第97話 モモが女装男を殴った

  *  *  *


 魔法学園でカジャがパイラを襲った数日後、俺たちは夕食の為に宿屋の食堂に集まっている。テーブルを囲むのはモモ、シャル、ファング、ラビィだ。


「『真の夜明け衆』って組織を聞いたこと有るか?」


 俺は宿屋の食堂のテーブルの端に乗った状態で聞いた。


「無いわね」


 意外な程に綺麗な食べ方をするモモが応えた。


「無いなぁ」


 ラビィも意外な程に綺麗な食べ方をしながら答える。


「無のです」


 料理の腕は確かなのに、食べ方はお世辞にも綺麗とは言えないシャルが答える。その横でファングが同意するように頷いている。


「シャル、食べ物を飲み込んでから話しなさいよ」


 ナプキンで口を拭いながらモモが言った。


「パイラと連れのシャーロットが学園で襲われたんだ。襲った奴らは真の夜明け衆を名乗っていた。また襲撃を企てるかも知れないから学園の外からも手を打ちたいんだが……」

「分かった。ボクがその情報を集めてみるよ」


 俺の要請にラビィが応じてくれた。


「ああ、助かる。ところでラビィ、飛行はどうだ? 上手く飛べるようになったか?」

「もちろんだよ親父」

「困ったことはないか?」

「速く飛ぶと目が乾燥するんだ。目を瞑ったまま飛ぶわけにもいかないからなぁ」


 ずいぶん速く飛んでるんだな……。


「なぁ、シャル、丈夫で透明度の高いガラス板は作れるか?」

「もちろんなのです」

「じゃあ、ゴーグルを作ってくれ」

「ゴーグル?」

「ああ、両目を覆う鉢巻の様なものだ。視界を確保するために目の前はガラスにするんだ。そしてガラスと肌が付かないように革などで高さを付ける。そしてそれを頭に固定するために後頭部側に紐や帯を回すんだ。イメージできるか?」

「大体わかったのです」

「風がガラスの内側に入ってこないように、高さを付けた革は目の周りの顔の凹凸に合わせて合わせておく必要がある」

「ラビィの顔の形通りに密着する様にしたら良いのですね? お安い御用なのです」

「紐は長さを調整できるだけじゃなく、できれば伸縮性が高いヤツが良い。使わないときは額に当てておいたり首からぶら下げておくことができる様にするためだが……」

「……分かったです」


 シャルは何か考える素振りを見せながら応えた。シャルの頭の中では設計が始まっているのだろうか。


「ん?」


 急にラビィが立ち上がり、食堂への唯一の入り口に向かって振り返った。


「どうした、ラビィ?」

「まさか!」


 ラビィは俺を無視して食堂の入り口に向かって走り出した。


「おい!」


 地獄耳のラビィは何か聞きつけたのだろうか?


 食卓を囲んでいる全員が、ラビィが駆け寄った扉を眺めていた。その観音開きの扉が食堂の外に向かって開くと、そこには紫色のマントを羽織った人物が立っていた。袖が無い肩鎧付きのジャケットとお揃いの長ズボンにロングブーツを着込んでいる。何本もの三つ編みを伴った長髪。そして精悍で細長の顔面には、赤紫色のアイシャドウや口紅で厚化粧を施していた。喋る度にクネクネと動く両腕は、盛り上がった筋肉が誇らしげにその存在をアピールしている。中身は明らかにマッチョ男だ。


 この世界にも居るのか!? オネエが! ……いや、異性装クロスドレッサーだけなのかも知れない。


 背後に二人の連れを伴ったその女装した男は、ラビィが駆け寄ってくるのを確認すると両手を口に当てとても驚いている。


「ラビィちゃん? どうして――」


 その男がオネエ言葉っぽい台詞を吐くと同時にラビィがその男に飛びついた。


「お袋!!」


 え!? お袋? ラビィがお袋と呼ぶと言う事は、魔女の師匠であるバーバラか!


 視界の端でモモが椅子を引き、身を屈めていた。そしてラビィの身体の陰に隠れる様に、ラビィと同じくモモも女装男に駆け寄り始めた。


「どうしてラビィちゃんが此処に居るの!? ミナールちゃんの所に預けたはずだわ?」


 女装男は、抱きついているラビィの両肩を両腕で包み込み、そっと引き剥がした。


「ボクはモモの姉貴を連れ戻すためにミナールの兄貴のもとからこっそり抜け出してきたのさ。それで、今は……、姉貴と一緒に冒険している。ところでお袋はこんなところで何をやってるんだい?」


 ラビィが首を傾げながら女装男に尋ねた。


「ラビィちゃんがモモちゃんと一緒に冒険をしているですって?! そのモモちゃんは――」


 女装男がそう言った時には、モモは既に身を屈めてラビィの背後に駆け寄って居た。左手でラビィを横に押しのけると同時に、女装男の懐に踏み込むモモ。いつの間にかモモの右手にはクナイが順手で握られている。


 モモは何の躊躇もせず、そのクナイを握ったままの右拳を女装男の左顎に打ち込んだ。剣先が地面に向いてるクナイは、刺すためではなく拳の威力を上げるために使っている様だ。


「――何処に居るゴベ!!」


 台詞をすべて語りきれず、モモの渾身のパンチを食らって宙に舞う女装男。右腕を斜め上に伸ばした状態で屈んでいるモモ。ラビィは今にも尻もちを付きそうな体勢だ。まるでスローモーションの様に事態が進んでいる。


 モモが右腕を引くが、その手にあるクナイは空中に固定されているかの様に動かない。脚力と右腕の引く力を利用してモモの体が宙を舞う女装男を追い始めた。いつの間にかクナイを握っている左手が、地面すれすれの位置から男の顔面に向かって繰り出されようとしていた。


 食堂の入り口には女装男に連れ添った男が二人、突然の出来事に驚きの表情を浮かべている。二人とも黒いマントで身を覆っている。身長が低い一人は左右の腰に剣を佩いており、長身のもう一人は弓矢を担いでいるが、突然のモモの襲撃に対応できていない。ファングは素早い動きでシャルの背後に既に立っており、両手でシャルの上腕をそっと掴んでいた。


 両目は白目を剥き、殴られた下顎が歪んだ状態で横っ飛びに宙を舞う女装男。マントがひらひらと揺れている。


 繰り出されたモモの左拳が、肉の下の骨と骨がぶつかる様な鈍い音を立てて、女装男の顔面に綺麗にヒットした。


 女装男は軌道を変え、連れの二人に向かって飛んでいく。身を半分屈めた状態で、左腕から左脚をまっすぐに伸ばしたモモが居た。


「綺麗に通ったな」


 ファングがボソリとつぶやいた。


 おい! こんな事を仕出かしてマズいんじゃないか?

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