第57話 パイラが攻撃魔法を発動した

 目標の荷馬車までは約百メートル。緑と黒と茶色の迷彩色に染められている服を着ているパイラの体を借りた俺は、鼻から下の顔も布で覆った。念のため正体がばれない様にするためだ。


 隊商に向かって駆けていく途中、俺はこっちに背中を向けているゴブリンを二匹、追い抜きざまに斬り伏せた。


『コブリンはこんなに群れるのか?』

『いいえ、一度にこんなにゴブリンが現れるなんてありえない。数が多すぎるわ。……恐らくだけど、これは集団移住よ』

『集団移住?』

『ええ、ある地域の魔物が一斉に移動することよ。原因は様々あるみたいなんだけれど、ゴブリン達の生息域に、より凶悪な魔物が棲み着いたりするとそこから避難することがあるらしいわ』

『なる、ほど』


 俺が走り寄っていることに気づいたゴブリンを数匹討ち倒す。隊商を護衛している冒険者達もパイラの姿に気づいた様だ。


『街の近くで集団移住が発生すると人間にとっては厄介なのよ。集団移住そのものもそうなんだけれど、その発生の元凶の魔物を討伐しなければならないから』

『なるほど。だが今は、お前達を無事に連れ戻す事が先だ』


 さらに俺は右手に持った短刀でゴブリン達を屠った。隊商に一斉に攻撃を仕掛けようとしていたゴブリン達の動きが鈍る。俺はそのままゴブリンの群れを抜け隊商のもとに駈け寄った。


「援護する!」


 俺はパイラの声色をわざと低くしながら言った。


「すまん!」


 冒険者の一人が言った。


 俺は倒れた魔法使いの近くによりながら、倒れている冒険者の手元に落ちていた剣を拾った。短刀は左手に持ち替えている。魔法使いの側にひざまずき様子を伺ってみたが既に事切れている様だった。


 ふと目の前に転がっている魔導書に目が止まった。ちょうど開いているページには血しぶきが付いていた。


『おい、パイラ! ちょっとこれを見てくれ』

『ええ』

『さっきこの魔法使いが使っていた魔法を見てたよな。矢に射られた時に吐いた血が付いてるだろ? このページがその呪文だと思う。これ、使えるか?』

『調べてみるわ』


 パイラは自分の体を操作し武器をその場に置き魔導書を手に取ったと同時に、編集窓エディタを起動した。


 血が付いているページから一つ前のページを捲るパイラ。そこに書かれている呪文の文字が次々と編集窓エディタに写されていく。その間数秒。そして次のページを捲って呪文を写していった。


『写し終わったわ』

『よし!』


 俺はパイラの体の制御を奪い、剣と短刀を掴んで冒険者の近くに駈け寄った。そして冒険者に向かって飛んできた矢を剣で切り落とす。


「助かった!」

「矢に気をつけろ。それから、お前たちはここで奴らを迎え撃て、俺が出る」


 俺は低い声で冒険者に言った。


 しまった! 俺って言ってしまった。


「行けるのか?」

に任せろ」


 俺はパイラの体を使って前方五メートル先のゴブリン二匹に駈け寄って斬り伏せた。再びゴブリン達が隊商ににじり寄り始めている。起動している半透明の編集窓エディタは視界の端に表示されたままだった。


『パイラ、呪文スクリプトはどうだ? 使えるか?』

『この魔法の呪文スクリプトで使っている聖刻は風の精霊と土の精霊のだけみたい。多分、使えるわ』


 矢を番えたゴブリンが商人達に向かって狙いを定めていた。詠唱窓コマンドウィンドウが視界に浮かび上がり、一行の文字列が綴られた。


『この魔法を使っていた魔法使いは右腕を突き出してたわ。右腕をあいつに突き出して!』


 パイラの言う通りに、俺は剣を持ったままの右手を矢を射ろうとしているゴブリンに向けた。詠唱窓コマンドウィンドウの文字列が淡く光る。


 右腕の周りで風が起こり、腕を伸ばした方に向かって高速に吹き抜けていった。風に乗った小さな粒が集まって幾つかの細長い塊となりながら飛んでいく。まるで何本もの釘を形成しながら打ち出している様だ。


 細く鋭いその散弾は、弓を持ったゴブリンの胸に当たりその体を吹き飛ばした。


『やったわ!』


 パイラが驚いているのを他所に、俺は周囲に注意をはらった。まだゴブリンの数はまだ五十近く居る。


『よし! パイラ、お前はいつでもその魔法を撃てる準備をしておいてくれ。俺が撃てと言ったら発動させるんだ。連続して発動出来るよな?』

『ええ、問題ないわ』


 俺は隊商の方に向かって一番突出しているゴブリンの数匹の群れに突っ込みながら言った。


『ところで、シャーロットの方は?』


 こっちにばかり集中してたら、シャーロットが危険な目に遭ってましたなんてシャレにならないからな。


『ちょっと待って』


 俺は右手の剣でゴブリンを袈裟斬りした。今まで使っていた短刀より使いやすい。左手の短刀を後方に振り、ショートソードを握ったゴブリンの指を切り落とす。やはりこの変に曲がった短刀は使いづらい。


 俺が接近戦を行っている間に、詠唱窓コマンドウィンドウに文字列が一行追加されていた。さらに管理窓ファイラーが起動され画面が何度か切り替わっていた。


 視界の端で、弓矢で隊商に狙いを付けているゴブリンが居るのが見えた。詠唱窓コマンドウィンドウに文字列が一行追加されているので発動は出来るはずだ。俺は左の短刀でゴブリンが振るう剣を受けながら、右手で弓を持つゴブリンに狙いを定めた。


『撃て!』


 高速の散弾がゴブリンを撃ち倒した。直後に詠唱窓コマンドウィンドウに文字列が一行追加される。


『シャーの準備が出来たわ』


 ん?


『準備ってなんだ? シャーロットの無事を確認してくれって言っただけだが?』

『え? そうなの?』


 すると森の影から左手に槍を持ったシャーロットが姿を現した。迷彩色に染められた服を着て、目だけを出す様にフェイスカバーもしていた。そしてこちらに向かって駆け始めていた。


 同じタイミングで森から飛び出してきたゴブリンが二匹。シャーロットからわずか十メートル程の距離だ。


あぶ――』


 そいつらを確認したシャーロットは立ち止まり、そのゴブリン達に右手を突き出した。その直後、二匹のゴブリンはそれぞれ頭と胸から血を吹き出して倒れた。連続して二回、魔法を使った様だ。


 思わず見入ってしまう俺。そのスキを狙ってゴブリンのショートソードが俺に突き出されようとしていた。


「おっと」


 俺は右手の剣でそのショートソードを弾き飛ばした。返す剣でゴブリンの胸を貫く。


『シャーロットにも攻撃魔法を教えたのか!?』

『エコーがそう言ったでしょ? シャーもこの攻撃魔法は使えないのかって』


 ん? 安全かどうかを確かめるために『シャーロットの方は?』って聞いただけだが……。


 ああ、シャーロットの方も魔法を使える様にできないかとも解釈できるのか。今更違うと言っても仕方ないか、


『……パイラ、シャーロットの周囲の警戒は頼んだぞ』

『もちろんよ』

『まず隊商に合流することを真っ先にしてくれと、シャーロットに言っておいてくれ』

『わかったわ』


 俺はこっちに向かってくるシャーロットに気づかいながら、隊商に向かって突出してきたゴブリンを一匹斬り伏せた。

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