第95話 カジャがもがき苦しんだ

  *  *  *


 鍛冶屋の作業場でシャルがミラナイに指示を出しながら作業をしている。ラビィは少し離れた広場でマチェットガンを使った射撃の練習をしていた。俺はラビィのすぐ近くの塀のてっぺんに止まって、その様子を見ている。


 パイラが遺跡で拾ったオリュポナイトと言う謎の金属で作られているマチェットガン。そのマチェットガンは筒が付いている短刀なのだが、ラビィはそれを刃物としては使わず、自分の爆破物質を作り出す能力によって銃として使うのだ。


 まぁ、弾は先込め式なのだが。


 刃は不要なので刀身をピッタリと覆う専用の鞘をシャルに作ってもらっている。その鞘のお陰で、刀身を左手で下から添えることが可能だった。さらにターゲットを狙いやすい様に照準も付いてる。さらにその鞘ごと右太ももに取り付けられるホルスターに収容できる様になっている。


 シャルの鍛冶とクラフト技術に関心させられるな……。


 バン!


 炸裂音と共にラビィの正面の的の中央付近に着弾して破片が飛び散った。


『エコー! 助けて!』


 眼の前のラビィの試射と全く関係なく、パイラからの念話が突然来た。かなり焦っている様だ。


『待ってろ! すぐ行く』


 俺はラビィに向かって飛び立った。


「ラビィ! 俺の身体を頼む」

「うん?!」


 俺はラビィの胸に飛び込んだと同時にパイラの感覚を共有した。


『来たぞ!』


 そこは森の中の広場の様だった。パイラの左隣にはシャーロットが居る。そして二人の正面には女学生が一人、さらに二人の周りには顔を覆面で隠している黒ずくめの六人の男達が居た。皆、抜剣している。


「……私達と一緒に付いてくるか、ここで死ぬか選びなさい」


 正面の女学生が言った。


 ん?


 その女学生は、使い魔の講習で蛇を使っていた学生だ。確かシャーロットの取り巻きの一人だ。


「カジャ、どうして!?」


 シャーロットが女学生に言った。


「今ここで説明している暇は無いの。あと五秒で決めて頂戴」


『エコー、私の身体を使ってこいつらを無力化できるかしら?』

『武器は?』


「五」


『ソードスティックを持ってるわ。私は邪魔にならない様にシャーに憑依しておくわね』

『任せろ。この数なら、シャーロットと二人で魔法で対処できたんじゃないか?』


 俺はパイラの身体を制御し、左手に持っている杖を気づかれない程小さく上下に動かした。


 よし、問題なく動ける。


「四」


『ニードルバレットだと、全員殺しちゃうでしょ?』


 ……襲ってきたヤツの自業自得じゃないのか? あ、口を割らせる必要があるのか。


「三」


『カジャが「一」といった瞬間にしゃがんでくれ、一気に片を付ける』

『分かったわ。援護は必要?』


「二」


『要らん』

『分かったわ』


 覆面の男たちが同心円状に並んでいるのはありがたい……。


「一」


 シャーロットがしゃがみ込む。パイラの身体を借りている俺は素早く一番左の男との距離を縮めた。


 火輪斬り!


 ソードスティックを抜刀すると同時に一番左の男の剣を持った右手首を切り落とす。剣の勢いを利用して攻撃後に移動する火輪斬り。目の前に刃二人目の男が居る。まだこちらの動きに反応できていない。


 火輪斬り!


 同じく二人目の男の手首を切り落とすと同時に移動する。


 火輪切り、火輪切り!


 モモは火輪斬りをカウンター技としてしか使えないが、俺は違う。こちらから積極的に踏み込んで技を発動させることができるのだ。


 これが剣聖の能力か……、いや、その一部なのだろう。


 眼の前の男がようやく驚いて目を見開く。


 遅い! 火輪斬り!


