第108話 エルフ男と取引した

「なぁ、そこの長袖をまくりあげて暑っ苦しいスカーフを巻いたエルフの兄さん、こんな森の奥で何をやってるんだ? それとここは何処なのか教えてくれよ。俺はちょっと迷子になってしまって、今いる場所の情報が欲しいんだ。ここの場所の情報さえ分かれば俺の相棒が飛んでくるのさ。あ、飛んでくるって言っても鳥じゃないぞ、ちゃんとした人間だ。人間が飛べるってのは変な話なんだが、実際に飛べる。まぁ、お前には難しい話はわからないだろうが、ロケット推進と言うのがあって――、いやそんな話じゃない。俺が話しているのが芸じゃないって事を証明するから、何か難しい質問をしてくれ。それに相応しい応答をしたら教え込まれた芸じゃないってことがわかる筈だ。どうだ?」

「う~ん。よく分からないな。だが、そのよく喋る舌は、歯ごたえがあって美味しいのかな?」

「おい! まだ俺を食う気かよ! それにそんな質問を求めてるわけじゃぁないっ! 確かに難しい質問だ! ああ、答えに瀕するグッドクエスチョンだよ!」

「師匠、何をぶつぶつと独り言を言ってるんですか?」


 エルフ男の背後から、もうひとりの人間がやって来た。


「ああ、シンカ、お帰り」


 振り返ったエルフ男の体の向こう側から、顔をひょいっと出してこちらの様子を覗き込むシンカ。革で補強された軽装の防具を着込んでいる少年がそこに居た。弓矢と短剣を装備している。


「師匠。白いオウムに話しかけてたんですか? 僕たちが食材として追いかけているのはシンルー鳥ですよ?」

「いや、そうなんだけどね。変った鳥だったからつい捕まえてしまったのさ」

「この鳥、なにか着付けさせられてますよ? 誰かの飼い鳥じゃないんですか?」

「こんな辺鄙へんぴなところに飼い鳥が居る訳ないじゃないか。だからさ……」

「だから、食べるんですか?」

「おい! 黙って聞いてれば……。俺を食べる話を進めるんじゃない!」


 おれは師弟の会話に割り込んだ。何の師弟か分からないが。


「ほら、それによく人間の言葉を真似る芸を仕込まれているだろ?」


 シンカの方に顔を向け、俺を指差しながらエルフ男が言った。


「芸じゃないって言ってるだろ! おい、シンカとやら。人を食材としてしか見ないそこの悪食エルフとは違って、お前はまともに会話ができるんじゃないかと淡い期待を抱いているんだが、どうなんだ?」


 俺はエルフ男との会話を諦めてシンカとの対話を試みた。


「な、よく喋るだろ? よく動く舌は美味しそうじゃないか?」

「お前は黙ってろ!」「師匠は黙ってて」


 俺とシンカの言葉が重なる。


「なぁシンカ。俺は体は鳥なんだが中身は人間なんだ。どうしてこうなったかは省略するが、今俺は迷子になっている。ここが何処だか分かれば仲間を此処に呼ぶことができるんだ。俺が望んでるのはそれだけなんだが、どうだろう?」

「確かに、あなたは人間が話している様に思えるし、僕との会話もちゃんとできそうだ。ところで名前は何て言うの?」

「エコーと呼んでくれ。で、ここはどこなんだ?」

「ここはギーニアの森だよ」

「ギーニアの森だな。ここは有名なのか?」

「どうだろう?」

「近くに大きな街はあるか?」

「ああ、それなら――、 あ、師匠」


 エルフ男がシンカを押しのけ、俺との会話を中断させた。


「ちょっと良いかい? この場所が分かれば、君のお仲間が此処に飛んでくるんだったよね?」


 この野郎、ちゃんと話を聞いて覚えてやがる。


「あ、ああ」

「では、取り引きといこうじゃないか。僕らは此処の場所の情報を教える。君あるいは君の仲間はその対価を用意する。どうだい?」

「対価を用意するだと? そっちに有利じゃないじゃないか」

「そうでもないと思うよ。お使いを頼まれて欲しいのさ。ほら、こんな森の奥に居ると消耗品を調達できないだろ? もちろんタダでとは言わないよ。お代は全額払うさ」

「本当か?」

「もちろんさ。こう見えて僕は意外とお金には不自由しないのさ」


 いや、どうもこうも、俺がエルフ男を貧乏に見ていると思っているのだろうか。


「……」

「同意してくれるのかな?」

「あ、ああ」

「では、僕が欲しい物を言うよ。ホール胡椒の黒と白、乾燥させた殻付きナツメグ、ゴンモール産の紅岩塩……」


  *  *  *


「……と言う訳だ。ラビィ、それらを調達できるか?」


 俺は、名前をフールドと言うエルフ男が欲しがっていた物を、巻き貝の魔法装備アーティファクトを通してラビィに伝えた。鳥籠からは開放され自由に飛び回れる様になっているので、今は奴らから離れている。


「う~ん、多少無理すればなんとかなるよ。いや、無茶をしてでも何とかしてみせるさ。だから、親父と会ったらギュッてしても良いよな。良いよな?」

「まぁ、仕方ない。今回だけだぞ」

「よし! まぁしかし、親父はそんな所に居るんだな。セカルドの街とは真逆の方向じゃないか。早めに今の場所の情報が分かってよかったよ。セカルドには行かずに折り返してそっちに向かって飛んでるからもうちょっと待っててくれよ」

「一体、どれほど待てば良いんだ?」

「何かと調達が必要だしな、十日前後、いや七日で何とかするよ」

「分かった」



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