第63話 火輪斬りを捻り出した

  *  *  *


 警備隊から借りた古い小屋から焼き出された翌日、シャルは警備隊の駐屯地の一角にお気に入りの工具類を広げていた。丈夫なテーブルを用意してもらい、その上には少し錆が浮いた武器や、革紐を通す穴がくたびれ始めている防具などが並べられている。ファングはシャルの指示に従って重量物を運んだり、単純な作業を仰せつかったりしていた。


 昨日の出来事を共有したパイラには、こっちのことは心配するなとは言ってある。あちらだって無事に学園に戻ることに専念して欲しい。


「武具ってのは自分で整備するもんじゃないのか?」


 少し離れたところで素振りをしているモモを見ながら、俺はふと思い立った疑問をシャルにぶつけてみた。


「これは予備の武具なのです」

「予備?」

「宿場町に魔物が現れた時、万が一警備隊員で対処できなければ旅人や住人に貸し出すのですよ」

「ほぉ」


 確かに扱いやすそうな、短めの槍や、ショートソード、クロスボウが多く並んでいる。防具も胸と背中だけを守る様な革製の物ばかりだ。それらを物色しているシャル。


「ねぇ、エコー!」


 素振りを止め、遠くから俺を呼ぶモモ。


「呼んでますね」


 一つのクロスボウを取り上げ、向きを変えながらそれを見定めているシャルが言った。


「呼んでるな」


 モモが手振りでこっちに来いと言っている様子を見ながら、俺は答える。


「行かないのですか?」

「ああ、行ってくる」


 俺はシャルのもとを離れ、モモの左肩に飛び移った。


「あ、師匠様」


 笑顔でそう言うモモ。


 何か企んでいるのか?


「なんだ、調子がいいな」

「私はいつも絶好調よ?」

「……」

「それでね。昨日、水輪斬りで屍食鬼グールを斬ったでしょ? どうだった?」

「ああ、見事だった」

「新しい技を会得する為には、どんな訓練をしておけば良い?」


 技を教えてくれと言わずに、どんな訓練を積めば良いかを聞いてくるのか……。


 モモらしいと言えばモモらしい。


「そうだな……」


 昨日のモモが屍食鬼グールを斬った後、相手の突進をもろに受けていたな……。


火輪かりん斬りの技の名はもう言ったよな?」

「五輪斬りの一つね」

「ああ。水輪斬りは静かな水面の様に自分の身は動かさないよな?」

「ええ」

「火輪斬りは、その逆だ。威力と精度を落とす代わりに自身が移動するんだ」


 まぁ、今、無理やり捻り出したんだがな。


「火輪斬り……」

「水輪斬りと同じ様に狙いを定めて斬る。しかしその斬撃の勢いの一部を利用して自身の位置を変えるのだ。故に水輪斬りに比べ威力は落ちる」

「……分かった。ありがとう。水輪斬りは大体習得できてるから、火輪斬りはイメージできるわ。後は練習有るのみね」


 そう言うと、モモはゆっくりと二秒ほど掛け、カタナを抜きながら右払い斬りをする。そしてそのカタナが空中で固定されているかの様に、右腕一本でカタナに自分をゆっくり引き寄せた。いや、鉄を操る能力でカタナを空中に固定しているのだ。そしてその後もゆっくりと納刀した。


 カタナを振る反動を利用して移動するって言ったのだが、ギフト能力を使ってやがる。まぁ良いか。


「なるほど……」


 勝手に得心している様子のモモ。


「本来はギフト能力無しでの技だが、モモの場合は自分の能力を上手く使ってアレンジしたらいいさ」


 本来も何も、今でっち上げた技だ。モモが使いこなせるのなら何だって良いか。


「ええ、そうするわ! 師匠」


 モモと戯れていると、シャルとファングが居る場所に一人の警備隊員が歩み寄ってきているのが見えた。アエズだ。


 俺は練習をしているモモから離れ、シャルの所に飛び寄った。


「おはようございます。シャルさん」


 アエズは遠くで胡座を組んで瞑想しているモモをちらりと見て言った。


「おはようなのです」


 クロスボウのネジを緩める手を止めずにシャルが言った。その後ろではファングがクロスボウの弦を外す作業を行っている。


屍食鬼グールに関して、急ぎお話しすべき情報があります」

「それは何なのですか?」


 シャルは作業を止めずに言った。


「あの屍食鬼グールですが、一昨日に亡くなった宿屋の先代主人の様なのです」

「本当なのですか?」


 ようやく修理作業の手を止めアエズを見たシャル。


「人間の死体が魔物になっただと?」


 あ! うっかり普通に喋ってしまった!


