第45話 パイラが懐柔された
* * *
ここは馬車の中だろうか? ゴトゴトと車体を静かに揺らしながら移動している様だ。対向の座席の斜め前にはダーシュが座っている。そして右横には魔法学園の制服を着たシャーロットがなぜか座っていた。
街道を移動しているモモに同行している俺は、シャルが工作をしている荷車の一角に場所を借りてパイラの感覚を覗き込んでいる。パイラもシャーロット同様に魔法学園の制服を着ていた。
「……と言う訳なのですが、お二人は神々の事はご存知ですか?」
講義の途中だったのかも知れないが、俺が覗き見をしたときにはダーシュが話していた。
「もちろんですわ」
前のめり気味のシャーロット。パイラは無言だ。
「創造神、維持神、破壊神の三柱と、豊穣神、知識神、戦闘神、商売神の四柱ですわね」
「その中で一番信者が多いのは?」
「もちろん我が王国の主神である維持神リスシスですわ」
「では一番信者が少ないのは?」
「破壊神ですわね」
「では、信仰とは別の観点、つまり我々魔法使いの視点から考察した場合、信者が少なくなると神聖魔法にどんな影響がでますか?」
「聖刻の伝承が難しくなりますわ。七柱の聖刻はそれぞれの宗教の幹部級からしか伝えられませんもの。『神の聖刻を使える』と『神の聖刻を使える様に術者に与える』は明らかに違い、信者が少なくなると言う事は後者が可能な人が居なくなるということになりますわ」
「シャーロットさんは良く勉強をされてますね」
「当然ですわ」
パイラは視線を正面の馬車の壁面から全く動かさなかった。ダーシュとシャーロットのやり取りを聞いていないのだろうか? もちろん時々瞬きはしているのだが。
一方、視界の端に映るシャーロットはしばしばパイラの方を見ていた。
「四大精霊は学園の課題でも取り扱ったのでご存知ですね。では四大精霊の中で一番メジャーなのは何かご存知ですか?」
「……知らないですわ。恐らく水の精霊ではないでしょうか?」
「私も知りません。ですが七柱の神と同じ質問をします。四大精霊の利用者が少なくなるとどうなりますか?」
「神とは違い、何も影響は無いと思います。四大精霊の聖刻は誰もが知ることが出来ますし、誰もが使えることが出来ますもの」
「そうですね。ところでシャーロットさん、維持神であるリスシスの最上位魔法を使える人は何人居るかご存知ですか?」
「二、三人程と聞いています」
「では、維持神の最下位魔法を使える人の数はご存知ですか?」
「それは数えられない程居ますわ」
「そうです。ところでどうしたら神聖魔法の最上位魔法を使える様になるかご存知ですか?」
「それは教会の機密事項ですから、知っている人はごく一部だと思いますわ」
「そうです。もちろん私もその方法は知りません」
「そ、そうなのですね」
問いの答えを出してこないダーシュに釈然としていない様子のシャーロット。
「神には上位魔法があり、その使用には制限がかけられているのはご存知の様ですね。それでは、精霊の魔法はいかがでしょう?」
精霊魔法にも上位魔法が有ると言いたいのだろ?
「まさか、精霊魔法にも上位魔法が有るのですか?」
「それは今は答えません。是非、考えてみて下さい。パイラ、あなたもですよ?」
「はい」
パイラはちらりとダーシュを見てそう言った。
「もう一つ、とても大事なことをお教えします。ルムクィスト家の秘伝の一つです。あまり他所で言いふらして欲しくは無いのですけれど、あなた方には伝えておきますね」
ダーシュはパイラとシャーロットの双方を交互に見ながら言った。
「神聖魔法の上位魔法の聖刻も、下位魔法の聖刻も同じものを使います」
なるほどね。同じ聖刻を使うと言う事は、上位魔法を使うために
おっと、パイラには黙って覗き見していたんだ。今は聞けないか……。
前者だと型を知る必要があるが、後者は権限を得る関数かメソッドが必要となるか……。俺の読みでは後者と思うのだが。
その時、馬車が止まるとほぼ同時にドアがノックされた。
「魔法兵長殿」
「はい、何でしょう?」
ダーシュはドアを僅かに開け、外からの声の主に答えた。そして小さな声でやり取りをしている。
「分かりました。すぐに向かいますので馬の用意をお願いします」
そう言うとこちらに振り返る。
「申し訳ないですが急用が出来ました。馬車は目的地に向かいますのでお二人はこのまま乗っておいて下さい。用が済み次第戻ってきます」
「承知しましたわ」
「では」
そう言うとダーシュは馬車にパイラとシャーロットの二人を残して出ていった。その直後に馬車は動き始めた。
こいつらを二人っきりにしたらマズイんじゃないか?
「ねぇ、魔女のパイラさん。どんな手を使ってダーシュ先生の助手になったのかしら?」
「……」
「以前は魔法の課題も上手くこなせなかったではないですか」
「……」
「それなのに突然、そう、学園から暫く離れて戻ってきた頃から急に上達しましたわよね?」
「……」
「学園の外で何か有ったのですね。どんな秘技を見つけたのですか?」
「……」
「だんまりですか。秘技故に教えられないと言うことですわね」
「……」
「ところで
「いただきます」
そこで返事するんかい!
パイラの反応を見てころころと笑うシャーロット。小麦粉を丸く焼いた菓子が詰まっている木箱を開けパイラに差し出した。真正面に視線を向けていたパイラの視界はシャーロットとその手元の菓子とを行き来していた。
「ご遠慮なくどうぞ」
笑顔のシャーロット。
「ありがとうございます」
パイラは右手を伸ばしてその一つをつまんだ。
「紅茶が無いのは仕方ないですわね。学園に戻りましたらご一緒にアフタヌーンティーでも如何です?」
「ええ、お言葉に甘えて」
ご一緒するんか!
「ちょっとよろしいかしら、私と話すときは丁寧な言葉遣いで話さなくても結構ですわよ?」
「そうですか? 私もそっちの方が良いわ」
「あら、早速いい感じですわね。じゃあそうしてくださいな。ところで少し踏み込んだ話をしたいのですけれど、さきほど秘技の事を尋ねましたよね? それは実際どうなのかしら? あ、もう一つどうぞ」
シャーロットは自分の分の菓子をひとつまみすると、パイラの方に菓子箱を差し出してきた。
パイラの視線は菓子に釘付けされている。
「ありがとう。秘技と言うかどうかは分からないけど、あなたに教えても良いかどうか分からないわ」
何か隠し事が有ることをバラしてるし!
「あら、やっぱり秘技はあるのですわね? ああ、私の事はシャーと呼んで下さいな。家族からはそう呼ばれてますわ」
「分かったわ、シャー」
「ふふふ。お姉さんが出来たみたいですわ。いずれで結構ですから、秘技のことを話せる様になったら教えて下さいな」
「ええ、約束は出来ないかも知れないけどその時が来たら話すわ」
そしてその後は、どうでも良い菓子の話が飽きずにずっと続いた。
パイラはシャーロットにお菓子で懐柔された様に見えるのだが……、ま、まぁパイラのシャーロットに向いていた復讐とやらが、無くなったみたいだから良いか……。
俺はパイラの感覚の共有を解き自分のオウムの体に戻ることにした。
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