第47話 脱出の作戦を考えた

『シャー、いえシャーロットは知ってる?』

『魔法学園の生徒か?』


 確か俺はシャーロットを知らない筈だ。パイラから紹介されていないし、パイラが感覚共有を許しているときにその姿とその名を併せて見知っていないはずなのだ。


『ええ、そうよ。前に言った通り、ダーシュの部隊の演習に同行して、学園外で魔法の研究をすることになったのよ。目的地への移動には馬車を使って、ダーシュと私とシャーロットとが同乗していたわ。そしてその途中でダーシュが別件があると言って馬車を離れて行った。私とシャーロットの乗せた馬車は数人の兵と御者とで目的地に先行することになったの』

『同行した兵に拉致されたのか!?』

『いいえ、違うわ。ダーシュと別れて暫くは何事もなく旅は進んだの。そして突然馬車の外で争いが起こった。馬車の扉を開けて入ってきたのは明らかに統一されていない武具を装備している連中……。そいつらはシャーロットと私を馬車から乱暴に引きずり下ろしたわ。あいつらの目的は、その様子から恐らくシャーロットよ。シャーロットに危害を加えようとしていたのを阻止しようとした瞬間、私は後頭部に衝撃を受けて……。それから気づけば今の状況なんだけど……』


「シャー、大丈夫?」


 パイラは俺との念話を中断して、未だパイラの胸に顔を埋めているシャーロットの頭をそっと撫でた。上体を持ち上げパイラの顔を覗き込むシャーロット。


「パイラお姉様こそ、意識が戻って良かったですわ」

「お姉様!?」


 パイラはシャーロットが自分のことをお姉様と呼んだことに驚いている。


「私を庇ってあんな無茶なことを……。あれじゃあお姉様が殺されてもおかしくは無かったですわ」


 何をやったんだパイラは!? シャーロットがパイラの事をお姉様と言ってしまう様なことをやったってことだろ?


「ごめんなさい。咄嗟に動いてしまって。シャーの無事を考えていなかった愚かな行動だったわ」

「いいえ、その騒動のお陰で私は手荒に扱われなかったわ。倒れ込んだお姉様の保護を条件に、無抵抗になることを考える事ができたんですもの。もし何事も無ければ私も全力で抵抗してましたわ。つまりお姉様の犠牲の上に私の無事が確保されたってことでしょ? 恩人以外の何者でもないですわ」


 シャーロットは涙の痕を袖で拭き取り、無理に微笑んでいる。


「そう。じゃあ、私が気を失っていた間の状況を教えてもらえる?」

「ええ。私もお姉様も魔導書は取り上げられてますわ。その他ポーチや武器になりそうなものも全て。今あるのは着ている物だけですわね。私達を魔法使いと知っている様なの。だから衣服も入念にチェックされましたの……」


 辱めを受けた悔しさを表情に出すシャーロット。


「ここは何処? 監視はどうなってるの?」

「ずっと気を失っていたお姉様にも、私にも目隠しをして運ばれましたわ。私達が襲われた地点から馬で二、三時間。急な坂や森の中を抜けた様だから道なりでは無いと思いますわ。ここに入れられる直前に目隠しを外されたのですけれど、森の中の小さな集落の様なところでしたわ。ここは石造りの頑丈な建物ですから、はじめから投獄を目的としていると思われますわ。出口の前には焚き火用のピットとその周囲には椅子が多数置かれましたわ。そのドアから出た瞬間に、何人居るか分からない見張りに気づかれるでしょう」


 シャーロットはこの部屋の唯一のドアを示して言った。


「座るから手伝ってくれる?」


 パイラがそう言うと、シャーロットの手を借りて体を起こした。


「ありがとう。それで、奴らの目的は何か分かる?」

「お姉様を巻き添えにしてごめんなさい。私の身柄が目的ですわ」

「そう。その先の目的は?」

「分かりませんわ。ただ、身代金目当てだとしてもクロスコン家は賊の言うなりにはなりませんことよ。例え身内がそんな状況になってもクロスコン家はその方針を変えない事を叩きこまれてますの」

