第29話 シャルが食わせ者だと知った

 デビュトの街から徒歩で一時間ほど離れた美しい田園風景が広がる場所にその家屋が有った。丸太で作られた柵で囲まれた敷地には母屋だけではなく畜舎や倉庫が並んでいる。領主の屋敷という程でも無いそこは地位が高い農民の所有物なのだろうか。まぁよく分からないが、母屋の住人に到着を告げたモモとシャルは依頼された作業を実行することを告げ、その柵内の庭に居るのである。


 シャルは持ち込んだ工具を敷地の隅に広げていた。重たい工具類は同行したモモが運んだのだ。先程組み上げたワークベンチに携帯用の鉄床を取り付けているシャル。今の所、工具を運ぶ以外の手伝いが無いモモはその辺で剣の素振りをしていた。


 暇な俺はシャルの肩に止まったり、ワークベンチの隅っこに止まったりしている。


「なあシャル、クエストの内容って何なんだ?」

「鍋やフライパンの修理、農具の修理、ドアや柵の修理、家具の補強と、新しい棚の取り付け、それと武器の整備なのです」

「武器?」

「自衛用の武器なのです。街から離れているので警備隊がすぐには駆けつけてくれないのです。モンスターや野盗、家畜を襲う害獣など対策が必要なのです」

「なるほど。でもそんな依頼はクエスト斡旋所じゃなく、街の鍛冶屋に直接頼めば良いんじゃないか?」

「街の鍛冶屋は既製品を作るので手一杯なのです。たまたま手が空いていればこういった作業を請け負うのでしょうけど、依頼人が鍛冶屋を一軒一軒巡ってその可否を確認するのは非効率なのですよ。だからクエスト斡旋所に依頼を出しておけば、時間が余っている鍛冶屋や、正規の鍛冶屋じゃなくてもその技能を持っているクエスト請負人がそれを請けるのです。ちょっと考えたら分かる話なのですが、エコーは思いつかなかったのですか?」


 作業の手を休めること無く語るシャル。


 まともにシャルと一対一で話していなかったが、こんな感じの子だったか?


「まぁ、言われてみればそうだなって感じだな。ところでお前は幾つなんだ?」

「三十八歳なのです」


 なに!?


「嘘だろ。どうみても子供じゃないか」

丸耳族ホミニからすると若く見えるのはアタシの種族のせいなのです」

「種族?」

「そうなのです。アタシはドワーフとアープのハーフなのですよ」


 ドワーフってのは何となく分かるが、


「アープって何だ?」

「鉱工族とも呼ばれるドワーフに対して、アープは走矮族と呼ばれる種族なのです。一般的に手先が器用で小柄なのが特徴なのです」

「その走矮族アープの血が流れているお前が捕まっていたのは、なぜなんだ」

「それが不思議なのですよ」

「どういうことだ?」

「アタシはまだ見ぬ地に行きたかったので、南大陸の動物や産物を北方に運ぶ隊商に加わえてもらうことを頼んだのです。荷車や武具の整備、裁縫や飯炊きをすることを交換条件にして。ところが、中継する街で貨物を次の導き手や護衛に引き継ぐ度にアタシの扱いが微妙に変化していったのです」

「……」

「まぁ、檻に入れられましたがいつでも抜け出せましたし、目的の北の地に着くまで食事に困らなさそうだったので為されるがままにしておいたのです。扱いも案外丁寧だったですし。そしてあの夜、ぼちぼち抜け出そうと思いを巡らせていた時にモモが救い出してくれたという訳なのです」

「しかし着衣がボロだったじゃないか」

「あれはアタシがその様にしておいたのです。万が一野盗に襲われた時、運び手や客だと危険です。だから囚われた風を装ったのですよ」

「だから道中にファングが誤解したと言うわけだ」

「ええ。初めて狼が来たときはびっくりしたのですが、その狼はあっけなく捕まったのです。そしてある晩、アタシは時々檻から抜け出していたのですけれど、その狼が閉じ込められていた鉄の檻の前を通った時に、ファングが犬耳族カニスの姿に変身してきっと助け出してやると言ってくれたのです。そのときファングを開放することは出来たのですが、目的地に着くまではそのまま放置することにしたのです」

