第89話 シャーロットが固まった
* * *
パイラが自室に戻ると、そこにはシャーロットが居た。テーブルの上には焼き菓子がトレーに並べられており、小さな花柄が描かれている陶器製のポットやカップが用意されている。
パイラは部屋に鍵を掛けていないのか?
「お帰りなさい、お姉様。それとあなたがエコーですわね?」
シャーロットがパイラの肩に止まっている俺を見て言った。
『シャーロットには俺のことをどこまで言ってるんだ?』
『大体すべてよ』
『そうか』
「ああ、俺がエコーだ」
「そう、あなたがお姉様の……」
シャーロットが悔しそうな表情を浮かべた瞬間、俯いた。そして暫く動かなくなる。
『おいパイラ、こいつ大丈夫か?』
『え、何? いつものシャーよ?』
俯いたままのシャーロットが少し震えているぞ? 何が有った?
すると突然顔を上げるシャーロット。
「お姉様の魔法の指導者で、お姉様の将来の伴侶のエコーですわね? 初めまして、私、シャーロット=クロスコンと申します。以後、お見知りおきをお願いしますわ」
言葉は丁寧だが、ちょっと怒ってるのか?
「あ、ああ」
「私、動物が苦手ですの。ですから私には近づかないでくださいまし。できればお姉様とも近づかないで頂けると嬉しいのですけど」
「まぁ、お前が望まなくとも直ぐにここを離れなきゃならないからな」
「そうですか。いつ出立されますの? 今ですか? それとも三十秒後ですか?」
物凄い外向きの笑顔で問いかけてくるシャーロット。
そこまで嫌われる覚えは無いんだがな……。
「さあな」
するとパイラがシャーロットと俺の会話に割ってきた。
「さぁさぁ、二人共仲良く話をするのはもう止めて、そろそろお茶を頂かない?」
「どこが仲が良いんだよ」「分かりましたわ」
俺とシャーロットの声が重なる。
シャーロットは「お湯を入れてきます」と言ってポットを持って外に出ていった。パイラは椅子に座り、焼き菓子を一つ一つ鑑賞しはじめた。
俺は少し離れた勉強用の机に飛び移った。そこにはシャーロットがいつも持っている、杖に偽装した槍が立てかけられている。槍の足元には細長い木箱が置かれていた。
「おいパイラ、俺のことをお前の将来の伴侶ってシャーロットが言ってたけど、あれはどう言う事だ?」
「そんな事言ってたかしら?」
「ああ、しっかりと聞こえたぞ」
「あら、そう。だったらエコーに妹ができるってことかしらね」
焼き菓子から視線を外さずにパイラは言った。
「なんでシャーロットが妹になるんだよ。正しくは姪になるんだろうが」
「あら、それは正式に私とあなたが結婚した場合じゃない。エコーはそれを意識してくれているの?」
首を傾げながら、パイラが俺に笑顔を向けてきた。
「いや、馬鹿、ちげーよ」
シャーロットが注ぎ口から湯気が僅かに上がっているポットを持って、パイラの部屋に戻ってくる。
ちらりと俺を見た後、プイとそっぽを向きパイラの方を見続けるシャーロット。
清々しいくらいに分かりやすいな。
「お姉様、今日は大陸南部のフルーツを使った焼き菓子を持ってきましたわ」
「あら、どれも美味しそうね」
「まだ私も味見していないのです。まず最初にお姉様に味わっていただこうと思って」
「シャー、食べるときは一緒に食べましょ。同じタイミングでね」
「え、ええ。一緒ですわね」
目がハートになっているかと思われる様なシャーロットの反応。シャーロットは俺に背を向けて俺とパイラの間に入り、パイラから俺を隠した。
「なぁ、シャーロット」
俺は勉強机からシャーロットの背中に向かって話しかける。パイラが俺の様子を窺う為に、シャーロットの身体の向こうからひょいと頭を出してきた。
「俺は人間の体に戻りたいだけだ。それが達成できればパイラとの使い魔の関係は不要なのさ。だから、早くそうさせたいなら俺に人間の体を手に入れる方法を見つけてくれ。パイラにもそれを頼んでいるんだが、シャーロット、お前が協力してくれればそれが早くなるはずだ。どうだ?」
シャーロットが急に振り向いた。
「そう言う事ですの! てっきりあなたがお姉様を洗脳しているのかと思ってましたわ」
「なんだよそれ! そんな訳ないだろ! おいパイラ、ちゃんと説明してたのか?」
シャーロットの背後に居るパイラは、両手の平を上に向け肩をすくめただけで何も言わなかった。
……まったく。
「それと本当に俺は此処には居られない。だからシャーロット、お前がパイラを守ってくれ。もちろんパイラもお前を守るはずだ。それは身をもって分かってるだろ?」
「ええ、もちろんですわ。お姉様と私の繋がりはそれはもう……」
自分の身体を抱くようにして身を震わせるシャーロット。
「……。此処に居られないと言えば、パイラ、
「ああそうね。ちょっと待って」
パイラが席を離れ、俺の方に近づいてきた。
「その
シャーロットがパイラに尋ねる。
「学園側が使い魔の居所を把握する魔法をかけたのよ。今日はそのために呼び出されたの」
パイラが応える。
「それに、パイラがシャーロットに使い魔の契約をかけてるのがバレるかも知れなかったんだ」
「え!? それは問題なかったのかしら?」
パイラと俺を交互に見ながら尋ねるシャーロット。
「まあな」
「そのカラクリが、この
パイラが俺のハーネスの中に人差し指と中指を突っ込みながら言った。それを聞き、もじもじとしているシャーロット。
その手を引くと、二本の指に挟まれたコイン状の
「なぁパイラ、使い魔は許可なく部屋から出せないんだろ?
