第56話 襲撃現場に出くわした

 こちらに向かってくるゴブリンに向かって俺は槍を投げつけた。狙いは左端の槍を持っている奴だ。その槍は勢いよく飛んでいき、狙った胸ではなく足の甲に突き刺さった。


 ちっ、投擲は下手かよ!


 槍を持っていたゴブリンは派手に転倒したが、他の二匹はこちらに向かって来て目の前に居る。ショートソードを持っている奴も棍棒を持っている奴も俺に向かって上段から武器を振り下ろそうとしていた。


『ひ!』


 パイラが一瞬体を硬直させる。


『パイラ! 落ち着け!』


 初動が僅かに遅れたが、ゴブリンが振るったショートソードを短刀でいなしながら左側にパイラの身を躱した。そして攻撃直後の隙だらけの右半身をこちらに向けているゴブリンの二の腕を切り落とす。


 川原の石に当たるショートソードの金属音。それと同時にゴブリンの苦痛の金切り声が川原に響いた。


 俺は体勢を低くし、片腕をなくしたゴブリンの影からもう一体のゴブリンの首元に短刀を突き出した。顎の骨に切っ先があたる感触を感じた直後、力任せにその素っ首を引き切った。その勢いのまま横に向けた短刀を片腕のゴブリンの胸にねじ込む。


 ようやくゴブリンの金切り声が止んだ。


 棍棒を持っていたゴブリンの頭が川原に落ちると同時に、俺は最初に転倒させたゴブリンに向かって駆けた始めた。座り込んでいるそいつは、迫りくる俺に対して槍の穂先を俺に向けてきた。


 俺は短刀で槍の柄を二度切り刻み、三振り目にゴブリンの首を切り落とした。


『やったわ!』


 パイラが念話で言った。


 しかし、川原には新たに数匹のゴブリンが姿を現し出していた。その中の一匹はシャーロットのすぐ近くに居る。


『パイラ! シャーロットをこっちに跳ばせ! お前の背後1メートルだ』


 俺が何を言っているかをすぐに理解できたのだろう、パイラの視界に管理窓ファイラーが表示されリストが切り替わる。詠唱窓コマンドウィンドウに呪文が連なり発動した。


 直後、二十メートル程離れた所に居たシャーロットの姿が、パイラの背後に現れる。


 辺りを見渡すと川原に姿を現すゴブリンの数が増えていった。その中には弓矢を持っている奴も居た。


 俺は投げた槍を拾ってシャーロットに渡した。


『パイラ、逃げるぞ。矢を撃ってくるやつも居るから気をつけろ』


 パイラの左手でシャーロットの右手を握り引っ張った。上流方面の川原にはゴブリンの姿は見えていない。俺はパイラとシャーロットをそっちに向かって誘導するべく走りはじめた。


 背後のシャーロットが槍を持った左手を後方に突き出した。するとそこには直径二メートルの薄緑色に輝く透明な円盤が現れた。飛び道具から身を守る風の精霊魔法だ。パイラの詠唱窓コマンドウィンドウに変化が無かったから、シャーロットが唱えたのだ。


 突然進行方向の左手の藪からゴブリンが飛び出してきた。シャーロットを掴んでいる左手を離し前方に跳躍した俺は、そいつを一瞬で斬り伏せた。


 後ろを振り返り左手をシャーロットに差し伸ばす。その手を右手で掴むシャーロット。左手は後ろに向けたままだ。矢が一本飛んできたが三メートル以上離れた地点に着弾し、石に弾かれる乾いた音がした。後方を見ると矢を放つゴブリンの数が三体に増えていた。


『こっちが丸見えだな。仕方ない、森に入るぞ』


 俺達は左手の森に逃げ込んだ。森の中は灌木は殆ど生えて居らず木の根が張っている地面が続いている。重なる木々の幹の隙間にはゴブリンの姿は見えなかった。俺達は周囲を警戒しつつ真っ直ぐに進む。暗い森の中だったが前方は明るかったからだ。この先は森が終わっているのかも知れない。


 森が開けていると思われる方に向かって進んでいる間、二度ほど幹の隙間から遠くにいるゴブリンの姿が見えたがこちらには気づいていない様だった。


 そして森の端の灌木を突っ切ると目の前に緩やかに上下にうねっている草原が広がっていた。遠くには視界を横切る様に街道が走っている。


 しかし、そこでは俺達とは別の戦いが行われていた。


『どうなってるの!?』


 パイラがその様子を見て言った。


 隊商の荷馬車らしきものが三台。うち二台は横倒しになっており貨物が散らかっている。横倒しの荷馬車に綱が絡まっている馬が一頭暴れていたが、それ以外の馬は姿がない。倒れていない荷馬車の片側に商人らしき人々が固まってうずくまっている。その周囲は軽装の冒険者らしき男が三人居た。さらにもう一人、商人達からわずかに離れて左手に本を持っている男が一人居た。


 その周りには五十匹を超えるゴブリンが居た。地面に倒れて動かないゴブリンも数十体あった。動かない人間が数人、ゴブリン数匹に引きずられて輪の外に運ばれている。


『魔法使いが居るわね。でも劣勢だわ』


 商人達の近くに居る魔法使いがその右手を真っ直ぐ伸ばすと、その先の前衛の冒険者に飛びかかろうとしていたゴブリンが弾かれる様に倒れた。


 攻撃魔法だ!


 その時、魔法使いの喉元に矢が刺さり、開いている魔導書に血を吐いて倒れた。前衛の冒険者の一人がそれを見て何か叫んでいる。


『まずいな』

『どうするの?』


 遥か遠方から騎兵が数騎、隊商の方に向かっているのが見えた。ただし到着には少し時間が掛かりそうだ。


『時間稼ぎなら行けるかも知れないな……。お前の体、しばらく借りるぞ! シャーロットはここで待機だ。俺が合図したら俺の体、いやお前の体をシャーロットの近くに転移させてくれ。もしシャーロットが襲われそうになったら逆にシャーロットをお前の体の近くに転移させるんだ。そのためにもお前はシャーロットに憑依して周囲を警戒しておいてくれ』


 パイラが自分の体を動かそうとすると、パイラの体を操る俺の邪魔になるしな。


『わかったわ』


 パイラの体の自由を得た俺は、右手の短刀を握りしめ森から飛び出した。

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