第90話 ラビィの元に帰還した

  *  *  *


「じゃあ、ぼちぼち帰る準備でもするか」


 パイラの部屋の窓から夕日が差し込んでいた。俺はパイラへの憑依を解き、オウムの体に戻ってテーブルの端に止まっていた。そのテーブルにはシャーロットとパイラが向かい合って座っていた。


「何処に転移する? シンシア? それともダイアナ?」


 パイラが転送先の護符タリスマンがどちらかを尋ねてきた。シンシアはラビィに預けていつも身につけている。ダイアナはファングがいつも引っ張っている荷車に取り付ける様にシャルにお願いしたが、まだ実行されていないだろう。


「ちょっと待ってくれ。シェルオープン。ラビィ、今良いか?」

「あ! 親父!! 何だい?」


 巻き貝の魔法装備アーティファクトからラビィの声が聞こえた。


「今俺は魔法学園、つまりパイラのところに居るんだが、今からそっちに戻りたいんだ」

「そんな遠くに居るんだ。で、戻ってくるのに何日掛かるんだい?」

「今すぐだ。俺が渡した護符タリスマンを身に着けているよな?」

「もちろんだよ。この巻き貝の魔法装備アーティファクト護符タリスマンも両方とも身につけているぞ?」

「シャルが作ったチョーカーに取り付けてるんだよな?」

「そうだよ」


 そのやり取りを聞いていたパイラを見ると、分かった様にうなずいた。


『シンシアの前方1メートルで頼む』


 俺が念話でそう言うとパイラはだまって頷いた。


「ラビィ、人気ひとけの無い所に移動してくれ。そしてお前の正面2メートル四方に何も無いような所で直立して待機してくれないか?」

「良いけど、それでどうするんだい?」

「お前が準備ができたら、そこに転移する」

「え!? そりゃ凄いな。パイラ姉さんが魔法を使うのかい?」

「ああそうだ」

『準備できたわよ。今度もシャーが発動してくれるわ』


 パイラが念話で伝えて来きた。


『俺がカウントダウンするからそれに合わせてくれ』

『分かった。シャーに伝えておく』


 パイラがそう言うと、シャーロットがこっちをみて頷いた。


「良いぞ、親父! こっちの準備は完了だ」

「じゃあそっちに飛ぶぞ。五、四、三、二、一、今」


 手を振っているパイラが居る部屋の風景が、平衡感覚を一瞬失った直後に一変した。そこには木々が生えている林だった。


 おっと。


 足元が急に無くなった俺は空中で羽ばたいた。数回羽ばたく間もなく後ろから拘束された。


「親父! 親父! 親父ぃぃ!!」


 機械音の様なキーンと言う音と共に、目の前に唇を尖らせたラビィの顔が近づいてきていた。


「止めろ! ラビィ! シェルクローズ!」


 巻き貝の魔法装備アーティファクト同士のハウリングは止まったが、ラビィの奇行は止まらない。俺は嘴の根本に熱烈なキスを食らった。


「離せ、ラビィ」

「嫌だ。約束じゃないか。ギュってしても良いって言っただろ?」


 キスは止まった。しかし、俺の身体を畳んだ翼の上から両手でしっかりと抑える様に抱えているラビィ。二人が正対する様に両腕を肩の高さで伸ばしている。


「あ! そのハーネス、シャルに作ってもらったんだな。ボクとお揃いだ!」


 ニコニコと笑顔を浮かべているラビィの首には、襟と小さな前掛けをあわせた様なチョーカーが巻かれている。その前掛け部分には巻き貝の魔法装備アーティファクトが取り付けてあった。


「……。まあ良い。何をやってるんだお前?」

「ん? ああ、さっきまで監視をしてたのさ。シャルから頼まれてただろ? 親父も一緒に見てみるかい?」


 そう言うと、ラビィは俺を胸の前で抱きかかえ林から離れる様に歩き始めた。その先には柵に囲まれた二つの小さな建物が見える。


「何を監視してるんだ?」

「あの孤児院さ。それとそこの神父のキートォだよ」


 正面を向けられ抱きかかえているので、ラビィの声が頭の上から聞こえてきた。


「キートォ?」

「そうさ。シャルに探し出して見張れって言われてるんだ。姉貴達とボクが仲間だとキートォに気づかれない様にしろって言われてるから、気をつけながらだけどね」

「だから別の宿に泊まっているのか」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、今俺と一緒に居るのを知られたマズいな」

「あっ……」


 そう言うと、ラビィは孤児院に背を向ける様にくるりと後ろを振り向いた。


「そろそろ離してくれ。そろそろシャル達の元に戻りたい。黙って魔法学園に転移した形になってるからな」


 パイラが俺を強制転移したからなのだが……。


「う~ん、仕方ない。分かったよ。じゃあ、明日また会おうよ」

「ああ、何も無ければな。で、モモ達が泊まっている宿は、どっちの方だ?」

「ちょうどあっちだよ」


 そう言うとラビィは右手で正面のやや右の方を指さした。


「ありがとう。じゃあな」


 そう言うと俺は、目立たないようにしばらく地面すれすれに飛んだ。ラビィから離れた所にある木の根本にたどり着くと、そのよく茂った枝葉に隠れながら樹上を目指す。樹上近くの葉の隙間をすり抜けた俺は一気に大空を目指して上昇した。


 街の側を流れる河が、街壁の内側に入り込んだ後、壁の外側外に流れ出ている様子が見えた。陽が大分傾いてきていて街中では多くの火が灯されていた。西日の位置からすると、ラビィが見張っていた孤児院は北の街壁と河の間に挟まれた土地にあることが分かった。俺は取り敢えずラビィが指さした方向にある街門を目指すことにした。その近くまで行けば宿や鍛冶屋の位置も分かるはずだ。


 誰にも邪魔されずセカルドの街をほぼ南北に横切った俺は、目指していた街門に到着する前にモモ達と駐留している宿を見つけた。進路を転換し宿を目指す。もう良い頃合いなのでシャルやモモ達は鍛冶屋からは撤収しているはずだ。


 ん? 宿の表口に、誰かが仁王立ちしている。


 モモだ。


 俺はモモに飛び寄った。


「おい、誰か待ってるのか?」


 俺がモモの肩に飛び乗る直前に、睨まれた気がした。


「別に……。ファング達はもう夕食を食べ始めてるわよ」

「お前は?」

「夕涼みをしてから食べようと思ってただけよ」

「……そうか」


 俺はモモの肩に止まった。モモと俺と一緒にファングとシャルが夕飯を食べているテーブルに着くと、シャルがこちらに向かって手を振ってきた。


「一日で帰ってきたのですね。転移されたってことはパイラの所に行っていたと思ったのですけど」


 シャルが俺に向かって言った。モモが椅子を引き腰掛ける。


「魔法学園に転移したハズですから今日中には帰ってこない……、とモモには言ったのです」


 シャルのその言葉に腕組みをして二度頷くだけのファング。


「そんな事はもうどうでもいいわ。さ、食べましょ!」


 両手を打ち合わせるモモ。


 ……モモは俺を心配してくれてたのか? モモたちとの連絡方法を考えておくべきだな。

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