第12話 犬男が現れた
* * *
手狭な部屋の中央にはテーブル、そこに据え付けられている椅子にパイラとシャルが対向して座っている。モモはテーブルの上に腰掛けて両足をぶらぶらさせていた。ファングは部屋の隅で大人しく座っており、俺はロフトからその様子を見下ろしていた。俺たちはモモの住むこの小屋に無事戻ってこれたのだ。
「それで? どうしてシャルは囚われていたの?」
モモがシャルに顔だけを向けて尋ねた。
「良く覚えていないのです。気づいたら檻に入れられていたのです。そして運ばれる途中、ファングの檻ととなり同士になって、それから私達は知り合いなのです」
手に入れた工具を
なるほど、全く分からん。
「まぁ、説明は俺に任せな」
そこには見知らぬ男が立っていた。筋肉質の上半身には革のジャケットだけをまとい、膝下までのボロのズボンを履いている。
驚いたモモは剣の柄に手をかけた。
「だ! 誰よあんた!!」
モモが叫ぶ。パイラは左手に開いた本を持って右手を男に突き出しブツブツと詠唱を始めていた。
「おっかねぇなぁ、何もしやしないぜ。警戒を解いてくれよ」
「その人はファングなのです」
工具を
「ファング?」
シャルに目を向け素っ頓狂な声をあげるモモ。
「ああ、そうだ。シャル嬢の
よく見るとそいつの頭には耳が着いていた。いわゆる猫耳だ。いや、犬耳か。そして左目の上下や顎には刀傷があった。
この世界には人間以外も居るんだな。ひょっとするとエルフとかドワーフとかも居るのか?
いや、そんなことよりこいつがファングだと?
『パイラ、ファングはギフト能力保有者かどうか見てくれ』
『……、イエス、その様ね』
そう念話で言ったパイラは詠唱を止めていた。
「あんたはさっきまでそこに居た犬のファングだって言うの?」
まだ警戒を解かないモモ。
「いや、狼なんだが……」
頭を掻く自称ファング。
「こうやったら信じてくれるのか?」
そう言うとファングの体が薄い緑色の光に包まれ形を変えていく。その縦長の光の塊は横長に近くなり光が消えた。そこには狼の姿のファングが居た。
「あら、本当に犬のファングだわ!」
そう言ったモモの横には、依然興味なさげに工具をいじっているシャルが居た。
「分かったか?」
聞き取りにくいが、狼のファングが喋った。
「しかも犬のままでも喋れるんじゃない! よくも今まで騙してたわね!」
狼のファングの体が薄い緑色の光に包まれ縦長に形を変え、再び人型のファングが現れた。
「狼だって言ってるだろ!」
「どっちだって良いわ。あんた能力者なの?」
「ああ、犬じゃなく、オ、オ、カ、ミ、に
「どこのカブンに所属してるのよ?」
「カブン? 何だそれ? 俺はどこにも所属なんてしていない。一匹狼だ。犬じゃないぞ」
『カブンって何だ?』
俺はパイラに聞いた。
『魔女や術師の団体のことよ』
『お前やモモもどこかの
『昔は師匠の
魔女は辞められるんだな……。
「見たところ、あなたは犬耳族、カニスね。この大陸では珍しいわ。南の新大陸から来たのかしら?」
パイラがファングに言った。
「俺にとっちゃ、ホミニやドワーフの方が珍しいぜ。俺の故郷はここからは随分と遠いからな」
『ホミニ?』
『私達のことよ。丸耳族とも呼ばれるわ』
俺にとって見慣れた人間ってことか。
「そんなことはどうでも良いわ! なぜシャルが捕らえられていたのかさっさと話しなさいよ、犬!」
モモがやや苛立ちながら言った。
「だから、狼――」
「ファング、説明をお願いなのです」
武器屋で手に入れたクロスボウを手に持って、色んな角度から眺めながらシャルが言った。
「もちろんですぜ、お嬢!」
モモに向けていた視線を、シャルに向け両手を揉みながらファングが言った。
こいつ……、シャルに従順だな。弱みでも握られているのか?
ファングの説明が始まる。
「俺が山に籠もって修行をしていたときのことだ。怪しそうな何台かの荷車が通ってたんだ。よく見ると動物ばっかり運んでいた。その中にだ、女の子、そう、とびっきりちっちゃくて可愛い女の子が居たんだ。気になるよな? 近づいて見たくなるよな? できればお友達になりたくなるよな? だから、俺はその子に嫌われないように狼の姿になって近づいたのさ。そして気づいたら俺も捕まっていた。檻という障害は有ったが長い旅の間に二人の間に何かが生まれたのさ。信頼、友情、もしかしたら――」
「それ以来のただの腐れ縁なのです」
シャルがファングの話に被せて呟いた。
「全然詳しく話せてないじゃない。誰がシャルを捕らえたのよ?」
「シャル嬢を捕まえたのは誰かは分からん。この街に着くまでの間に何度も俺達の運び手は交代した。そういえばあの店の店主は積荷のシャル嬢を見て、たいそう驚いていたな。どうして良いか分からんって事で箱に詰めて返送しようとしてたぜ」
それを早く言えよ。
「つまりどういう事よ」
「モモが制裁を加える相手はここには居ないってことじゃないかしら」
モモの疑問にパイラが冷静に言った。
「え?! それって不発ってこと? でも……。う~ん。だからといってシャルをあの店に返す訳にもいかないわね……」
腕を組みながら考え込むモモ。
「モモの側に居たいのです。助けてくれたお礼をしたいのです」
「え!? でも、私、数日後には旅に出るんだけど」
「だったらアタシも付いていくのです」
「俺もお嬢に付いていくぜ」
「あらあら、エコーに続いてお供が急に増えたわね。これで少しは安心できるのかしら?」
パイラは首をかしげてそう言った。
「ん? 俺はモモのお供なのか?」
「ええ、そもそも私がこの街に来たのは、私の使い魔をモモのお供にするためよ。いつでもモモと連絡が取れる様に喋れる動物が良かったから、オウムを手配してもらったのよ。それがたまたま特殊なあなただったって訳」
「私は大丈夫って言っているんだけれども、姉さんは心配なんだって。でも、シャルにエコー、これからよろしくね」
「俺はシャル嬢のお供であって、モモのお供じゃないぜ?」
ファングが鼻息荒く言った。だがファングはモモからよろしくと言われていない。
「ファング、そんなこと言ったらダメなのです。アタシと一緒にモモのお供をしなきゃダメなのです」
「お嬢の仰せのままに」
ファングが右腕を胸に当て、シャルにお辞儀をした。
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