第58話 ラマジーに向け出立した

 シャーロットの周囲数十メートルには動いているゴブリンは一匹も居なかった。隊商に向かって行きながら周囲に注意を払い、一定の距離に近づいてきたゴブリンを片っ端から魔法で吹き飛ばしているからだ。


 ……圧倒的過ぎじゃないか?


 普通の魔法使いが詠唱窓コマンドウィンドウに逐次呪文スクリプトを綴って発動させる方法を先込め式の火縄銃だとすると、編集窓エディタで作った記憶片ファイルを利用した発動の方法はまるで自動小銃だな。その威力は変えられないが魔導書を持たなくても良い点や間違えずに発動できる点のメリットは大きいはずだ。しかも槍を持っている左腕の先には飛び道具から身を守る風の盾が展開されている。


 俺はパイラの体を操作して、隊商の周囲のゴブリンを駆除して回った。接近戦用の武器を持っているゴブリンは隊商の半径五十メートル内には居ない。弓を持っているゴブリンは、盾にしている荷馬車で守れない方向にはもう居なかった。


『ちょっと無双しすぎたかな?』


 俺はパイラに言った。


『無双?』

『わずか一人で大勢を蹂躙してしまうってことさ。今の状況はゴブリンの群れをお前とシャーロットで撃滅する勢いだろ?』

『そうね……。でもほら、完全武装の騎兵だったらゴブリン相手には今の私達と同じ様に蹂躙するんじゃないかしら……』


 隊商を助けに駆けつけてきていた完全武装の騎兵が、ゴブリンの群れの端に到達し蹂躙を開始した様子が見えた。


 時間稼ぎは出来たってことだな。


 シャーロットが商人達が居るところまで、あと二十メートル程に近づいた。俺はシャーロットに駈け寄って合流した。


『パイラ、体を返すぞ。シャーロットと離れずに居るんだ』

『わかったわ』


 俺はパイラの体を操作する主導権を手放した。


 ……もっと人間の体を堪能したかったのだが……。


「お姉様!」


 シャーロットは手にしていた槍を地面に放り出しパイラに抱きついた。


「凄い! 凄いですわ、この魔法!」

「ええそうね」


『見せびらかすな、内緒にしておけって言っておいてくれ』


 俺はパイラに念話で言った。


「ねぇシャー、この魔法のことはもちろん私とあなたの二人の秘密よ?」


 パイラはシャーロットの両肩に手を置いて見つめて言った。


「もちろんですわ、お姉様。それにお姉様が剣術の達人だってことも秘密にしておきますわよ」


 あ、そっちもシャーロットに見られてたんだった。


『そっちも内緒って伝えておいてくれ』

「それも秘密よ」

「お姉様がそう言うなら、もちろんですわ」


 ウィンクをしながらシャーロットはパイラに言った。


 ゴブリン達は遠巻きに隊商を取り囲んでいるがその数は二十を切ろうとしていた。遠くでは森に向かって走っているゴブリンも数匹見える。森とは反対側では騎兵が散開してゴブリンを蹴散らしていた。二騎の騎兵がこちらに向かって来ている。そんな中、パイラがシャーロットを引き連れて商人達を守っていた冒険者一行に近づいていった。


「あんたのお陰で助かった。武器無しで遠距離攻撃をしてたよな。もしかして能力者か?」


 中年まで一歩手前と見える冒険者の男が右手をパイラに差し出してきた。


つぶてを打ち出せる能力って事にすれば良いな。今はパイラもシャーロットも能力者ってことにしておこう』

『ええ』


「詳しいことは言えないけど、能力持ちよ」


 パイラも親指と人差指が出ている手袋を付けた右手を差し出した。そして握手をする二人。


 その冒険者は風変わりなパイラとシャーロットの様子を少し怪訝そうに見ていた。何せポーチやバックパックなども一切持っておらず、迷彩色に染め上げた服や布で全身を固めているのだから。


「ところで君達は森の中で一体何をしてたんだ? ずいぶんと身軽な恰好に見えるが」

「えっと……」


 答えに困っているパイラ。


『詳しくは詮索されないように誤魔化すんだ。それと後々面倒なことにならない様にこの冒険者の一行だと言う事にして貰え。ついでに今回の事を貸しにして、近くの街まで同行する様に仕向けてくれ』


 俺は咄嗟にパイラに言った。


『できるかどうか不安だけど、やってみるわ』

『ああ、身を明かすのはめておけよ。シャーロットの誘拐に加担しているヤツがどこに潜んでいるか分からんからな』

『そうね』


 そう応えたパイラは冒険者の男達と交渉して、パイラとシャーロットはそいつらと旧知の仲の冒険者だということにしてもらった。


  *  *  *


 ゴブリンの大群に襲われていた隊商を援護したパイラとシャーロット達。そこは街の間に設置されている宿場町から駆け馬で一時間程の距離の街道だった。駆けつけた騎兵はその宿場町で駐屯している街道警備隊だ。その警備隊に対して隊商の面々から説明があった。


 それに拠ると、最初はゴブリンが数匹森から飛び出してきて隊商を襲ってきたらしい。護衛を依頼していた冒険者達が応戦したのだが、第二波、第三波と少数の群れのゴブリンが次々と襲ってきたとのこと。荷馬車で逃げ切ることにしたのだが、先頭の馬がゴブリンの群れに驚き、御しきれず荷馬車が転倒。そこへ勢いを付けていた三台目の荷馬車が突っ込み隊商は立ち往生することになったのだ。そして警備隊の騎兵が駆けつけてくれるまで、護衛の冒険者でなんとか攻撃を食い止めていた。


 その間に犠牲になった人は、商人三人、冒険者一人、そして魔法使いが一人だった。


 死んだ魔法使いはたまたま行き先が同じだったので合流していたとのこと。おそらく魔法学園の有るラマジーの街に向かっていたのだろう。それを聞いた俺たちは向かうべき方向が分かったので安堵した。


 中年の冒険者のリーダーは、パイラとシャーロットを旧知の冒険者だと説明してくれた。モモの住処があるナタレの街のクエスト斡旋所で登録している冒険者なのだが、遠征クエストを請けていると言う訳でも無いので、冒険者の証の記章は持っていない設定としていた。つまり余暇を楽しんでいた事にしたのだ。


 このゴブリンの大発生、つまり集団移住は、直ちに警備隊から近隣の街に伝えられることになった。警備隊や軍、あるいはクエスト斡旋所への依頼によって駆除されることになるとのことだ。ゴブリンが移住を余儀なくされた何らかの驚異も、ランクが高い冒険者を手配でき次第対処するとのことだった。


 一方のパイラとシャーロットは隊商に混ざって宿場町に移動することになった。


 宿場町に着いた二人は、ゴブリンの群れから命と荷物を守ったお礼としてもらった金で服やポーチを買い、腹を満たした。そしてパイラとシャーロットは学園の有るラマジーに向かって宿場町を後にした。

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