もちろん。さっそく明日にでも確認するわ。ところで、今の実験で何か得られた事はある?』

『ああ、使い魔の契約魔法の効果がなんとなくな』

『どういう事?』

『なあパイラ、シャーロットの感覚は共有できるか?』

『ええ、視覚や聴覚など共有してもらったわ』

『いや、そうじゃなくだ。今、シャーロットは寝てるだろ? シャーロットが許可してくれない状態で感覚が共有できるかってことだ。できると思うがどうだ?』

『……、あら、出来るわ』

『恐らくそれだけじゃないんだ。パイラ、シャーロットの感覚を完全に共有している状態で、シャーロットの右手を動かせるかやってみろよ』


 パイラの視線がシャーロットの頬の下にある右手に注がれた。


 そしてシャーロットの右手が頬の下からすっと抜かれ頭が位置が少し下がった。


 おっと、俺もパイラが倒れないようにこっそりとパイラの体を支えた。


『そんな事……』


「う? ん? お姉様?」


 寝ぼけた様子のシャーロットが薄っすらと目を開ける。


「あら、まだ寝てていいわよ、シャー」


 左手でそっとシャーロットの頭を撫でるパイラ。


『シャーの右手を動かせちゃったんだけど、どういう事?!』

『魔法使いは使い魔を自由に行使するだろ? それは使い魔である動物が自律的に調教された動きをする場合と、魔法使い自らその動物を直接操作する場合があるってことさ』

『でもエコーはそうは行かないわよ』

『そ、それは俺のケースが特別だったんじゃないか? 動物じゃない点と主従関係の契約を受け入れていない点が複雑に絡んでるんだ。だからきっと、お前と俺は主従関係じゃなく対等な関係だと思うぞ』


 嘘だけどな。完全に俺がしゅでパイラがじゅうだ。


『あとな、お前がシャーロットを動かす間、お前自身の体は動かせないからな。安全を確保してからシャーロットを操作――、いや、憑依って言った方が良いな。安全を確保してから憑依するんだぞ』

『わ、分かったわ。これが使い魔の契約魔法を人間に使うことを禁止している理由なのね』

『あぁ、そうだ』

『だけど私がシャーに憑依する事態にはならないと思うけど?』

『万が一だよ。備えていれば選択肢の一つに成りうるだろ?』

『まぁ、そうね』

『ああそうだ。……なぁ、お前の復讐の話はどうなんだ?』

『……それはまだ完全に整理は出来てないって言うのが本心よ』


 よかった。完全に吹っ切れているって言われる方が心配だ。積年の恨みを瞬時に無かったことができる方が不自然だからな。


『今までずっとそれに囚われてきたんだし、急に気持ちを切り替えろってのが無理な話だと思う。その復讐心をどう解きほぐしていくかは、ゆっくり考えていった方が良いと思うぞ。新しい目標を作るってのも良いのかも知れないな』

『あら、なぁにエコー。私を慰めてくれるの?』

『いや、まぁ、なんだ、心配だしな』

『うふふ、エコーは揶揄からかうと面白いわね』

揶揄からかうなんて、やめろよ?』

『シャーには家族を作れって言われたけど、ホント、それは難しいのよね』

『何でだ?』

『私ね……』


 パイラはいつも身につけている右手の薄手の白い手袋を取り始めた。その手袋の親指と人差指のところには布がなく肌が露出している。そして右手を開きかまどの方に腕を突き出した。


『こんな風だから』


 右手の薬指と小指から、腕の内側にかけて火傷の跡が見えた。それは袖の中の二の腕にまでも続いている。


『こんな風とは?』

『火傷よ。見えるでしょ? これが私の体にも有るのよ』


 以前、パイラの体に憑依した時に窓ガラスの反射でパイラの体を見たからそれは知っている。その火傷は右胸の下から右脇腹、右下半身にも至っている。


『ああ、そんな事か。俺は気にしないぞ? それにお前が魔法を極めていけば、肌の蘇生魔法とか傷を隠す魔法とかをかけてもらえたり、使える様になったりするんじゃないか? 鳥を人間にするよりも簡単な気がするぞ?』

『うふふ。本当に気にしないの? やっぱりエコーと結婚しようかしら。傷モノの体だけど、どう?』

『おいおい、自分を安売りするなよ』

『時間はたっぷりあるから考えておいてね』

『考えろって……、それは今の危機を乗り切ってからだろ? まず無事に学園に戻ることが先だ』

『そうね、考えてもらう時間はそれから用意してもらうわ』

『……』

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