「ファングはお前が外を歩いていたことを不思議に思わなかったのか?」

「用を足しに行くと言っておいたのです。遠くから監視されているから逃げられないとも」

「なるほど。で、お前の目的は何だ? 素直に話してくれるかどうかは疑問だがな」

「単なる好奇心なのです。見知らぬ地に行き、見知らぬ物に出会う。できれば珍しい物を分解したり再構築したり手を加えてみたりしたいのです」


 そのときシャルは作業の手を止め、俺を見て言った。若干その目がらんらんと光っていた。


 ……マジか。シャルも癖者だったのか。


「だから、モモを頼った?」

「そうなのです。あの突進力はアタシと波長が合う気がしたのです。あと、モモは旅に出るとも言ってたから。いずれは古代文明の遺跡にも行ってみたいのです」


 なんだよ、古代文明って。


「ああ、叶うと良いな」

「そのためには旅の地固めも必要なのですよ」


 そう言うとシャルは、地面に置いてあった穴の空いた鍋を拾い上げ、二度コンコンと叩いた。


「そうだな。シャルはその地固めを頑張ってくれ。俺はお前を助けられそうにないから、少しパイラの様子を見てくる」

「どうぞ。鳥の手は借りようが無いですからね」


 そう告げたシャルの近くの柵に、俺は飛び移った。


 俺はパイラの感覚を勝手に共有、つまり覗き見ることにした。パイラが新たに得た魔法の知識を利用して復讐するなどと呟いていたからなのだが……。


 ――目の前には本が広げられていた。もちろん俺は文字が読めないので何が書かれているかはさっぱり分からない。そこは長机の一角で、パイラの目の端には本棚が見えた。周囲の空間は静寂が占めていたが、木の床を歩く音や囁き声が時折聞こえる。学園の図書館なのだろう。


 パイラの視界の右半分には半透明の編集窓エディタが開かれていた。上から半分ほどまで呪文スクリプトで埋まっていた。少しずつ呪文スクリプトの文字が追加されていく。


 手袋をはめた手で、ぱらりとページをめくるパイラ。


 そのページの最初に記載されている文字から順に、編集窓エディタの途中から追記されていった。


 パイラが呪文を記録している様子を暫く見ていたが、これと言った異常事態にはなっていない様だったので感覚共有を切ることにした。


 ――目の前にモモのアップの顔が映る。


「うわっ。なんだモモ!」

「あら、戻ってきたの? あんた暇でしょ。剣術を教えなさいよ。なんか新しい技は無いの?」

「技だと?」

「そうよ! あんた発気を教えてくれたじゃない! その次の技よ。教えてくれないの?」

「ちょっと待て、そう簡単に言うなよ……」


 俺に教えられるのか? いや、何か思いつきそうな気もする。今すぐは無理そうなのだが時間稼ぎは出来るかも知れないな……。


「わかった」

「ほんと!?」

「ああ。ところで、発気の技を発動するときには抜剣するだろ?」

「ええ」

「じゃあ、発気を確実に成功させ、かつ抜剣のスピードを極限まで上げる様に練習しておくんだ」


 そうしておけば、俺の考える時間が稼げる。


「そしたら新しい技を教えてくれるの?!」


 畳んだ両羽の上からがっしりと俺を掴み、満面の笑顔で聞いてくるモモ。


「ぐ、ぐるじい」

「あ、ごめんごめん!」


 モモは俺を開放した。


「ああ、剣じゃなくカタナで練習しておけ」

「分かった!」


 モモは走って先程まで素振りをしていた場所まで行き、今度はカタナを振り始めた。


 ……元気だな。

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