第61話 古い小屋に泊まった

  *  *  *


 屍食鬼グールに食い残された胴と右脚だけとなった死体を埋め、ローブで縛った屍食鬼グールの両腕を証拠として持ち帰るモモ一行。体の残りの部分と頭は埋めて、その場所に目印として布を括り付けた木の棒を挿して置いた。


 屍食鬼グールの体からは死臭はしていなかった。血の匂いも無い。例えるなら色の悪いハムの様だった。決して食べたいとは思わないが。


 モモ一行が宿場町に着いたときには太陽は水平線の向こう側に姿を消しており、赤く染まった空とちらほらと星々が見え始めた青黒い空とでグラデーションが描かれていた。


 宿場町の一角を占める警備隊の駐屯拠点の場所を通行人から聞き出したモモは、早速その場所に行った。邪魔にならない場所に荷車を停めたファングとシャルと一緒に、屍食鬼グールの両腕を片手に引っ提げて、駐屯所の建物の前で番をしている隊員らしき男に近づく。


「なにか用か?」


 モモの肩に止まっている俺と、後ろに付いてきているファングとシャルを素早く一瞥した隊員がモモに尋ねた。


「トリマー副長に取りつぎをお願いしたいんだけど。クエスト請負人のモモが来たと伝えてくれる?」


 モモはポーチから冒険者登録記章を取り出し、隊員に見せながら言った。


「ああ。それより何だ? それは」


 隊員はモモが右手にぶら下げている屍食鬼グールの両腕を指さして言った。


「魔物の一部。これに関しても報告したいのだけれど」


 その両腕を肩の高さまで持ち上げ隊員に突き出すように見せるモモ。


「おい! トリマー副長にモモが来たと伝えてくれ!」


 隊員は建物の中に向かって大声で伝えた後、


「それから、もういいから、お前はそれを下げてくれ」


 とモモに言った。


 首を傾げながら笑顔を見せて、持ち上げていた屍食鬼グールの腕をゆっくりと下げたモモだった。


 まったく……、モモは隊員をからかってるのか?


 暫くしてモモ一行は四脚のテーブルが並んでいる十分な広さの部屋に通された。その一つのテーブルにモモ一行が座っている。流石にテーブルの上には屍食鬼グールの腕は置かず、床に置いていた。


「あぁ、モモ。よく来てくれた」


 後ろにもうひとりの隊員を従え、わざわざ立たなくても良いという身振りを示しながら、一人の男が部屋に入ってきた。


 モモ一行は誰も立ち上がろうとはしていなかったがな……。


「こんにちわ。トリマー」


 モモが応える。


「来てくれたか。うちの予備の武具と、この宿場町の周囲の防壁を補修してくれるんだよな」


 トリマーは笑顔で言った。


「ええ、腕の良い職人を連れてるからね。あと、空堀からぼり作りの達人もね」


 モモは隣に座っているシャルとその背後で腕を組んで立っているファングを指しながら言った。


 そのセリフの最後を聞いて、トリマーは僅かに不思議そうな表情を浮かべた。


「あ、ああ、期待している。もちろん今日は遅いから明日から取り掛かるんだろ?」

「ええ。それより……、これなんだけど」


 モモは足元の屍食鬼グールの腕を持ち上げて言った。


「そうそう、見たことがない魔物の腕だそうだな」

「ええ、死体を食う魔物よ。仮に屍食鬼グールって呼んでるのだけれど、こいつを知ってる?」

「見たことは無い、な?」


 トリマーは後ろに立っている連れてきた隊員を振り返った。その隊員も屍食鬼グールの事は知らないとジェスチャーをする。


「斬っても痛がる様子もないし、血も出なかったわ。まるで動く死体みたいなの」

「ふむ。ますます聞いたことがない魔物だな。とりあえずそれを預からせてもらうか?」

「もちろんよ。持って帰る気は無いわ」


 トリマーが隊員に無言で合図をすると、その隊員はモモに近寄り屍食鬼グールの腕を受け取った。


「こちらで調べておこう。警備隊の仕事だしな、流石に冒険者に任せっきりにはできん。ところでだ」

「何かしら」

「君たちは、今晩から何処に泊まるんだ?」

「え? 今から宿を探すのよ?」

「あぁ、それは無理だ。大きな隊商が今日この宿場町に来て宿を占拠してるからな。町の中ではあるが野宿をするしかないぞ」

「え、そうなの? 建物なら何でも良いのだけれど、屋根があるところを貸してくれないかしら?」

「流石に本舎は無理だが……、馬小屋の隣の古くなった物置なら……」


 トリマーが屍食鬼グールの腕を持ったまま待機している隊員に顔を向けると、その隊員は二度頷いた。それを確認したトリマーは


「構わないぞ」


 と続けた。


「ありがとう。野宿じゃないだけでも助かるわ」

「それじゃあ、アエズが案内するから付いて行ってくれ」


 アエズ隊員を指しながらトリマーが言った。


  *  *  *


 その夜、馬小屋の隣の物置を借りたモモ一行。壁に穴が空いていたその小屋の中は、もともと馬具や整備用の道具の倉庫だったらしいが、それらは一切取り払われていた。なんでも新しい物置を作ったから移動したそうだ。


