第85話 警備隊員が駆けつけてきた

 クロスボウの矢を右腰に見舞われ倒れたモモに、俺は飛び寄った。


「モモ! 大丈夫か!」


 倒れたまま両目を閉じ、返事をしないモモ。


 俺はモモの顔のそばに更に寄った。


「おい、モモ!」


 俺は頭でモモの鉢巻が巻かれた額を押しながら言った。


「大丈夫よ、エコー」


 モモが片目だけを開いていった。


「傷は!?」

「大丈夫よ。ちょっとそこをどいてくれる? 敵がちゃんと見えないじゃない」

「お前、矢が腰に――」


 そうだ! まだ屍食鬼グールがもう一匹居る!


 俺は飛び立ち屍食鬼グールの様子を伺った。そいつはクロスボウを投げ捨てモモの様子を伺うようにゆっくりと歩み寄って来ていた。


「来るぞ!」


 モモは右腰に右手をあてたままゆっくりと立ち上がり、左手でポーチから羊皮紙を取り出した。治療用の魔法羊皮紙だ。右手はクロスボウの矢を掴んでいる。


 右手に握っている矢を放り捨てると同時に、背中側から回した左手で広げた羊皮紙を右腰にあてた。


 そこに襲ってくる小型の屍食鬼グール。いや、小型ではなく子供の死体を使って生み出された屍食鬼グールだ。


 左手で羊皮紙を右腰にあてたまま、数歩引き下がるモモ。右手をカタナの柄に添えている。


 力も素早さも一匹目の屍食鬼グールより下回る子供の屍食鬼グールが、左手の指を揃えて伸ばした突き攻撃を繰り出す。


 モモは身体を右に一回転させながらそれを避け、抜刀したカタナを遠心力を利用して屍食鬼グールの右腕の上腕部に叩きつけた。


 腰の傷が痛むのか、片膝を突きうずくまるモモ。一方の屍食鬼グールは右腕を一本失っていたが、それを気にせず再び左手だけで突き攻撃を仕掛けてくる。


「モモ!」


 切っ先を地面に刺した剣で、その突き攻撃を受け止めるモモ。しかし屍食鬼グールは自身の手や腕が二つに裂かれてもその突きをモモに向かって押し出し続けた。


 突き立てたカタナを軸にして、屍食鬼グールの右脇腹を左脚で蹴り上げるモモ。小柄な屍食鬼グールは体勢を崩しながら数歩よろめく。モモが体重を預けたにも関わらずカタナがびくともしないのは、モモが能力を使った為だろう。