「クロスコン家!? そんな筈は!!」


 パイラが今まで聞いたことが無い様な程驚いた声を上げた。


 するとドアに備え付けられている小さな確認窓が開き、そこからクロスボウの先が出てきた。


「うるさい、静かにしろ! 変な行動をしたらお前の連れを殺すぞ!」


 見張りらしい男の声が聞こえた。


「おい! クロスコン家の娘を殺すなよ!」


 小さな確認窓の向こうから別の男の声がした。扉の向こうでは複数の男の声が会話をしている様だ。


『おいパイラ、大人しくしてるんだ』

『……、分かってる……』「分かったわ」


 パイラは俺の言葉に念話で応じ、同時にシャーロットは賊に応えた。すると確認窓は閉じられ、その後に錠を掛ける様な金属音がした。


 さてと、脱出する方法を考える必要があるな……。


『パイラ、まずこれからどうするかを考えるべきだ』

『……』


 何かを考えている様子のパイラは応えない。


『クロスコン家に因縁でもあるのか? しかし、その事は一旦脇に置いておくんだ。今の状況打破に集中しろ! それでいけるか?』

『……ええ。ええ、そうね』


 無理矢理に踏ん切りを付ける様に応じるパイラ。


『お前は魔導書を取られたが、その影響はあるか?』

『……いいえ、魔導書に記録していた魔法は全て編集窓エディタで記憶しているわ。私が携行している魔導書は編集窓エディタ管理窓ファイラーを使えることを隠すためのダミーよ。書いてある中身は本物だけれど』

『よし。お前一人なら例の1メートル後方に跳ぶ魔法でこの牢から抜け出せるな』

『それで私一人で奇襲して賊を全滅させるの? 賊が何人居るか分からないわよ』

『いや、一人で逃げるんだ』

『駄目よ。シャーがここに残るじゃない。助けに呼ぶに行くとしてもいつ戻れるか分からないし、その間に私が逃げたことがバレればシャーが何をされるか分かったものじゃないわ。だからなんとか二人とも逃げ出さないと。それも騒ぎを起こすんじゃなく、こっそり逃げ出すの。ここは森の中らしいから逃げた事がバレるまでに距離も稼げるし方向も分からなく出来る筈よ』

『……』


 いつの間にそんなに仲が良くなったんだ?


『だからエコー、何かいい方法を考えて。お願い』


 シャーロットも転移できれば良いんだ。その方法には思い当たる節がある。だが……


『なぁパイラ、使い魔の契約魔法は記録しているか?』

『ええ』

『俺と契約したとき魔法陣を使ってただろ? なんで魔法陣を使う必要があったんだ?』

『契約魔法を掛ける合意を無理やり形成するためらしいわ。あの魔法陣がなければ、契約対象、つまり動物に右手で触れるだけでは発動しないらしいの』


 対象は同意を得ているかつ、術者の右手で触れた相手ということだな……。確かに使い魔候補の動物に同意を得るのは難しい。


『契約魔法を人間に掛けたらどうなるんだ?』

『それは禁止されているわ。掛けた側も掛けられた側も人間として生きていけなくなるの』


 人間として生きていけなくなる? まぁ、そう言う状態に成り得るか……。


『じゃあ、お前の能力で確認してくれ。使い魔の契約魔法を人間に使った場合、使役者は被使役者の精神及び身体への介入が自由にできる様になるのだ、と』

『……、イエスよ。それって――』

『今は緊急事態だ、後でゆっくり考えれば良い。問題はシャーロット本人が同意するかどうかだが』

『シャーに契約魔法を掛けてどうするの?』

『ああ、それが完成すればシャーロットの聖刻が判明する筈だ。そうすれば二人共転移してここから抜け出せる』

『本当に?』

『俺とお前で実証済みだろ? 多少は確認のための実験が必要だが、問題ない』

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