第13話 旅のお供に任命された

  *  *  *


『なぁパイラ、俺は人間になりたいんだ。だからその目的のためにはモモよりパイラのそばにいた方が良いと思うんだが』


 シャルを無断で店から連れ出した夜の翌日の朝、軽い朝食を済ませたモモとパイラがテーブルに向かい合って座っている。シャルとファングは外に出ていた。旅に出る準備をするらしい。彼らはモモの住処の周辺から離れない様に言われている。そして周辺のガラクタは自由に使って良いってことになっている。


 俺はパイラに念話で話しかけた。


『あなたがモモをちゃんと守ってくれたら、私はその為の調査を魔法学園でするわ』

『交換条件ってやつか?』

『ええ、そうね』

『モモを守るって言っても、何も出来ないぜ?』

『あなたギフト能力を持ってるのでしょ?』

『ああ、転生するときにバグ女神に剣聖の能力を貰った。代わりに人間に生まれ変わるチャンスを失った。だがこの剣聖の能力、詳しいことがまだ分からないんだ。相手の武術の能力、戦闘力を見定めることはできる様なんだが』

『その相手の武力を鑑定できる能力は、私の本来の目的だった単なる伝言役よりも有用だし、問題ないと思うわ』

『伝言役ね……』


 パイラと俺は二人でモモを見た。その視線に気づいたモモは


「ん? 何?」


 と言った。


「俺はお前の保護者なんだってさ」

「見るだけでその人の戦闘力を見極め出来るらしいわよ。勝てない相手なら戦闘を回避できるわね」


 パイラがモモに言った。


「私は誰にも負けないわよ。でもそれ、本当?」

「ああ」

「ホントに? 怪しいわね。じゃあさ、ちょっと私の剣舞のかたを披露するから見定めてよ」


 テーブルから離れて小屋の外にでるモモ。俺は慌てて後を追った。少し開けた場所に行ったモモは、二本のうち一本の剣を抜き一礼した。真正面を見つめるモモ、その直後、モモの周囲の気の圧が瞬時に上昇する。


 大きく踏み込んだ突きから始まり、次々と流れる様に攻撃や防御回避の型を披露するモモ。演武の間、剣が空気を切る音とモモの息遣いだけが森の静寂を壊していた。


 そして最後に一礼して納剣した。


「どう!?」


 やや上気したモモが顔を上げて俺に聞いてきた。


 すげぇ! なんだこの身のこなし! 剣聖の能力で想像はできてた筈なんだが、実際に見るとこんなにも違うのか! これがこっちの世界の戦闘術、まるで特撮かアニメだ。


「う、うん。まあまあの出来かな。だがまだまだ改善の余地がある。特に突きを繰り出した後の体勢が甘いかな。俺ならそこにカウンターを入れるだろうね。他にも気になったところがあるけど、まだ聞きたいか?」


 俺は冷静を装ってそう言った。一方でそれを聞いたモモは驚いていた。


「へぇ~。ちゃんと見極められるんだ」

「ああ、それと一つ気になったのだが、もう一度剣を振ってみてくれるか?」

「こう?」


 抜剣して一振りするモモ。


「いや、それだと普通なんだ。さっきみたいに本気で振るとどうなる?」

「う~ん。バレてるのかしら? これはどう?」


 抜剣してもう一振りするモモ。明らかに先ほどとは剣筋が違っていた。俺が予測する剣筋の少し前にズレている妙な感じがした。


「一度中に戻ろう」


 モモと俺の様子を見ていたパイラは扉を押さえて立っていた。その横をモモと俺が通ってテーブルに戻るとパイラも後に続いた。


「俺の能力はどうやら剣術なんかの腕を見極められるらしいんだが、どうもモモの剣筋が俺の思っているのと違うんだ。お前、何かやってるのか?」

「もう、しょうがないわね。それが私の能力よ」

「いや、分からん」

「赤錆の魔女の能力は、鉄を自在に操れることよ!」

「自在って言ってもな、誰でも手にした鉄や剣を操るだろ」

「まあ見て」


 モモはテーブルの上に手の甲を上にして左手を置き、その上にクナイをそっと置いた。


 クナイだ!