「分かったわ。用意しておくわね。
「それとシャーロット、あと数個、
「お姉様もそう思いますか?」
「もちろんお願いするわ、シャー。エコーが面白い応用を考えてくれるかも知れないし」
「分かりましたわ。そうそう! お姉様、私から贈り物が有るのです。
「……」
シャーロットは槍の足元の細長い木箱に向かってしゃがみ込み、それを開けた。
そこには杖があった。王笏と言った方が良いのか? シャフト部分は木をベースにして作られておりグリップに近づくほどやや太くなっている。持ち手の部分は滑り止めを兼ねた精緻な蔦模様の細工が施されている。グリップの端には、赤い宝石を咥えた蛇の頭が意匠されていた。
「蛇の杖か……」
「蛇は生まれ変わりを象徴するのですわ。でもそれだけではないのです」
俺のつぶやきに応えたシャーロットはその杖を取り出し、右手でグリップを握り杖を床に突いて俺とパイラに見えるようにした。
「普段の使い方はこうですわね」
そう言いながら左手でグリップに近いシャフト部分を握ると、右手を逆手にしてグリップを握るシャーロット。右手と左手の親指が接触する位置関係だ。
杖を横にしながら両手を肩の高さまで持ち上げるシャーロット。そして右手と左手がゆっくりと離れ始めると、その間には銀色に光る真っ直ぐな刀身が現れた。
「ソードスティックですわ。お姉様程の剣の腕が有るのでしたら、いざという時のために手元に有った方が良いと思うのです」
「ありがとう、シャー。とても嬉しいわ。エコーもお礼を言ったらどう?」
「エコーに早く人間に戻って貰うために協力は惜しみませんけど、お礼には及びませんわよ? お姉様用のソードスティックですから」
「まだシャーには言って無かったのだけれど、私が剣を上手に使える理由は、エコーが私の身体を操ってるからなのよ」
「シャーロット、ありがとうな。剣に頼らざるを得ない時に助かるからな。な、なあ、パイラ、ちょっとそれを振っても良いか?」
言葉が出ない様子のシャーロットを放っておいて、話す二人。
俺は目の前の剣をどうしても振るってみたかった。剣聖の血が騒ぐとでも言うのだろうか。
「あら、私の体が欲しいのね?」
パイラが俺をからかう様に言った。
「そう言うのは良いから! な? ちょっとだけ良いだろ?」
「仕方ないわね。ねぇ、シャー? 固まったままでどうしたの? ぼうっとしたまま刃物を持ってたら危ないわよ。ほら」
そう言いながらそっとソードスティックをシャーロットから引き取るパイラ。
「そろそろ良いか?」
「どうぞ。私はシャーロットと一緒にお茶を楽しんでおくわ」
「ん?」
「エコーが私の体で遊んでいる間、シャーロットに憑依して二人で一緒にお菓子を堪能しておくのよ」
「ああ、そう言うことか。それは助かる。後、何度も言うが、変な言い方は止めろ」
「ふふふ」
そしてパイラはシャーロットの体に憑依し二人でティータイムを楽しんだ。
一方の俺はパイラの体に憑依してソードスティックを存分に振るった。
ラビィに渡したマチェットガンよりソードスティックの方が断然使いやすいな。パイラの胸は相変わらず邪魔だが……。
刀身が空を切る小気味いい音が連続して部屋に響くなか、三人それぞれが午後の時間を堪能した。俺は剣を、パイラは菓子を、そしてシャーロットはパイラとの一体感を……。
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