第98話 バーバラに誘い出された

 モモに思いっきり殴られた女装男が、連れの二人の男を巻き込んで食堂の外に吹っ飛んでいった。そして、食堂の入り口の扉がそっと閉まる。


「おい! モモ!」


 ゆっくりと立ち上がったモモに向かって、俺はテーブルを飛び立った。


「どうしたんだよ! 姉貴」


 尻もちを付いたラビィがモモに話しかける。


「身勝手な母さんにちょっと腹が立っただけよ。すっきりしたからもう大丈夫よ」


 食堂の入り口に背を向け振り返ったモモは笑顔でラビィに応え、床に尻を付いているラビィに右手を差し出した。


 何がすっきりしただ! それに――、


「油断するな!」


 俺はモモに言った。女装男がモモに反撃してくるかも知れない。止めを刺していない相手に背を向けるのは危険な行為だ。


「大丈夫よ。魔女バーバラは私達の師匠だし、もちろん味方よ」


 ラビィを助け起こしたモモは、その左肩に止まった俺にそっと言った。そして何事も無かったかの様にテーブルに向かって歩き始める。周囲の客は皆、今起こったことに驚き硬直していた。


 味方である師匠を、モモは殺す勢いで殴ってたんだぞ? にわかには信じられないが……。


 だが、バーバラはモモよりかなり上手うわてだった。一発目のモモのパンチはわざと食らったに違いない。ダメージを軽減するために自ら派手に吹き飛んだのだ。さらに、二撃目のパンチを左の手の平で受け止めてた。周囲の人間の目を誤魔化せても、剣聖の俺の目は誤魔化せない。バーバラはモモに仕返ししようと思えばいつでもできるだろう。だから不安なのだが、襲ってくる様子は無い様だ……。


 食堂の扉が再びそっと開いた。そこには右手で顎をさすっている女装の男が立っていた。


 素手のバーバラ、格闘技の使い手の様だ。

  攻撃 12

  技  9

  速度 9

  防御 10

  回避 9


 俺は剣聖の能力を使ってバーバラの力量を測ってみた。


 全盛期の俺でもシチュエーションによってはやられるな……。


「ひっどぉいわぁ。ずいぶん乱暴な挨拶じゃなぁい? モモちゃんったらぁ」

「ね? 大丈夫でしょ? さ、二人とも席に付きなさいよ」


 モモは俺に囁いた後、元居た椅子に座りながらファングとラビィに言った。ファングはシャルの後ろから動こうとはしなかったが、ラビィは扉の方を何度も振り返りながら椅子に腰掛けた。


「食事を楽しまれている皆様! 驚いたでしょうがちょっとした余興でした。ご心配なさらず食事を続けてください」


 周囲の異常に気づいたラビィが一旦席を立ち、通る声でそう言った。


 静まり返った食堂だったが、争いの続きが起こりそうも無い様子を感じ取ると次第に元の賑わいに戻っていった。


 お供の二人を食堂の外に残したまま、バーバラがゆっくりと俺たちの居るテーブルに近づいてくる。そしてファングが座っていた椅子に勝手に座った。


「なぜ此処に居るのか説明してもらえるかしら? モモちゃん」


 作り笑いの様な表情でモモに問うバーバラ。


「私の活躍を待ってる世界の為に旅をしてるだけよ」


 バーバラを直視せずそっぽを向いて答えるモモ。


「そう……。ラビィちゃんはどうして此処に居るのかしら? ミナールちゃんの所から離れちゃ駄目じゃないのぉ」

「それはもう大丈夫よ」


 ラビィに問うたバーバラに、モモが割って応えた。


「何を言ってるの? モモちゃん?」

「母さんが私にした様に、ラビィのオーガー化も止めたわよ」


 相変わらず、そっぽを向いたままのモモ。


「あらぁ! モモちゃんはオーガー化の秘密を知っちゃったのねぇ。そしてラビィちゃんの能力を去勢しちゃったという事かしら。だったらラビィちゃんは自由に外遊しても良いわよ」

「本当!?」


 心配そうな表情だったラビィの顔が輝いた。


「ただし、後でお仕置きよぉ」

「えぇ! そんなぁ!」

「約束を守れない子には指導が必要でしょぉ?」

「うへぇ」


 げんなりとした様子のラビィ。


「それで? モモちゃん? どうして私に殴りかかってきたのかしら?」


 笑顔を壊さないままでバーバラはモモを見て言った。その質問を聞いて始めてモモはバーバラを睨んだ。


「私を置いて黙って出て行ったじゃない!」

「それが許せなかったのね? ごめんね。私にはしなきゃならない事が有るのよ」

「もう良いわよ! 私にはもう……」


 チラリと俺を見て言葉尻を濁すモモ。


「私の分とラビィの分はさっきのパンチ二発で許してあげるわよ!」


 再びバーバラから目を逸らしたモモ。


「ふぅん……」


 バーバラが俺をじっと見ている。なんか探られている様で気味が悪い。


「じゃあモモちゃん、他の子も紹介してくれるかしら?」

「私の旅に協力してくれている、手先が器用な鉱工族ドワーフ走矮族アープのハーフのシャルと、武道家で犬耳族カニスのファング、そしてパイラ姉さんの使い魔のオウムのエコーよ」


 モモがお供を紹介した順に、二人と一羽をじっと見つめるバーバラ。


 あ、バーバラは他人のギフト能力を知ることができる能力者だった!


「ファングちゃんって可愛いわねぇ。あんたの武道家の師匠は誰?」


 バーバラの舐める様な視線から一歩でも離れたい様子のファング。だが、シャルが居る手前、それを我慢している様だ。


「クレインだ。アーケロンとは姉弟弟子の関係だったらしい。もしかして知ってるのか?」


 バーバラとアーケロンは旧知の仲だからな。アーケロンとクレインが同じ師を仰いでいたなら、バーバラがクレインを知っていたとしても不思議ではない。


「知ってるも何も……、ぉく知ってるわよ」

「そ、そうか」

「ねぇモモちゃん、エコーちゃんと二人きりでお話がしたいんだけど良いかしら?」


 ファングへの興味を急に無くしたかの様に俺を見ながらバーバラが言った。


「姉さんと交信していないときは、エコーはただのオウムよ?」


 モモが俺を単なるオウムだという体でバーバラに答えた。


「モモちゃん、私の目は誤魔化せないのよ。さぁ、エコーちゃん、外の空気でも吸いながら二人でお話しましょ。あぁ、パイラちゃんと感覚共有しちゃ駄目よ。二人っきりで大事なお話をしましょう」


 そう言うとバーバラは立ち上がって食堂の入り口に向かって歩き始めた。


 行くしか無いか……。


「大丈夫だと思うけど、気をつけてね」


 モモの言葉を受け止めながら、俺は覚悟を決めてバーバラに向かって飛び立った。

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