第110話 ラビィに助けられた

  *  *  *


「カー! カー」


 俺の胸にある巻き貝の魔法装備アーティファクトから奇妙な声が聞こえてきた。ラビィだ。俺はフールドとシンカが美味そうにギーニア虎の煮込み料理を食っている側を離れ木の枝に止まった。


「まったく、あいつらは何日あの肉を食ってるんだか。シェルオープン。いいぞ、ラビィ」


 巻き貝の魔法装備アーティファクトの秘密はなるべく知られたくないから、俺を呼び出すときにはカラスの鳴き真似をしろとラビィには言ってある。


「あ、親父! 調達品は全て揃えたぞ。それとギーニアの森が地平線の先に見えてきたんだけど、親父は何処だ?」

「何処だと言われても、森の中だ。ちょっと黙って待っててくれ」

「分かった」


 俺はフールドの元に飛び戻った。自称美食家のフールドとシンカはナプキンを襟元に差し込み、テーブルの上の煮込み料理をナイフとフォークとスプーンを使って優雅に食べていた。


 こっちの世界のテーブルマナーは分からんな。鳥だからどうでも良いが。


「おい、フールド。ここはギーニアの森の何処だ? 俺の仲間がそろそろ此処に来るんだが、詳細な場所が分からん」

「ギーニア川の北側だね。最北端の近くに先が尖った丸太杭の外壁で囲まれた小さな町があるんだ。そこから南東にニ十から四十キロメートルぐらい森に入ったところだね」

「そうか、分かった」

「どうやってそれを君の連れに連絡するんだい?」

「それは秘密だ。俺は迎えに行ってくる」

「どの位かかりそうなんだい? 君用の携帯食は必要かい?」

「いや、すぐだから要らん。食事をしながら待っててくれ」


 俺は再び二人の元を離れ枝々をくぐり抜け、樹冠の上に飛び上がった。


「ラビィ、話していいぞ。フールドとの話は聞こえてたか?」

「ああ。北端の町は見えたぞ。親父は何処に居るんだ?」


 眼下には、樹冠をなしている樹木の葉っぱの形が識別できるほどだ。まだ上昇が足りていない。


「今、お前が見つけやすい様に上昇しているところだ」

「分かった。ボクも目を凝らしておくよ」


 暫くの間、俺は懸命に羽ばたいた。そもそもこのオウムの体は上空を高く舞い上がる様にはできていないのだ。大分疲れてきた。


「そろそろ樹冠から百メートルぐらい上空に居る筈だ。どうだ? そっちから――」


 そこに突然、上空から俺に襲いかかってきた黒い影。俺はそれをとっさに避けた。


「うわっぶね!! 何だ!?」


 樹冠すれすれで巨大な猛禽類が体勢を立て直し、再びこちらに向かってくる準備をしている。


「何だ!? 鷲か?」

「親父? どうしたんだ!」

「大型の鳥に襲われている!」

「それなら今急降下したやつだな。そいつだったらもう見えてるぞ。そっちに向かえば良いんだな」

「いや、俺が耐えられ――」


 再び襲いかかってきた猛禽類の攻撃を再び避けた。俺の白い風切羽が二枚、宙にひらひらと舞う。そいつは再び勢いをつけて俺を狙うために上空に向かって羽ばたいた。


「見つけた!」


 ラビィが俺を見つけた様だ。だが俺は殺されそうなのだ!


「森に逃げ込むぞ! 複雑な枝の間なら逃げ切れそうだしな!」


 辺りを見渡してもラビィらしき姿は見えない。


「ちょっと待って! 森に着く前に追いつかれるぞ! 太陽に向かって飛ぶんだ。そしたらボクが何とかできる!」

「何とかすると言ってもこっちからはお前は見えないんだ!」

「ボクを信じて!」


 ラビィの指示通りにやや斜め上の太陽に向かって飛ぶ俺。俺を追って上昇してきた猛禽類は俺の横を通り過ぎ、なお上昇していく。


「親父! そのまま飛んで!」


 羽を畳んで放物線を描き、再び俺に急降下強襲をかけようとしている猛禽類。上昇するそいつの速度がゼロになり、そして俺に向かって急降下を仕掛けようとしたその瞬間――


 太陽の中から突然現れた黒い影が猛禽類に向かって落ちてきた。


 猛禽類が居た放物線の頂点には既に何も居らず、ものすごい勢いで黒い影が俺の横を通り過ぎ、はるか下方で二つに分裂していた。


「何だ?!」

「撃墜完了! 凧を回収するからちょっとそこで待てってくれよ!」


 黒い影の一つは俺を襲ってきた猛禽類だった。そいつはギーニアの森の樹冠の海に吸い込まれていく。もう一つの黒い影は人の形をしていた。その人影は下方から急加速して俺の横を横切って太陽に向かって飛んで行った。


 ラビィだ!


 すれ違うその瞬間、ゴーグルで目の回りが完全に隠れ、口には笑みを浮かべているラビィがこちらに親指を立てていた。


 その直後にバラバラとマフラーが外れたバイクの様な爆音が聞こえ、ラビィは上空に遠ざかっていった。


 もう襲われなくなった安堵とともにしばらく滞空していると、上空から三角形の凧の様なものに両手で掴まってこっちに滑空してくるラビィが見えた。凧にぶら下がっている様だが……。


「親父ぃ! お待たせ! 地上に降りるから凧の上に乗ってくれよ。スピードは緩めないけど大丈夫だよね?」

「やってみる」


 俺の横をラビィが降下していった。俺は急降下してラビィを追った。凧に近づくにつれ乱気流が発生していたが、俺は体勢を制御しながらその上に飛び移った。


 上向きに反っているその凧は、木製の骨組みに帆布を被せてかなり丈夫に作られている様だ。下面は帆布が平らに貼られており、ラビィが捕まっているソリの様な握手だけが飛び出ている。上面は骨組みが丸見えで、さらに中央部には平らな板面とそこから飛び出している取手があった。板面の左右にはいくつものポーチや革袋が括り付けられていた。


「何だこれ?」

「話は後だ。着陸するぞ。シェルクローズ」


 樹冠を通り過ぎた瞬間、一気に辺りが薄暗くなる。何度も凧の下の方で爆音が聞こえたが、俺が乗っている凧は緩やかに地面に近づいた。


「着地ぃ~!」


 巻き貝の魔法装備アーティファクトを通さない、生のラビィの声が下から聞こえた。


 それと同時に凧が地面に放り出され、それに巻き込まれないように飛び上がった俺は背後からがっしりと掴まれた。


「親父ぃぃぃぃ!」

「ぐ、ぐるじい」

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