 アエズがオウムの俺をじっと見ている。


「エコー、ゴハン。エコー、ゴハン」


 バタバタと翼を羽ばたきながらバカっぽく喋ってみたが、アエズが俺を見定めようとしている視線は躱せない様だ。


「この鳥は知性を持っているのですか?」


 シャルに尋ねたアエズは、切れ者の様だな。


「分かった! 分かった。正直に吐くよ。俺はこのオウムを使って喋らせることができる能力者だ」


 俺はそう言いながら飛び上がり、ファングの肩に止まった。


「能力者ですか! 能力者には初めてお会いしましたよ」

「まぁ、伝言にしか使えないつまらない能力だがな」


 ファングは作業を止め、アエズの正面で直立した。俺が喋っているので一切口を開かない。相変わらず空気を読めるヤツだ。


「能力があるだけでも羨ましいですよ」


 とアエズ。


「話の腰を折って済まなかった、続けてくれ」


 俺はそう言うと、次はシャルの肩に飛び移った。


屍食鬼グールの頭を検分していたら、その顔に見覚えがある隊員が居ました。それが宿屋の先代主人です。改めて宿屋に聞き込みに行ったところ一昨日に亡くなったとのことです。それを聞いて埋葬を控えていた棺桶の中を確認したところ、遺体が無くなっていたそうです」

「死体が屍食鬼グールになると言うのは驚きなのです。ですが、屍食鬼グールになった先代主人が、放火あるいはアタシ達を襲撃することも説明がつかないのです」


 アエズにシャルが応えた。


「ええ。そうですね」

「死体が屍食鬼グールになる原因を知っている人物か、屍食鬼グールに指示できる人物のどちらかの手がかりが、宿屋の先代主人の周辺に居る可能性があるのです。それと、アタシたちは屍食鬼グールをもう一匹知ってるのです。その頭を検分したら、さらに手がかりを絞り込めるかも知れないのです」

「確かにそうですね。ただ、その頭部は……」

「街道脇の森に埋めたのです。掘り起こすべきなのです」

「案内していただけますか?」

「モモに行ってもらおう。シャルはここに残って作業を続けてくれ。ファング――、俺はシャルの護衛を兼ねて手伝いをしておくさ」


 ファングが喋ったことにして、俺は言った。


 シャルが俺をちらりと見て、アエズに気づかれない様にニヤッと笑った。


 誤魔化すのが下手だとでも言いたいのだろう。


  *  *  *


モモがアエズともう一人の警備隊員を引き連れて、屍食鬼グールを討伐した街道脇の森に着いた。その道中、俺はモモの左肩に止まっていたり上空から周囲の様子を警戒したりしていた。まぁ、何事もなかった訳だが。


 目的地である空き地に入るまで、屍食鬼グールが襲ってくるかもしれないので三人は警戒しながら藪を掻き分けて行った。


「着いたわ」


 空き地に踏み込み、周囲に危険がないことを確認したモモは警備隊員に告げた。


「ここですか」


 周囲を見渡すアエズ。


「布を括り付けた棒を立ててあるわ。そこに埋めてるの」


 三人は分かれてその棒を探し始める。


「モモさん! ちょっとこれを見てもらえますか!?」


 離れたところで大声を上げるアエズ。他の隊員とモモがその場所に集まった。


 そこには布を括り付けている棒が地面に放置されていた。


「触っていないわよね?」

「ええ」


 モモの疑問にアエズが答える。


 倒れた棒の近くには、最近掘り返されたと思われる地面があった。他の地面は長らく放置されている状態だったので何処に穴を掘ったのかはよく分かる。


屍食鬼グールとそいつに食われていた死体の一部を埋めた地面には、目印の棒を挿して立ててたんだけど」


 モモがつぶやいた。


「穴を掘った形跡は、そこしかないですから掘ってみますか」


 アエズは同行した隊員に穴を掘るように促した。


 埋めたばかりの柔らかい土を掘り起こすのに時間はかからなかったが、二つの墓穴から掘り出されたのは屍食鬼グールに食い残された死体の胴と右脚だけだった。

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