 その隣に荷車を停め、飼い葉の束を幾つも借りたのでそれを小屋の中に敷き、野営用の寝具を広げた。野宿に比べたら立派なベッドだ。不満を漏らすものは居ない、いや、ファングだけが不満げだった。


 シャルがファングをベッド代わりにして寝てくれないからな……。


 そんなファングを慰める様なことはせず、俺は寝る準備をしてからパイラの様子を伺う事にした。


 パイラとシャーロットは馬が引く荷車の荷台に隣り合って座っていた。その荷車に幌は無く、満点の星空が広がっている様子がパイラの目を通して見えた。


『パイラ、今良いか?』

『良いわよ。でもエコー? あなた私の感覚を自由に見ることができるんでしょ?』


 流石にすでにバレてるよな……。


『ああ、だが断ってからの方が良いだろ?』

『気にしなくても良いわよ。私の体はエコーの物も同然だし』

『やめろよ!』


 パイラは性格が変わってきたのか?


『ふふふ。この念話は誰も聞くことはできないから問題ないわ』


 俺が恥ずかしいわ!


『それよりもだ。あとどのぐらいでラマジーの学園に到着できるんだ?』

『今晩を含めて三泊後の昼頃には到着するんですって。早いでしょ?』

『早いかどうかわからん』

『あら、そう? ほら、ゴブリンの群れから助けた隊商に礼金をもらったじゃない? 身支度をして食事を取ってもまだ余裕があったから、この隊商に幾らか払って同行させてもらうことにしたのよ』

『それで、なぜ早くなるんだ?』

『この隊商は、急いでラマジーに届ける荷物があるらしいの。だから夜通しで移動するのよ』

『よく見つけたな。それによく乗せてもらえたな』

『運が良かったのよ。私達が街道を歩いていたら、車輪が穴に嵌って抜け出せない荷車を見かけたので助けたのよ。それがこの荷車。穴から抜け出すのと車輪の補修を魔法でね』


 人差し指で空中に文字を書く仕草をしながらパイラが言った。


『そうか。あと、あまり目立つ行動をしないでくれると助かるんだが』

『あら、大丈夫よ。宿場町で新調した魔導書をめくりながら、ちゃんと鈍臭く唱えたから。それにラマジーに向かうぐらいだから魔法使いは珍しく無いはずよ』

『なら良いが、パイラと一緒に発見した魔法のからくりには、なるべく人を近づけたくないから気を付けてくれ』

『もちろんよ。それにからくりを発見したのは、殆どエコーじゃない。あ! 発見と言えばね、私、呪文スクリプトの中の数字を把握できたわよ』

『本当か!?』

『ええ。距離や量が指定している幾つかの呪文スクリプトを一つ一つ、ギフト能力で確認していったの』

『文字を一つ一つ確認していったのか?』

『ええ』

『それを一晩でか?』

『まさか! ずいぶんと前から少しずつ確認してたのよ』


 パイラの視界に半透明の編集窓エディタが起動された。そこには数文字ずつの文字列のリストが表示されていた。


『これは?』

呪文スクリプトで使う数字を1から順番に並べているの。呪文スクリプトの数字と私達が使っている数字のペアを一行にしてるわ』


 俺にはまだこっちの世界の数字も読めないがな。


『なるほど……』


 編集窓エディタでは呪文スクリプトで使う文字以外も書き込めるのか……。


 まぁ、コメントを記入したり、日常用の文字も出力する魔法も有るかもしれないから、それは可能であって然るべきか……。


『念のため、このリストの中の数字が正しいかもギフト能力で確認したわ。このリストは1から120ぐらいまで書いているの』

『規則性は発見できているのか?』

『もちろん見ての通りよ』


 いや、俺にはこっちの数字の文字もおぼつかない。ざっと見てみると――


 その時、本体の体が誰かに抱きかかえられるのを感じた。


 その突然の出来事に、俺はパイラの視覚と聴覚の共有を解き、鳥の体の視覚と聴覚に切り替えた。


 目に映ったのは、燃えている小屋から逃げ出しているモモ一行の様子だった。

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