 最後の一人。そいつは攻撃の為に剣を振り上げ様としていたが無駄だ。そこは突きを選択すべきだろうに……。


 火輪斬り!


 最後の男の手首を切り落とした後、カジャの前に移動して切っ先を向けた。


「動くな!」


 地面に剣が落ちる複数の音と、男たちの呻きや叫びが後に続く。カジャは目を見開き動けずに居た。


『速い!』


 パイラが念話で感嘆の声を上げる。


 気骨のある男が二人、落ちた剣を残っている左手で拾い上げた。


 じっとしておけば良いものを……。


 俺はその二人の左肘の関節部分の腱を切り裂いた。左前腕は上腕につながっているが力なく剣を落とす男達。


「くそっ! 引け!」


 男たちが一斉に退散し始めた。


『逃していいのか?』


 追撃するのであればカジャを無力化してからだが……。


「追わなくても良いわ。カジャが指揮していたから、彼女さえ居ればね」


 シャーロットがゆっくりと立ち上がりながら言った。恐らくパイラがシャーロットの身体を使って喋ったのだろう。


「そうか。で? どうする?」

『私が尋問するわ』


 パイラが念話で応えてきた。


 カジャは黙ってシャーロットを睨んでいる。俺が憑依しているパイラの方は見向きもしなかった。


『念のため能力者かどうか確認しておけ』

『……、違う様ね。あ、私の体に戻るわよ』

『ああ』


「カジャ、一応聞くけど、シャーロットが狙いね?」


 パイラが自分の体に戻って言った。俺はいつでも動ける様にしながらそっとパイラの身体の制御を解いた。


「ふん! そうよ!」


 意外にも答えるカジャ。


「あなたが計画したの? それとも誰かから指示されたの?」

「指示されたのよ」


 両手をゆっくりと持ち上げ抵抗しないことを示しながらカジャが答える。


「誰から?」

「ふふ、総統よ」


 総統?


「何かの組織かしら? それが何故シャーロットを狙うの?」


 パイラがカジャに尋ねていると、シャーロットがそっとパイラの左側に身を寄せてきた。


「聞きたい?」

「是非聞きたいわね」

「『真の夜明け衆』それが我らが総統率いる組織」


 ん? そんな事話して良いのか? カジャは尋問に素直に答え過ぎじゃないか?


「真の夜明け衆の狙いは何?」

「我らが真の夜明け衆の目標は、現王の失墜。そしてクロスコン家の断絶と、お前の命だ!」


 カジャがシャーロットを指さした。パイラが僅かに左側を向く。


 視界の端で、蛇が大きく口を開き糸を引く牙をむき出しにしながら、シャーロットの背後に飛びかかっているのが見えた。


 マズい!!


 俺は咄嗟にパイラの身体の制御を奪い、左腕でシャーロットを抱き寄せ、抜剣したソードスティックを振るった。シャーロットのふくらはぎに蛇の牙が到達する直前、蛇の頭と胴が切り離される。


「ギャァァァァァァァ!!!」


 喉を掻きむしって絶叫するカジャ。


 俺は抱き寄せたシャーロットごと、カジャから少し離れる。


 地面に倒れ込み、七転八倒するカジャ。口から泡も溢れている。


「お姉様、カジャはいったいどうしたのかしら?」


 シャーロットはパイラの腕の中でカジャの方を見たまま言った。


「そこの蛇はカジャの使い魔よ。それを斬ったから精神的に結合しているカジャに影響しているのだと思うのだけれど、詳しくは分からないわ。シャーは大丈夫? 噛まれていない?」『そして、シャーを守ってくれてありがとう、エコー』


 パイラはシャーロットをそっと開放し言った。


「私は……、噛まれていませんわ」


 シャーロットは身体を捻りながら、蛇に狙われていた右脚のかかとを背後に持ち上げて、ふくらはぎを視認しながら応えた。


 カジャの悶絶はまだ続いている。頭を失った蛇の身体も、まだくねくねと動いていた。

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