第6話 契約魔法をかけられた

 鳥籠と被せられた布の隙間から地面が流れていく。その模様は石畳からレンガ、そして踏み固められた土の道に変わっていった。その道も、だんだんと柔らかそうな土と雑草との境が曖昧になってきている。


 俺を買い取った女は、かれこれ一時間ほど徒歩で俺を運んでいた。辺りが暗くなってきたのは、日が落ちたのかそれとも木々が生い茂る深い森に入り込んでいるためなのかは分からない。そんなことを考えていると板を踏む音がし、その後、戸を開ける音がした。籠の底の端には、地面ではなく板が見えた。屋内に入ったのだろう。


「あっ、姉さん! もう着いてたんだ」


 俺を運んでいた女の声が布の外から聞こえた。と同時に俺が入れられている鳥籠が台の上に置かれた。


「モモ、お帰りなさい。勝手にお邪魔してるわよ」


 俺を買った女をモモと呼んだもう一人の女は、モモの姉ってことらしい。


「長旅だったでしょ、まぁゆっくりしていってよ。それで? なんで急にこっちに戻ってきたの?」


 モモの声が少し遠くの方から聞こえた。


「なんでって、あなたねぇ」


 少し呆れた様にモモの姉らしき人が答えた。


「モモが変な手紙を送ってきたからじゃない。修行の旅に出るから暫くは会えないけど心配するな、それだけよ? 心配するなって方が無理でしょう?」


 ゆっくりそして優しく語りかけるモモの姉。


「姉さんが心配しなくても良い様に、大丈夫だって連絡したのに……」

「あなたの大丈夫が、これまで大丈夫だった試しがあったのかしら?」

「え!? 今まで問題は無かったはずよ?」

「……」


 返事をしないモモの姉。


「ま、まぁ今日はゆっくり出来るから、ちゃんと話せば理解し合えるんじゃない?」


 少し上擦った声のモモ。


「そう、なのかしらねぇ?」

「それでさぁ姉さん、手紙で買っておけって言ってたのって、これで良いんだよね?」


 モモがそういうと俺の回りの世界が一気に開けた。鳥籠の布を取り払ったのだ。


 そこは小さな小屋の様だった。一つの窓と同じ壁面にある玄関らしき扉。反対の壁側には棚とその上はロフトベッドがある。他の壁には大きめの鍋が置かれているかまどがあり、一部屋しかないその空間の真ん中にテーブルと対向して置かれている二脚の椅子があった。モモの姉は椅子に座っており、右手に布を持っているモモはテーブルの横に立っていた。


 モモの姉は銀色の長い髪を三編みにして左肩から胸の方に垂らしていた。そして袖襟がピッタリと閉じているワンピース状の服を着ている。両手には親指と人差指が覆われていない白い薄手の手袋をしていた。モモの活発そうな態度に対して柔和な二十代前半といった感じだ。ただその右頬から右首にかけて肌が赤紫に染まっていた。火傷の痕だろうか?


「これ、何に使うの? まさか食べるって訳じゃないと思うけど」


 俺の方を指差しながら物騒な事を言うモモ。


「そんなことしないわよ。でも、思ってたのとは違う鳥だけど、この子はオウムよね?」

「ええ、人の言葉を覚えていないからまだ喋れないらしいけど、オウムの一種って店の人は言ってたわ」


 え!? 俺って喋れるの?


「じゃあ、準備するからモモも手伝ってちょうだい」


 モモの姉が自分の鼻を摘みながら試験管に入った液体を鳥かごの上から滴らせながら言った。


「何をするか説明してから言って……」


 モモがそんなことを言った気がするが、俺の意識はそこで途絶えた。


  *  *  *


 気付くと俺は、幾何学的な模様が書かれている布か紙の上の中心に寝かされていた。まだ体は動かない。


 なんだコレ? 魔法陣か?


 モモの姉が開いた本を左手に持ち、白い手袋をはめたまま広げた右手をこちらに向けて何やらブツブツ言っている。


「……契約発動」


 最後にそう言った姉の手が俺の体に触れた途端、力強く嫌悪感があるザラザラとした感触と、思わず身を委ねたくなる様な暖かな感触が同時に俺を包み込む。本能的に俺はそれに抗った。その奔流の源を何となく感じた俺は、そちらに意識を集中してそれを俺の方に手繰り寄せよう意識した。気持ち悪くかつ心地の良い矛盾した奔流を止めさせるため、あるいはその気持ち悪い奔流をその根源に押し返すために。イメージの中で行った意地の張り合いの様なその争いは何時間にも渡って行われた様にも感じられたし、一瞬で終わった様にも感じられた。


「……終わったわ」


 姉が額に浮いた汗を拭いながら言った。


「上手くいったの?」


 モモが心配そうに言う。


「おいおいおい!! いきなり俺に何をしたんだよ――、って俺?! 話せるの!? 話せるじゃん!? やった! スッゲー!! え? もしかして俺が話せる様にしてくれたって訳?」


 俺の声が小さな部屋に響き渡る。妙に甲高いその声音は気持ちの良いものではなかったが。


「ねぇ、これって姉さんが命令して喋らせてるの?」


 モモが姉に向かって言った。


「あ、あらぁ?」


 モモの姉は本のページを何枚かめくりながらそうとだけ言った。

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