第55話 ゴブリンに見つかった

  *  *  *


 パイラとシャーロットが牢から脱出した翌日の朝早く、二人は野宿した大木の根元を出発した。枝に茂る葉を目隠しにするため、地面の方に引っ張り下げていた蔦製の紐も取り除いたパイラ。さらに急ごしらえの小さなかまどを破壊し、植物促進の土の精霊魔法をかけたその周囲の地面には雑草の若芽が生えていた。


 シャーロットが持つ真っ直ぐな棒の先には、遺跡で手に入れた槍の矛先がしっかりと取り付けられている。パイラが手頃な木の枝から加工したものだ。一方のパイラは右手に片刃の短刀を持ち、左手でシャーロットの右手を引いていた。


 二時間ほど歩き続けてきた二人の周囲の森の木はまばらになり、木がほとんど生えていない広場状の草地を通ることも何度かあった。そんな二人の前に小川が流れていた。


「少し休憩しましょうか」

「ええ、お姉様」


 川原を少し上流に向かって歩き、土手で視界が遮られている場所に腰掛ける二人。


「ねぇ、シャー。ちょっと実験をして欲しいのだけど良いかしら?」

「もちろんですわ」

「まずは、詠唱窓コマンドウィンドウを開いて頂戴」

「開きましたわ。お姉様に感覚を共有しているから見えますわよね?」

「ええ」

「呪文を唱えるのかしら? でも私、魔導書を持ってませんわよ」

「だから実験なのよ。まずは、いつも通りの呪文を唱える前の文字を綴ってみて」

「はい、これですわね」


 俺にはシャーロットの詠唱窓コマンドウィンドウが見えないが、シャーロットの感覚を共有しているパイラには見えているのだろう。


「じゃあ、その後にいつもは呪文を綴るのだけれど、代わりに『風の盾』と綴ってみて」

「え? 呪文じゃなく、それだけを綴るんですの?」

「ええ。まだ呪文を発動しては駄目よ」

「これで良いかしら?」

「良いわ。そうしたら左手を前に突き出して頂戴」


 シャーロットが川に向かって左手を突き出した。手にしていた槍は右肩で支えており、その穂先は背中側にあった。


「じゃあ、発動して」


 その瞬間、シャーロットの左手の前に直径二メートル程の薄緑色の光の円盤が現れた。


「え?! どうして!?」

「これは授業で習った風の精霊魔法よ。覚えているでしょ? 二分間効果を持続する飛び道具を逸らす魔法」

「でもお姉様、あの時の様に長い呪文を綴ってませんわ? どうしてですの?」


「そうね……」『ねぇエコー、うまくいったけどシャーに教えていいの?』


 パイラが念話に切り替えて俺に尋ねてきた。


『学園に帰ったら詳しく教えると言っておいてくれ。今は何か有った時にこの方法で風の盾の魔法を呼び出す様にと言っておくんだ。あと、身を守れる幾つかの魔法をシャーロットの記録片庫フォルダに登録しておいてくれ』

『分かったわ』

『シャーロットに呼び出す魔法の記憶片ファイル名も教えておくんだぞ。あと、攻撃魔法は有るのか?』

『無いわ。今の私達には閲覧許可が出ないのよ』

『そうか』


「魔法学園に戻れたら詳しく説明するわ。万が一に備えて今の方法で魔法を使ってね。簡単でしょ?」

「ええ、ものすごく簡単ですわ。これは誰でも使える方法なのかしら?」

「いいえ、準備が要るのよ」

「お姉様が手に入れた秘技ですのね?」

「そうよ」

「これでしたら、十数秒掛かっていた詠唱があっという間に済んでしまいますわ。これは魔法の歴史を変えてしまう程の秘技……」

「そうなの。だから二人だけの秘密よ、シャー」

「も、もちろんですわ。お姉様と私の秘密……」


 そんなところで顔を赤らめるなよな。


 と、その時、上流の藪の中から三匹のゴブリンが姿を現した。錆びたショートソード、槍、棍棒をそれぞれ手にしているが防具らしきものは一切身につけていない。そいつらは周囲をきょろきょろと見渡していた。


「静かに!」


 ゴブリン達に見つからない様にパイラはシャーロットを自分の背後に隠したが、木陰に居て目立ちにくい事以外は視界を遮るものは何も無かった。


 パイラは詠唱窓コマンドウィンドウを起動し魔法を発動させたと同時に周囲の音が消える。周囲の音を消す風の精霊魔法だ。


『パイラ! 攻撃魔法は本当に覚えて無いのか?』

『ええ。炎を作り出す魔法は有るのだけれど』

『やつらはまだ、こっちに気づいていない。絶対に動くなよ。その魔法がはったりとして効けば良いんだが』


 パイラにしがみついているシャーロットが小刻みに震えている。


『一匹だけだったら刺し違えることも出来ると思うのだけれど。数が多いわ』

『パイラ! 万が一の時は俺に奥の手が有る。その時になったら俺の指示に黙って従ってくれ』

『もちろんよ』


 一匹のゴブリンが喚きながらこちらを指さした。他の二匹もこちらに視線を向ける。ゴブリン達がこちらに向かってゆっくりと近づき始めた。


『見つかったわ!』

『炎を作り出してはったりをかけてみてくれ。シャーロットには絶対に動くなと言い聞かせておくんだ』


 開きっぱなしの詠唱窓コマンドウィンドウに一行の呪文が追加され発動された。パイラの十メートル先に炎が発生する。そして暫くするとその炎は消えてしまった。


 ゴブリン達は一瞬だけ歩を緩めたが、炎が消えたと同時にこちらに向かって駆け始めた。


『くそ! 効かなかったか! パイラ、体の力を抜け! 何があっても自分で自分の体を動かそうとするなよ!』

『え?』

『言うことを聞くんだ。どう言う事かはすぐに分かる!』


 俺はパイラの体を操り、左腕でしがみついているシャーロットをそっと引き剥がした。右手の短刀をゴブリンに向かって突き出しながら、シャーロットの持っていた槍を左手で取り上げた。


『え? え?』


 自分の体が勝手に動いている事に驚いているパイラを無視して、俺はゴブリンに向かって駆け出した。


 パイラの体に憑依した俺。左手には槍、右手には独特の形状の短刀。

  攻撃 6

  技  8

  速度 7

  防御 4

  回避 8


 三匹のゴブリン。錆びたショートソードなどを装備している。

  攻撃 4

  技  3

  速度 2

  防御 2

  回避 2


 三匹まとめたとしても俺が憑依したパイラの足元にも及ばない。


 行くぞ!

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