第46話 パイラが捕まってた
* * *
街道から少し離れた水場の近くに、ファングが引いていた荷車を停めている。荷車の車輪の近くに熾した焚き火を囲んでいた俺たちは、夕食も済ませたので就寝することになった。最初はモモが見張り役だ。ファングとシャルがそれに続くが、シャルは俺と組んで見張り役をする。
狼の姿のファングは荷車と焚き火の間の平地に丸くうずくまった。そこへシャルが歩み寄ってファングの体の上にブランケットを被せる。そしてその上に寝転ぶシャル。心なしかファングの狼の顔がニヤけて見えた。いや、ニヤけているに違いない。
「ねえ、エコー」
荷車の荷台で休もうとしていた俺に話しかけるモモ。
「なんだ?」
「見張りに役立つ様な技は無いの?」
「剣技でか?」
「そうよ。ほら、待つのって私には合わないと思わない? だからちゃちゃっと見張れる様な技が無いかなって思ったの!」
「有るわけ無いだろ。剣術の技ってのは持続的なものではなく瞬発的なものしか無いに……」
決まっている筈。いや待てよ、そんな事は無いのか?
「どうしたの?」
「いや、そう言うのも有るかも知れんな」
「何? 曖昧ね。あんたも何か大切なことを忘れているの?」
「それは分からん、としか答えられないな。忘れている『ある事』を覚えていれば忘れていると答えられるだろうが、忘れている『ある事』が有るのか無いのかさえ分からないのだ、『ある事』を忘れているかも知れないし、そもそもその『ある事』を忘れていない、つまりそんな『ある事』なんて無いのかも知れないじゃないか。っておい! モモ? モモ!?」
モモは俺の顔に視線を向けているが、焦点は俺の少し先にある様な気がした。
「あら、エコー」
焦点が俺に戻ってきた。
「おい、モモ! どうした!?」
「あんたがつまらない話を始めたから、相手の話を聞き流す技を編み出そうとしてたの」
「……」
「何よ?」
「……ああ、お前の頭じゃ理解するのは無理な話だったか。あと、その技は俺以外に使わない方が良いぞ」
「もちろんよ。あんた以外にそんなつまらない話をする人は居ないわ」
「……」
「……」
「二人は仲が良いのです」
シャルが目を瞑ったまま言った。
「俺はもう寝るぞ」
「ふふ、おやすみ」
僅かに満足気な顔を浮かべている様子のモモが笑顔で手を振って言った。
さて、寝る前にパイラの様子でも見てみるか。
俺は荷台に飛び移りパイラの感覚を勝手に覗き見する事にした。
「……お姉様、パイラお姉様、目を覚まして」
突然飛び込んできた女の声。眼の前は真っ暗だ。パイラは目を瞑っているらしい。体の感覚では硬い石の床の上に仰向けに寝転がっている様だ。パイラの後頭部から鈍痛が伝わってくる。
「お姉様」
暫くしてまた同じ声が耳元で聞こえた。パイラは相変わらず反応していない。
どうした? 何があった?
俺はパイラの体の制御を奪い、目を開けた。
「あ!! お姉様、気づいたのね」
目の前に俺を覗き込むシャーロットの顔が見えた。その目から大粒の涙がパイラの左頬に落ちてきた。そしてパイラの頭の近くに正座をして座っているシャーロットは覆いかぶさる様にパイラの胸に顔を埋めた。
『おい、パイラ!』
俺はパイラに念話で呼びかけてみた。同時にパイラの体に異常が無いか、全神経を体に集中して確認する。左手の軽い擦過傷の様な痛みと右足の膝の打撲傷の様な痛みが有ったが、後頭部の鈍痛が特に酷い。
俺は胸の中で泣き続けているシャーロットの頭にパイラの右手をそっと乗せながら、パイラを念話で呼び続けた。
目だけを動かして周囲を確認する。そこは牢獄の様だ。頑丈な石造りの天井と四方を囲む壁。床も石造りだ。壁の一面にある扉は鉄で補強されている。窓は無い。
つまりパイラとシャーロットは捕まっているという訳か。
『パイラ!』
『痛た……』
おっと! 俺は奪っていたパイラの体の制御を手放した。
『パイラ、大丈夫か?』
『あ、エコー? どうしたの?』
『どうしたのって、お前――』
そうだ、まずは儀式を。
『パイラ、感覚を共有してくれ』
『え、でも今……』
『どうした? ずっと返事が無かったが問題があるのか?』
いや有るだろ、問題。
パイラの視界が上下左右に振れる。
『何? ここ』
『どうした?』
『ちょっと待って、今共有するわ』
『ああ、サンキュ。で、これは今、どんな状況なんだ?』
『……、そう言えば私達は急に襲われて……』
『襲われた? どう言う事だ』
『ちょっと待って、痛たた』
後頭部が痛むのだろうな。
そしてパイラが語り始めた。
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