第14話 ゴブリンに初めて遭遇した

  *  *  *


 モモの住処だった森の中の小屋を出て約一週間。宿場町で宿に泊まったり、野営をこなしたりしながら今のところ順調にナタレの街から離れてきた。街道は既に石畳ではなくなっている。


 ファングは犬、いや狼の姿になって荷車を引いていた。その荷車にはシャルが乗っており道中ずっと工作をしていた。シャルはギフト能力者ではなかったが手先がとても器用だった。裁縫から鍛冶まで何でもこなせた。なので、自らの服や防具、調理道具、荷車さえ作ってしまった。一行の料理も担当している。一家に一人シャルが居たら生活に困ることがほとんど無さそうだ。


 俺達は街道から少し離れた川のほとりで焚き火を囲んで夕食を取っている。もちろん食事は毎度シャルが作っていた。


「きょぶのごだんはどぶえすか?」

「シャル、食べながら喋ったら駄目だって何回言ったら分かるの?」


 そう言ったモモは皿を左手で添え、良い姿勢で食事をしている。あっと言う間に食事を終えてしまったファングはシャルの横で両前足に顎を乗せて休んでいる。スキを盗んでシャルとの距離をじわじわと縮め様としていたが、シャルの尻に接する直前にナイフの切っ先を突きつけられ距離を離されていた。


「今日のご飯はどうですか?」


 口の中のものを飲み込んだシャルが改めて言った。


「おいしいわ。いつもありがとう」


 俺も食べられそうなものを分けてもらった。鳥の俺にとってはかなり薄味だったし、もう少し甘みがあっても良かったかも知れないが、人間の舌には多分旨いのだろう。だが人の食事ができたという点において、俺は感動すらも覚えていた。もう生の昆虫を食べる生活には戻れない。穀物や果物は今まで通りでも良いのだが、タンパク質は人の食事で……。それは体の都合じゃない、心の問題だ。


 これまでの旅は大きな問題もなく順調なのだが、気になる点がある。それは剣聖の能力をもってしても狼のファングの力量が読めないのだ。何故だろう?


 もう一度ファングをじっと観察してみる。やはりその戦闘能力は読めない。やつはいつもシャルにベタベタしようとしていたが、寝るとき以外は『邪魔なのです』とそっけなく言われていた。寝るときだけは枕代わりに使われているので幸福なんだろうな……。そんなことを思いながらファングを見ていると、急にこちらを向いて牙を剥きながら唸り始めた。


「どうしたの!?」


 モモが手に持っていた皿を地面に置き、腰の剣に手をかけ立ち上がる。シャルも荷車に駆け寄りクロスボウを取り出した。


「お、俺は何もしていないぞ」


 と言った瞬間、俺の後方から嫌な感じがひしひしと感じられた。


 ちょうど藪の中からゴブリンが三匹姿を現したところだった。


「て、敵よ!」


 その場から動かず、剣に手をかけるモモ。


 ジリジリと寄ってきたゴブリンたちだが、突然奇声を出しながらこちらに向かって駆けてきた。いきなり一番右のゴブリンの胸に矢が刺さり倒れ込む。


 シャルがクロスボウで放った矢だ!


 その様子を見て残りのゴブリンの動きが一瞬止まったが、再びこちらを目掛けて走り始めた。ボロの革鎧を身に付けサビの浮かんだショートソードを頭上に振り上げている。


 隙だらけだな。


 ゴブリン。錆びたショートソードとボロい革鎧を装備している。

  攻撃 3

  技  1

  速度 1

  防御 2

  回避 1 


 モモの足元にも及ばない。


 ――と、左手前から赤い光の筋を描きながら白い影がゴブリンに駆け寄る。そこには、左端のゴブリンの腕に噛みつき、鋭い爪で胴を掻き切ったファングがいた。直後には残りのゴブリンを喉に噛みつき押し倒していた。その双眸は赤く、倒れたゴブリンの両腕を押さえている前足からは黒光りする爪が伸びていた。


 噛み付いた喉元からゆっくりと大きく裂けた口を離すファング。その鋭く長い牙は血で滴っていた。


「あっと言う間だったな。なあ、モモ――」


 モモは両目を見開き、鞘に収まったままの剣に手をかけたまま動けずにいた。


「モモ?」

「……」


 モモは応えず、カタカタと鞘と剣が触れる不吉な音だけが聞こえた。


「おい、おい! モモ!」

「え? あ……。 だ、大丈夫よ、大丈夫」


 しっかりと剣の柄を握ったままのモモはその場にゆっくりと座り込む。


「大丈夫よ、大丈夫」


 モモは繰り返しぶつぶつそう言うと、柄を握っている右手の指を左手で一本一本剥がした。そして胸の前で右手を左手で包み顔を伏せ、暫くそのまま動かなかった。


 モモの異変には気づいていない様子のシャルは、荷車に取り付けていたランタンを片手にゴブリンの死体を漁っていた。横にはファングが付き添っている。ゴブリンの死体に足をかけ、クロスボウの矢を引き抜くシャル。ファングに何かささやくと、人の姿に変身したファングはそのゴブリンの死体を藪の向こうに引きずっていった。さらに他の二体も藪の向こうに引きずっていったファングと、回収した矢を川で洗ったシャルは、二人揃ってこちらに戻ってきた。


「くず鉄しか手に入らなかったのです」


 紐に通したゴブリンの左耳を三つと、紐で束ねた錆びたショートソードをこちらに突き出し報告するシャル。


「あれ? モモはどうしたのですか?」

「ははは。ちょっと、武者震いが止まらない……、かも」

「お腹が痛いのですか?」


 心配そうなシャル。しかし腹痛だった方がどれだけ良かったことか。モモは全く動けなかったんだぞ?


 ……もしかして、


「おいモモ、実戦は初めてか?」

「な、何よ。そうよ、悪い?」


 もちろん、初戦で緊張してしまっただけなんだよな? な?


「今回はファングとシャルに武功を先取りされてしまったな。次はいつもの剣舞の通りに動けば良いと思うぞ。訓練は裏切らないって言うし。油断する必要は無いが、気構えすぎる必要も無い」

「分かってるわよ! 初陣の手柄は二人に取られちゃったわね。ありがと。次はババッとぶった切って、ちゃちゃっと終わらせるから大丈夫よ。ふふふ、見てなさいよ」


 シャルとファングを交互に見、シャルの頭を撫でながらモモは言った。その笑顔は気のせいか、ぎこちなく見えた。


  *  *  *


 二日後、俺とファングが見張り番をしていた真夜中にゴブリン四匹が現れた。そしてそこでもモモは動けず、ファングが全てのゴブリンを討ち倒した。


 これはまずいことになった!

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