第86話 シャルがハーネスを作ってくれた
* * *
モモが
俺はそんな様子を眺めながら、作業台の端に止まっていた。
「エコー、ラビィに伝言をお願いしたいのです」
シャルは工具を一つ一つ確認しながら言った。
「巻き貝の
「ええ。そうなのです」
「シェルオープン。ラビィ、今良いか?」
俺は首に紐で括り付けられている巻き貝の
「おはよう親父! 親父からコールされるとは。おかげで今日はとても良い目覚めだよ」
暫くして、ラビィの声が巻き貝から聞こえてきた。
「今起きたのか?」
「ああ。昨日は夜更かしをしてしまってね」
「何をやってたんだ?」
「秘密さ」
「まぁいい。シャルから伝言が有るそうだ」
「なんだい?」
俺がシャルの肩に飛び乗り、首の巻き貝をシャルの顔に向けた。
「シャルです。例の場所は発見できましたか?」
「やぁシャル、おはよう。見つけたぞ」
「どんなところでしたか?」
「孤児院だった」
「……、そうですか」
それを聞いたシャルは顔を曇らせた。
「ところでターゲットは昨日の夕方は出掛けてたんじゃないですか?」
「ああ、その通りさ。良く分かったね」
「ええ、予想の範囲は超えないのですけれどね。あと、できればその孤児院で最近変わったことが無いか確認しておいて欲しいのです」
「分かったよ。となると今日はそっちに行けなくなりそうだから、親父に会えないな」
「そうですね」
「じゃあ、今度会ったら、親父をギュってしても良いよな?」
「いいですよ」「何でだよ!」
シャルと俺の返事が重なった。
「よし! じゃぁ親父、その時はよろしく。シェルクローズ」
そう言ってラビィは通話を切った。
「シャル、勝手に約束するなよな」
「真実を探究するためには必要なのですよ?」
「何の探究だよ、まったく……」
シャルは俺を無視して、手元に作りかけの革細工を引き寄せ工作に掛かった。
『パイラ、今良いか?』
俺はその様子を作業台の端で見ながらパイラを呼び出した。
『ええ、いいわよ』
『二つ目の
『シャーに頼んだ方が良いのよね? ちょっと確認するから待ってね』
『すまんな』
指示を待っているファングに、かまどの火起こしを助ける様に黙って指さしたシャルを眺めながら、俺はパイラの応答を待った。
『お待たせ。いつでも良いわよ』
『ああ、ちょっと待ってくれ』
「なぁシャル、一つ頼み事がある」
「なんですか?」
シャルの手元にあるのは小さな革製の何かだが、その正体は分からない。腕輪か? それにしてはちょっと小さいな。
「ラビィが肌身離さずに
「ええ、襟と小さな前掛けをあわせた様なチョーカーを作って、前掛け部分に
「……。それとは別にもう一つ
「誰の首輪に付けるのですか? アタシは要らないですよ?」
「いや、首輪に付けるんじゃないぞ。ちょっと待ってくれるか?」
俺は目の前になるべく広い空間ができる様に作業台の端に立った。
『パイラ、転送を頼む』
『分かったわ。五つ数えた後に発動するわよ。……五、四、三、二、一、今』
作業台の上に一つの
『着いたぞ。ありがとう』
『その
『ああ、分かった』
「そのタリスマンだが、裏と表があって表には人の様な絵が描かれているのは知ってるよな?」
「ええ」
「それをお前の荷車の荷台の中央に、他人に見つからない様に取り付けてくれないか? 人の絵を上にして頭を進行方向になるように固定しておいてくれ」
「荷台の中央辺りに小さな隠し収納を用意したら良いですかね」
シャルは
「ああ」
「色々作るものが多いのですが、急ぎますか?」
「いや、急ぎではない。まだこれと言って使う機会は無さそうだしな」
「そうですか」
そう言ったきり、シャルは革製品の制作に没頭した。
俺は何をするでもなくその作業に見入っていた。細かく型取りされたその革製品のサイズは小さく、シャルの器用な手の動きを見ているだけでも飽きない。
暫くの間、時間を忘れてその様子を見ていたが、シャルが突然俺を見て手招きをした。
「ん? 何だ?」
近づいた俺にシャルの両手が伸びてきて、巻き貝の
俺用だったのか! まるでベストみたいだ。
「エコー用のハーネスなのです。きつくないですか? 飛んでも邪魔にならないですか?」
「ちょっと確認してみる」
俺はその場を飛び立ち、鍛冶屋の周りを旋回しながら上昇と下降、滑空をしてみた。
……ふむ、邪魔ではないな。
それを確認した俺は、シャルの待つ作業台まで戻った。
「問題ない。しかもそんなに重く無いなこれ」
「可能な限り薄く
手際よく俺からハーネスを外しながらシャルが言った。
「ああ、紐だとプラプラするからちょっと気になってたんだ」
「そうですか」
「あと、なかなかおしゃれだな。それに、いつの間に俺のサイズを測ったんだ?」
「おしゃれですか。きっとラビィが喜ぶのです。意匠はラビィの案ですからね。サイズはラビィがエコーを両手で抱擁した時の形で教えてくれましたよ。それとこの意匠はラビィのチョーカーとお揃いです」
「……」
言葉を失っている俺に、シャルは巻き貝の
「装着完了なのです。後で、エコーが意匠を気に入ったことをラビィに伝えておきますね」
シャルがハーネスの上から背中をポンポンと叩きながら言った。
「あ、ああ」
『エコー! 今良いかしら?!』
突然、パイラからの念話が届いた。
『あ、え? どうした?!』
『急な用事ができたの。申し訳ないんだけど、今からあなたの時間を借りても良いかしら? 何時間か掛かると思うのだけれど』
俺は周囲を見渡した。
シャルは他の工作を始めており、ファングとミラナイは黙々と作業をしている。モモは離れた場所でカタナの素振りをしていた。
『ちょっと待ってくれ』
『ええ、急いでね』
慌てた様子のパイラ。何があったのだろう?
「シャル、俺はパイラの様子を見てくるから、暫く身体を預かっておいてくれ」
「わかったのです。その辺で寝ておいてください」
「頼んだ」
俺は作業台の隅に移動した。そこなら寝転がっても邪魔にはならなそうだ。
『パイラ準備ができたぞ。今から感覚を――』
一瞬、目の前が暗転し上下感覚を失った。辺りの景色が一変し、そこは左右に樹木が整然と植樹された石畳の通路だった。奥には立派な建物が見える。
止まっていた作業台が突然無くなったので俺は落ちない様に慌てて羽ばたいた。直後に足元からそっと身体を支えられる。
「ごめんなさいね。突然呼び出しちゃって」
振り返ると魔法学園の制服を着たパイラが腕を差し伸ばして俺を捕まえていた。
「え!? ここは?」
「魔法学園よ」
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