「自在ってのはこういう事」


 とモモが言うと、クナイがくるくると手の甲の上で回り始め、ピタリと回転が止まったかと思うと切っ先を手の甲をあてた状態でクナイが自立した。


「どうなってるんだ? ちょっとそのままにしておいてくれ」


 俺はそう言うとそのクナイに近づいた。そして左足で押してみた。


「びくともしないな」

「ものすごい力で押したら動くわよ、私ごと。でも私からちょっとでも離れると自在に動かせないわ」

「なるほど、で、さっきの剣舞では剣の軌道をいじってた、と」

「そういう事。あと複雑な条件下でさらに違う様に鉄を操ることも出来るけど、まぁ、ほとんど発動できないからあてにしない様に心がけてるわ」

「な、なるほど。で、旅に出るって、一体どこに行くんだ?」


 その問いに、突然すっと立ち上がるモモ。


「ここではないどこかへ! 私の活躍を待っている世界中に! この世に悪が有る限り私はそこに馳せ参じるわ!」


 抜いた剣を右手に持ち小屋の玄関に向け、左手を腰にあて堂々と立つモモ。


『拗らせてるのか?』


 俺は念話でパイラに聞いた。


『いいえ、モモは昔っからこんな感じだから通常の挙動よ』

『通常……、そりゃひどいな。なんかパイラの心配が分かる気がする』

『でしょ? だから――』「モモをお願いね」


 パイラは後半を念話から普通の会話に変えて言った。器用だな。


「まぁ良いだろう――」『ただし、交換条件は忘れるなよ』


 俺も真似してみた。


『もちろん』


 念話で話した二人は、さっきからポーズを決めたまま動かないモモを見た。


「ん? 何?」

「ああ、これからよろしくな」

「こちらこそ」

「で、旅の具体的な理由は本当に無いのか?」

「あんた私を馬鹿だと思ってるでしょ? 目的の一つはバーバラを探し出すのよ」


「バーバラって?」「師匠はあのとき……」


 俺とパイラの声が重なる。


塵埃じんあいの魔女バーバラ、私のお母――、師匠よ」


『モモの母親なのか?』

『違うわ。モモは私を姉と呼ぶ様に、師匠を母親と呼んでたのよ。私達に血の繋がりは無いわ』


「そしてもう一つはテロワールをぶっ殺すことよ」

「テロワールって発酵の術師の?」


 パイラがモモに尋ねた。


「あいつにやられたのよ!」

「いつ?」

「二年前の爆破事件の直後……。ミナールの所に身を寄せてたときよ」

「どうしてそれを教えてくれなかったのよ」

「だって、泥沼の人形魔女団カブンは抜けるって決めたし、能力に頼らないって決めたし……」

「まったく……、で、どれだけ取られたの!?」

「半分ちょっとぐらい」

「そう……」


 二人の話が見えないな。


「何を半分取られたんだ? ミナールって誰だ?」

「奪われたのは能力よ。テロワールは相手の血を飲む事によって相手のギフト能力をある程度使えなくする能力者なの」


 モモが不貞腐れた様に言った。


「飲んだ血の量によって能力を使えなくできる割合が変わるらしいわ。あと、能力を使えなくできる人数は限られていたはずだけれど……」


 俺の問に対してパイラが答える。


「私の分はまだ使えない様に保持してるみたい。今は全力で能力を発揮できないのよ」


 モモがパイラに続いて言った。


「そしてミナールは、師匠が総統だった泥沼の人形魔女団カブンを引き継いだ滷汁にがりの術師よ。ねぇモモ? テロワールは泥沼の人形のメンバーでしょ。なのにどうしてあなたの能力を奪ったのよ?」


 首を傾げてモモに問うパイラ。


「知らないわよ。それにテロワールは泥沼の人形魔女団カブンを抜けて姿をくらませたわ」

「そのテロワールってヤツの居場所にあては有るのか?」


 俺はモモに尋ねた。


「無いわよ、だから探すのよ」

「そうか、そりゃ長旅になりそうだな」

「そうね」

「それには力になれそうにないし、予定通り私は魔法学園に戻るわよ」


 少し考えを巡らせた様子のパイラが言った。本当に使い魔の契約だけを目的としてここに戻って来ていたんだな。


「ええ、姉さん、エコーをありがとう」


 パイラを抱きしめその肩に顔を埋めるモモ。


「早く戻って、遅れてる分を取り戻さなきゃ」


 モモの肩をポンポンと手で優しく叩きながら俺の方に微笑を向けるパイラ。


「じゃあ、早速だけど出発するわね」


 そう言ったパイラは優しくモモを押し離し、出発の準備を始めた。そしてテーブルの上の俺の頭をそっと撫でると、振り返る事なくこの小屋を立った。立ったまま無言で見送るモモ。


『あ、そうそう。モモに伝えておいて頂戴。ちゃんと薬の調合書は暗記しておく様にって。魔女を辞めても役に立つから』


 小屋の扉が閉まってすぐ、パイラは念話で俺に伝えてきた。


「薬の調合書は暗記しておく様にってパイラが言ってるぞ?」


 それを聞いたモモは、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


「なんだか急にあんたが邪魔に感じてきたわ」


 椅子に座り視線を俺に合わせたモモは、人差し指で俺を突っついてきた。









◇ ◇ ◇

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