第59話 死体を喰う魔物を見つけた

  *  *  *


「……と言うわけで、今のところパイラは無事に街道を歩いて学園に向かっている」


 鳥に戻った俺は、狼の姿のファングが引く荷車のくびきに止まって、パイラ達がゴブリン達を退治して今に至るところまでをモモに話した。モモ一行は能力者を募集していると言われているセカルドを目指して旅をしている。


「そう。それは良かった。あんたはずいぶん長い間動かなかったから死んだのかと思ってたわ」


 両腕を頭の後ろに組んでファングの横を歩いているモモが言った。


「それも、とても心配しながらです」


 荷台に居るシャルが、細工の作業の手を止めずに言った。黙ってシャルを睨むモモ。シャルは勿論それに気づいていない。


「……、姉さんは攻撃魔法が使える様になったのね」

「ああ」


 モモには編集窓エディタ管理窓ファイラなどのカラクリの事は言ってない。まぁ、言っても仕方ないからなのだが。


「じゃあ、私も負けない様に鍛錬しなきゃ!」

「お前は何と戦っているんだ?」

「え? 姉さんとどっちが強くなるかって事だけど、変?」

「そもそもパイラはお前とどっちが強くなるかって競ってないだろうが」

「普通そんなことないでしょ。誰だってどっちが強くなるかって頑張ってるわよ」

「いや、多分そんなことは無い」

「そんなこと有るわよ。母さんと姉さんと一緒に住んでた時、妹も居たんだけど、そいつはいっつも私にどっちが強いかって挑んできてたわ」

「そう言えば妹が居たんだったな。それはバーバラの弟子で、お前の妹弟子って事だろ?」

「ええ、そうよ」

「どっちが強いかと言ってるってことは、単にその妹がお前に似てるって事だろ。まさかその妹もお前みたいに考えなしで突っ込んでいくのか?」

「私はちゃんと考えてますぅ! それに全然似てないわよ! あの目立ちたがりの短気バカと一緒にしないで!」

「……」


 ……そんなに変わらん気もする。まぁ、その妹弟子とやらを見てみないと判断はできないのだが。


「思い出すと腹が立つからその話はお仕舞いよ!」


 モモは突然剣を抜き、その剣身で夕日をキラキラ反射させながら数回素振りをして鞘に納剣した。


「おい、必要も無いのに剣を振り回すなよ」

「何言ってるの、必要なときの為に振り回してるのよ」

「……。まあいい、それで? セカルドにはいつ着くんだ?」

「ぼちぼちね。それより次の宿場町でしばらく駐留するわよ」

「なんでだ?」

「あんたがだらだららと寝てる間にクエストを請けたからよ」


 荷車ではためいている『クエスト募集中』と書かれたのぼり旗を親指で指さしながらモモが言った。


「道中で出会った警備隊の人と話してたらそんな話になったのです」


 荷台のシャルが手元に視線を向けたまま言った。


「なるほど。で、宿場町で何を討伐するんだ?」


 俺は横を歩くモモに尋ねた。


「違うわよ! 警備隊の武具の整備や宿場町の防衛設備の補修を請けたのよ、シャルがね。あんた、戦うことばっかり考えてるんじゃない?」

「……」


 お前が言うか。


 俺が止まっていたくびきが揺れたので俺は飛びたった。狼の姿から犬耳族カニスの姿に変わったファング。今まで狼の背中で取り付けて引いていたくびきを、両手で掴んで押している。


「まあ、俺たちも宿場町の周辺の魔物の退治ぐらいはするぞ。体が鈍るからな」


 肩を解すように動かしながらファングが言った。


「いい感じの穴掘り依頼があれば良いんだけど……」


 モモが真剣に言う。


「モモ、穴掘りだけが鍛錬じゃないぞ?」


 ファングがモモに諭すように言う。


「でもほら、犬は穴掘りが好きだし……」


 真剣に考える仕草でそう言ったモモ。


「俺は別に穴掘りが好きな訳じゃない。それと、狼だ」

「ファング、安心して欲しいのです。防壁を効果的に機能させるためには町の外側を掘り下げる必要があるのです。その穴を掘る作業も補修に含まれるのです」

「お嬢……」


 シャルの方をじっと見つめるファング。


「良かったわね。シャルの作業を手伝えて」

「ああ」


 感無量といった感じで両目を固く閉じ天を仰ぐファング。


 まぁ、こいつが喜んでいるんならそっとしておこう。


「ちょと周囲を見てくるぞ」


 そう言って俺は空に舞い上がった。


「今日は野営はしないわよ~」


 モモの声を後に、俺は小さな円を描きながら高度を上げていった。


 野営のための警戒じゃない。たまには悠々と空を飛んでみたいのだ。


 眼下に広がる平原。踏み固められた街道周辺は緑も疎らだが、周辺には草や藪の固まっているところもあった。その緑の塊がある部分は周囲よりも窪地になっている。雨水が貯まるからだろうか。またその周辺には木がぽつぽつと生えている。木が固まっている場所もあり小さな森を構成していた。


 街道の先を見ると確かに集落が見える。目指している宿場町だろう。町中で明かりがちらほらと灯っていた。


 ふと視点を別の方に向けると森の中に空き地があった。その空き地の中で黒い点が動いていたのが目端に入ったから気になったのだ。よく見るとその点は人の様だった。


 何をしてるんだ?


 俺はその空き地に寄って見ることにした。


 その人形ひとがたの生き物はその場にしゃがみ込んで何かをしている。両手を口元まで運んでいる様だ。何かを持っているが――。


 それは土気色になった人間の腕だった。力なく垂れ下がった手首の先が細かく揺れていた。揺れているのはその人形ひとがたが手に持った腕の肘付近をかじっていたからだ。


 何だあいつは!?

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