 左腕を犠牲にした突きを中断させられた屍食鬼グールは体勢を立て直し、再び肘まで二股に裂けた左腕を腰にためモモに突進してくる。


 傷ついているとは言え、単調な攻撃を何度繰り返してもモモには通用しない。


 最後には子供の屍食鬼グールの首も動から切り離され、モモを窮地に追い込んだ奇襲は失敗に終わった。


 左手で右腰を抑えたままのモモは右手だけでゆっくりと納刀した。


「モモ! 傷は大丈夫か!?」


 俺は辺りを警戒しながら、モモの周りを飛びながら言った。


「え? ええ。……ちょっとエコー、肩に止まって頂戴」

「ん? ああ」


 言われるがままに俺が肩に止まると、モモは唇を俺の方に寄せてきた。


「実は矢は刺さっていなかったの」


 モモが俺に囁いた。


「え!?」

「静かに喋って。誰が聞いてるか分からないから」

「どう言う事だ? あいつが放った矢は確かにお前の腰に突き立ってただろ?」


 俺はモモだけに聞こえる様に囁いた。


「私のギフト能力を知ってるでしょ?」

「鉄を操る能力だろ? それがどうしたんだ」

「矢じりが鉄だったのよ。だから腰に刺さった様に固定しておいたの」


 モモの能力は肌に触れている鉄であれば自由に操れるのだ。だから刺さった様に見せかける固定しておくことは可能だろう。


「だが、飛来してきた矢は腰に当たってたぞ? だったら刺さってしまっただろう?」

「それも、肌に触れた瞬間に止めたのよ」


 モモは石畳の上に転がっている屍食鬼グールの足首を右手で掴むと、道路脇に引きずりながら言った。


「何だと? そんな事が――」

「できるのよ。奥の手だから内緒にしておきたかったけどね。だから今は矢に刺された傷を治療用の魔法羊皮紙で癒やしている振りをしてるの」


 メチャクチャな能力だ! 大抵の武器は鉄でできている。つまり武器での攻撃は殆どモモには通用しないってことだ。


「なんて能力だ……」

「何言ってるの! 鉄が肌に触れた瞬間にその勢いを止める練習をどれだけ積んだって思ってるのよ」


 小型の屍食鬼グールも体格の良い屍食鬼グールと同じ様に道路脇に引きずり出しながら言うモモ。


「すぐにできたんじゃないのか?」

「母さんに弟子入りしてから、ずっとずっとその練習だけをしてきたのよ? すきがあれば棘の付いた鉄球をぶつけられてたわ。食事をしてても寝ててもそれができるまでは、剣も握らせてもらえなかったの」


 まじか……。


「それができるようになってようやくアーケロンから剣技を習ったの。アーケロンは木製の杖を使ってきたし、私も木剣を使わされたわ」


 あ、これは完全に能力を封じられてるな。


「しかし、徹底してるな。よく考えられている。お前の魔女の師匠のバーバラが考えたのか?」

「ええ、私の能力を把握してたみたいだから……」


 二つの屍食鬼グールの頭部を、髪の毛を鷲掴みにして胴体と同じ場所に運び出すモモ。左手はまだ右腰に当てた羊皮紙を押さえている。


「なるほど」

「このことは内緒よ」


 確かに、モモの強みを封じることもできる。要は鉄じゃない武器で攻撃すれば良いのだ。


「パイラやラビィはこのことを知ってるのか?」

「もちろんよ。だからラビィは木製のトンファーを選んだのよ」


 それは違う気がするが……。


「ラビィの爆発の能力も、お前の弱点だな?」

「ええ。ムカつくわ」


 モモは落ちている屍食鬼グールの手首を胴体の有る方に蹴り出しながら言った。


 そこへ騎乗している武装した警備隊の男が二人、街門の方から駆けつけてきた。


「おい! 戦闘していると報告があったがお前か!?」


 一人の衛兵がすこし威圧的にモモに尋ねてきた。


「ええ。もう終わったわよ」


 モモが屍食鬼グールを指差しながら言った。


「こいつは!?」

「先日、警備隊に報告したでしょ? 新種の魔物と思われる屍食鬼グールよ」

「あ、ああ。聞いている。それはお前が討伐したのか?」

「ええ。持って帰って検分してもらえるかしら?」

「もちろんだ。お前も一緒に警備隊の基地に来てもらうぞ」


 それを聞いて思いっきり嫌そうな顔をするモモ。


「私はナタレのモモよ。暫くはセカルドの街に居るからクエスト斡旋所に連絡してもらえれば出頭するわ。だから今日は宿に戻りたいんだけど。あ、これはトリマー副官からの紹介状よ。身分証明になるかしら?」


 モモはポーチから紹介状と冒険者の証の記章を取り出して警備隊員に渡した。腰に当てがっていた羊皮紙は既に取り払っている。


 モモが渡した書状と記章を検分する警備隊員。


「ああ、お前が例の冒険者か。分かった、必要があれば出頭要請するから今日は帰っていいぞ」

「じゃあね。あ、その屍食鬼グールは最近亡くなった人から作られているかも知れないから、それが誰か分かったら教えてね」


 紹介状と記章を受け取るとそう言ってモモは街門に向かって歩き始めた。


「いや、お前が基地に聞きに来いよ!」


 そう言った警備隊員に、モモは振り返りもせずに手を上げて分かったと応えた。

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