第93話 キートォを捕まえた

 ファングがシャルを抱きかかえ後方に跳んだ。シャルの肩に止まっていた俺が上方向に飛び立ったと同時に、俺の下を一本の矢が通過する。


 モモはその場から動かず、素早く抜刀したカタナで飛んできたもう一本の矢を弾き落としていた。


「同じ手は通じないわよ!」

「黙れ!! よくも僕のアイガンを殺したな!」


 怒りの目をモモに向けるキートォ。


「私は罪のない農夫一家を殺したやつは許さないわ!」


 抜刀したカタナの切っ先をキートォに向けるモモ。


「殺せ!」


 キートォがモモを指さして怒鳴ると同時に、二匹の屍食鬼グールがモモに襲いかかってきた。


「ラビィ、お前はこっちに来るな」


 俺は巻き貝の魔法装備アーティファクトでラビィに言った。


「わかった」


 ラビィの声がハーネス取り付けた巻き貝の魔法装備アーティファクトから聞こえてきた。ファングは抱えていたシャルを地面に下ろし、周囲を警戒しながらいつでもモモに駆けつけられる様に構えた。


 もと孤児だった屍食鬼グールがモモに迫る。モモは眉を潜めながら右手のカタナを横に薙いだ。そして屍食鬼グールに背を向けるとキートォの真正面に向き直った。


 屍食鬼グールの頭が二つ、それぞれモモの左右の地面に転がりキートォの近くで止まった。モモの背後で頭部を失った屍食鬼グールの体が地面に崩れ落ちた。


「ひっ!!」


 モモに睨まれたキートォは右腕で顔を庇う様にしながら怯む。左足が一歩後退していた。


「それで? まだ死体のストックは有るの?」


 目が座っているモモが一歩、キートォに詰め寄った。


「う! くそっ!」


 キートォは踵を返しモモから逃げ出した。その先にはラビィが居る。


「モモ!」

「大丈夫じゃない?」


 キートォが向かう先には、まるでこっちに来るなと言わんばかりに両手を前に突き出したラビィが居た。


 右腕を後ろに引きながらラビィに駆け寄るキートォ。その右腕でラビィを殴り伏せて逃走しようとしている様だ。その様子を見つつゆっくり納刀しながらラビィの方に歩き始めたモモ。


 キートォが右腕をラビィに振りかざす瞬間、ラビィの右脚の強烈なハイキックがキートォの首筋とこめかみに炸裂する。素早い二連撃だ。


 右半身を下にして崩れ落ちるキートォ。


「あいつは蹴りだけは一端いっぱしなのよね」


 肩に止まった俺にモモがつぶやくように言った。


「ファング、キートォを拘束するのです」

「お嬢の仰せのままに」


 シャルのその言葉に応じたファングは、荷車の荷台から取り出した縄を持って倒れているキートォの所に向かって行った。


『パイラ、今良いか?』

『ええ』


 もう少し早いタイミングでパイラを呼び出す予定だったのだが、屍食鬼グールが突然襲ってきたので忘れていたのだ。


『感覚を共有するからこっちの様子を見てくれ』

『分かったわ。……ここはどこ?』

『孤児院さ』


 俺はシャルの肩に飛び移りながら言った。シャルはファングが縄で束縛したキートォの側に居た。


「ファング、キートォを起こせるですか?」

「もちろんだ、お嬢」


 ファングがキートォを座らせ、両肩を掴んで活を入れた。


「ぐあ! あ!」


 キートォは喘いだ後、周囲を確認した。


「アタシの声が聞こえますか?」


 シャルがキートォの前に立ち言った。


 縛られていることを認識し、モモやラビィ、ファングらに取り囲まれているのを認識したキートォは怯えている。


「あ、ああ」

「では質問なのです。あなたは能力者ですか?」

「違う!」

『パイラ、お前の能力でこいつが能力者が確認してみてくれ』

『ええ、……能力者ね』

「シャル、こいつは嘘を言ってるぞ。パイラに依るとこいつは能力者だ」


 俺はシャルの耳元でこっそりと伝えた。


「そうですね! パイラの能力を借りれば良いのです。エコー、アタシの質問に対するキートォの答えが嘘か本当か確認して欲しいのです」

「能力に関する質問だぞ。あと、イエスかノーが答えとなる質問にするんだ」

「分かったです。では能力者のキートォ、次の質問です。あなたの能力は死体から屍食鬼グールを作り出す能力ですね?」

「グールとは何だ」

「そこに転がっている魔物ですよ」


 モモが倒した屍食鬼グールの死体を指さしながらシャルが言った。


「そんなの知らん!」

『イエスよ』

「答えはイエスだ」


 パイラの鑑定をシャルに伝えた。


 俺の声に驚いているキートォ。


「では屍食鬼グールを作り出す能力を持っているキートォに次の質問なのです。あなたは屍食鬼グールを特定の条件下で自由に操れますね?」

「……」


 黙ったままのキートォ。


『……、イエスよ』

「答えはイエスだ。特定の条件下でこいつは屍食鬼グールを操れる」

「その条件が何なのかなのですが……」


 シャルが頭を掻きながら言った。


「どうせ、近くに居なきゃ操れないとか、視界に入っていなきゃ操れないとかでしょ!」


 適当な事を吐くモモ。その言葉にモモに視線を動かすキートォ。


 おいおい、まさかその通りなんじゃないだろうな?


『……、正解よ。一定の距離以内かつ屍食鬼グールが見えている事が条件ね』

「モモの言う通りだ。距離と見えていることが条件らしい」


 モモから俺に視線を移すキートォの目は、驚愕で見開かれていた。


「なるほどです。さらに離れていても、屍食鬼グールを操作する方法がありますね?」

「……」

『イエス』

「答えはイエス。操作する方法があるぞ」

「キートォ、それは簡単な条件を指定して、その条件を満たした時に予め指示しておいた行動をさせることですね?」


 項垂れて答えないキートォ。


『イエスね』

「答えはイエス」

「モモ達を襲わせようとしたけど、農民一家を間違って襲った屍食鬼グールにはどの様に指示してたのですか?」

「……男、女、小娘、鳥、荷車。その組み合わせの一行が通ったらその人間を皆殺しにしろ、だ」


 キートォがボソリと言った。


「口を割ったな」

「ファング、もう良いです」


 シャルが荷車を指さしながら言った。ファングは縛ったキートォから素早く離れ荷車に駆け寄る。荷台の藁に手を突っ込んだ後、その手を引くと、その手を握っている藁まみれの警備隊員が出てきた。


「ふぅ、視界は悪かったですが、話は全部聞かせてもらいました」


 警備隊員のアエズだった。


 藁の中でずっと隠れてたのか!


「さてキートォ、あなたを人殺しの罪で警備隊基地まで連行します」

「ぐっ」


 短く唸ったキートォは、モモを睨んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る