第30話 ファングと少し会話した

 シャルとモモと一緒に田園風景が広がる豪農の屋敷でクエストを請けに出向いた翌日、俺はファングのクエストに付いていくことになった。シャルのクエストは宿で工作することが可能だったので変わり映えがしないし、モモは街を歩き回るから一人にしておいてくれと言われたからなのだ。


 上半身裸になってずっと穴を掘り続けているファング。穴というより溝だな。


 俺はファングが作業をしている近くに突き刺されているシャベルのてっぺんに止まっていた。ファングは街を離れまだ切り株が残っているひらかれた平地に居た。周囲にはまだ森が残っており、遠くでは木を切り倒す作業をしている人が見える。


「精が出るな」


 俺はファングの様子を見て、何も考えずにそう言った。


「まあな」


 ツルハシを繰り返し地面に突き立ててる作業の手を止めずに応えるファング。


「何をやってるんだ?」


 多少暇になってきた俺はそう切り出した。


「見ての通り、身体能力を上げる努力をしているぞ」

「いや、地面を掘ってるんだろ?」

「エコー、俺が単に地面を掘っていると――」

「あ~。すまんすまん。お前は修行をしているんだな。それで? その修業の手段として地面を掘っている訳だが、そのクエストの依頼主の目的は何なんだ?」


 面倒くさい奴め。


「ああ、最初からそう聞けば良かったんだ。なんでもここらに農地を開くらしい。そのための水路を掘っているんだ」

「なるほどねぇ」


 ファングの掘るはずの先の地面を見ると、打ち込まれている杭が連なっており、どの方向に向かって掘り進むべきかを示していた。


 しばしの間、俺とファングが居る空間に、地面にツルハシを突き立ててる音が支配した。


「なぁファング」

「なんだエコー?」

「修行は順調か?」

「ああ」


 ツルハシを振るう手を止めたファングは俺の方に寄ってきて、俺が止まっているシャベルを地面から抜いた。止まる場所を奪われた俺は、次の止まり場所を地面に突き立てられたツルハシの上を向いているブレードに決めた。かなり低いが仕方ない。


 ほぐされた土を脇に掻き出す作業に没頭しているファング。


「そう言えば、お前は武器は使わないのか?」

「使ってるぞ」

「オーガーと戦ってた時、お前は殴ったり蹴ったりして武器を使ってなかったじゃないか」

「ああ、拳や足には鉄を仕込んでるんだ。さすがに刃を肉体で受けるのは無理だろ。な?」

「そうだな。んで、剣や槍、弓といった武器は使わないのか?」

「俺がか? 冗談はよしてくれ。そんなことは無理だ」

「無理なのか?」

「ああ」

「試してみたのか?」


 俺がそう言うと、ファングの動きがピタリと止まった。シャベルをその場の地面に刺し俺の居る方に向かってきた。そして俺の目線に合わせる様にしゃがみ込むファング。


「これが何か分かるか?」


 ファングは顎に付いている刀傷を指しながら言った。


「刀傷だろ?」

「ああ、そうだ。だが問題は、誰がこれを刻んだか、だ」

「ま、まさか、……そんなこと」

「ああ、そのまさかだ。俺が操る武器はなぜか俺によく当たるんだ」

「不器用かよ」

「なんとでも言え。だから俺は素手、あるいはそれに近い武器を使うことにしたのさ」


 ファングは立ち上がり作業を中断した場所に戻りながら言った。


「そりゃ、残念だな。ところでファング、その顎の傷より目立ってる、左目の傷はどうした?」


 ファングの左目の上下には刀傷が縦に刻まれている。眼球は傷ついていない様だが。


「これは俺が幼い頃にやられた傷さ。これを付けたやつは俺の妹を殺すことには成功したが、俺を殺そうとした直前に矢に射られて死んだ」


 シャベルで土を掻き出す作業をしながら答えるファング。


「……そうか、嫌なことを思い出させたな」

「構わんさ。思い出しついでに語っておくと、それから俺は強くなろうと努力したのさ。守るべき者を守れるようにな」

「それで格闘技を……」

「いや、まずは剣士になろうとしたぞ?」

「だが不器用なお前はそれを諦め、格闘技に切り替えた、だろ?」

「なんで知ってるんだ!?」


 心底驚いている様子で俺を見るファング。


「いや、お前さっき言ってたろ! 不器用で武器が使えないと」

「そうだったか? まあいい。俺が生まれ育った村には船商人の丸耳族ホミニが来てたんだ。その人が武器を使えないと絶望していた俺に、素手で戦う技が旧大陸に有ると教えてくれた。それで俺はこっちに渡ってきた訳だ」


 ファングはシャベルを持って俺の方に寄ってきた。そしてシャベルを近くに突き立てツルハシを手にとると、再び水路掘りの場所に戻る。俺はまたシャベルの柄に止まる事にした。


 そして俺とファングが居る空間に、地面にツルハシを突き立ててる音が支配した。


 ファングは意外と真面目なんだな……。


「……なあ、ファング。ツルハシを武器にする奴も居るらしいぞ?」


 その瞬間、なぜか地面を外したツルハシのブレードがファングの足に迫ってきた。体勢を崩しながら、それをぎりぎりで避けるファング。


 ファングの手を離れたツルハシは回転しながら放物線を描いて遠くに飛んでいった。


「おい! エコー!!」


 その場に倒れ込んでいるファングが叫ぶ。


「嘘だよ。嘘。同じ物でも武器として使う場合と道具として使う場合は扱いが違うだろ。お前は道具を使うのは下手じゃないんだよ! 今までツルハシを当たり前の様に使ってたじゃないか」


 それを聞いて、じっと考え込むファング。


「そう、なのか……」

「む、誰か来るぞ」


 遠くから女性が近づいて来ているを見つけた俺はそうファングに告げた。


 ファングはそれを聞いたかどうか分からないが、飛んでいったツルハシを取りに行った


  *  *  *


 ツルハシを手にしたファングが戻ってくる頃に、その女は俺の近くまで寄ってきた。そして俺の高さに視線を合わせる様にしゃがみこんだ。


「きゃー!! やっぱり可愛い! ねぇ、そこのきみ! ボクにこの子をくれないか?」


 その女はファングに向かってそう叫んでいた。

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