第106話 バグ女神に呼び出された

「あら、いらっしゃい。私は女神です。覚えていますか? 本当は覚えていてもらっては困るんですけど」


 異様に大きな青い瞳に長く艶やか青髪のバグ女神が満面に笑みを浮かべて言った。


 くそっ。こいつが俺を鳥にした張本人だ。


 俺は両手をギュッと握りしめ、怒りを抑えた。


 手?! 俺は人間に戻ってるのか?


 視線を落とすと、座布団の上に正座をしている膝が見えた。その膝の上に両手を置いている。右手に何かを握っていたので掌を上にしてそっと開くと、そこには護符タリスマンのエレノアが有った。


 俺はエレノアを握り直し、バグ女神を睨んだ。


「……」

「あら、怖い顔。まず、あなたを適切に処置せずに転生させてしまったことをお詫びしますね」


 悪びれる表情ではなく、作った様な笑顔を浮かべてバグ女神が言う。


「……」

「相変わらず無口ですね、城島瑛航きじまえいこうさんは。これでも優先度を上げて、転生させたあなたを急いで探したんですよ。やっと見つけたのでこちらに来ていただいたのです」


 こっちの都合も考えずに強制的に転送させたってのか。


「……」

「では、もう一度やり直しましょうか」

「何をだ?」

「あら、転生に決まっているではありませんか。今度はきちんと記憶を消しますし、ちゃんと条件を選ぶ機会を設けますよ? あ、少々お待ちを……」


 バグ女神は人差し指を顎にあて目を閉じ、考え事を始めた様だ。


 割り込みかよ! こいつのせいで俺は鳥に……。


 俺は周囲を見渡してこの空間を確認してみた。相変わらずふざけたこの場所は、雲の上に浮かぶ壁のない四畳半の畳敷きだった。置かれているのは、ちゃぶ台と、女神と俺が座っている座布団が二枚。それに画面が明滅しているレトロなテレビだけだ。


 何気なくちゃぶ台の足の付け根を左手で触れると、そこに僅かな空間があった。足が折りたたみできるちゃぶ台の様だ。


「お待たせしました。えっと……、じゃあ、転生してもいいですね?」

「おい! ちょっと待て。転生をやり直すだと? そんな事はしなくても良いから俺を元の場所に戻せ!」

「あら、日本には戻れませんよ?」


 首を傾げて応えるバグ女神。


「違う! モモやパイラが居る今の世界だ!」

「今の世界で良いのですか?」

「ああ、それから俺を人間にしてくれ」

「そうですね。今回の不手際のお詫びと言うことで、それで手を打ちましょう」


 まじか!!


「剣聖の能力は無くなるのか?」

「いいえ、それも残しますよ」


 よし!


「そうか! じゃあ、しっかり俺を剣聖の能力を持った人間にして今の世界に戻してくれ」

「もちろんです。私は失敗しない女神ですから」


 俺は瞬時にちゃぶ台をひっくり返したい衝動に駆られたが、人間に戻れるので我慢した。


「ぬ……」

「では、人間として転生する前に、前世の記憶と今の世界の記憶を全部消しま――」

「ちょっと待て!!」

「はい。なんでしょう?」

「記憶は残せないのか?」

「残せないです」

「どうしてもか!?」

「そうですね……。人間にする条件を取り消すのでしたら、これまでの記憶は残しますよ。あ、少々お待ちを……」


 バグ女神はいつもの様に人差し指を顎に当てて、割り込み処理を始めた。


 人間になれることと記憶の保持の選択か……。そりゃ記憶保持の一択だろ。


 そんな選択を迫ってきたバグ女神に、いつか一泡吹かせてやろうと誓いながら、こっそりとエレノアをちゃぶ台の足の付け根の隙間に隠しておいた。


『おい、パイラ聞こえるか?』


 パイラとの念話は届かない様だ。ラビィとの通信は……。


 巻き貝の魔法装備アーティファクトを付けたハーネスを着てない人間の俺には、ラビィとの通信はできない。


 横で明滅しているテレビの画面をちらりと見る。電波を受信していないときの砂嵐が映されているのかと思ったが、それはどこか聖堂らしき場所を斜め上から写している映像だった。明滅しているのは……、恐ろしく早送りされているので昼夜が切り替わっている為だった。


「お待たせしました。えっと……、どうしますか?」

「人間になるのは諦める。記憶を保持してくれ」

「そうですか。記憶を保持するのですね?」

「剣聖の能力も保持するんだぞ?」

「もちろんです」

「復唱しろ」

「え?」

「条件を復唱しろ」

「なぜですか?」

「お前が信用できないからだろ!」

「信用してもらって良いと思うのですけれど……。いいでしょう、剣聖の能力を保持し、今までの記憶も消去せずに、城島瑛航きじまえいこうさんをオウムの体に戻します」

「ああ、それで良い。ところでバグ女神、お前の名前は何だ?」

「バ、バ、バグ女神とは何ですか!」


 急に慌てだすバグ女神。取り繕った笑顔は無くなっており、ただただ慌てていた。


 ……本質を突かれて慌ててるのか?


「バグを持っている女神にバグ女神って言っただけだろう」

「し、し、失礼な! 私にはリスシスと言うちゃんとした名前が有りますぅ!」


 ちゃぶ台に身を乗り出し、精神年齢が低そうな言いっぷりで喚くリスシス。


 リスシス? どこかで聞いた様な……。


「まぁ、落ち着け。冷静じゃないとまた失敗するだろ?」

「わ、わ、私は失敗しない女神ですから! 今まで一度も失敗してませんから! じゃあ、始めますよ。三、二、一!」

「ちょっ! おま――」


 視界が暗転し、視界が開けると俺は森の中で木の枝に止まっていた。


 あれ? ここは何処だ?


 俺は上に向かって飛び立ち、樹冠を超えて大空に出た。辺り一帯一面の森が広がっている。


『パイラ、ちょっと良いか?』


 ……。返事がない。


 おかしいな。


 オウムの身体を確かめると、ちゃんとハーネスを着ていた。ただし、ずいぶんと汚れている。


「シェルオープン。ラビィ、聞こえるか?」

「……、親父? 親父なのか!?」

「ああ、何か知らないところに居るんだ――」

「何やってたんだよ! 五年もみんなを放ったらかしにして!!」


 え? え?!









◇ ◇ ◇

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