第122話 ミノがはしゃいだ

  *  *  *


 ラビィが台座に半分腰掛ける様な体勢で、台座の上に居る俺の頭を撫でていた。しばらく黙っている条件として仕方なくそれを許しているのだ。


 俺の目の前にはミノが胡座をかいて座っている。大きめの花瓶が台座上の近くにあり、火の点った松明を挿してあった。


 ミノとの話に拠ると、こうだ。ミノはパイラの髪の毛をにえとしこの世に顕現を果たした。そのきっかけはラビィと俺がこの祠を開放した事による。


 そもそも神は信者が居なければ、その権能を振るう事ができず、さらには神としても存在できなくなるとのことだ。そして信者の数が多ければ多いほど権能の種類や効果が拡大すると言う。要するに神に集まる信仰パワーだ。このことはミノの残っている記憶に拠る情報ではなく、本能の様に感じとっていることらしい。


 だからミノは今、細々と存在しているだけで、何の力も持っていないのだ。さらに過去の記憶もだ。


 俺とラビィがミノの信者になることを懇願された。しかし二人にはミノに対する信心深さなんてものは無い。一方で顕現した姿を見ているので、存在を認めると言う形で僅かな信仰エネルギーを得られているとのことだ。ミノの存在は俺とラビィにしか認識できないし、触れたり話したりと言った干渉が出来ないらしい。


「なぜ、信者が居なくなったんだ?」

「分からぬ。冷め止まぬ何者かに対する怒りを感じているのだが、それが何なのかもはっきりとしておらぬ」

「何者かに封印された?」

「かも知れぬし、そうでないかも知れぬ……」

「これ以上は何の情報も得られそうにないな……。それで、ミノはこれからどうするんだ?」

「それをお前達に頼みたいのじゃ。この体を提供してくれた巫女を探し出して欲しいのじゃ」

「パイラなら、俺たちも探している」

「それは僥倖ぎょうこう。ではワシもお前たちに同行しよう」

「え? 付いてくるのか?」

「え? お前たちが此処を出ていったら、誰がワシに供物を供えるんじゃ?」

「供物?」

「食べ物じゃよ!」


 胡座を書いている台座の天面を、バンバンと叩きながらミノは言った。


「お前、食事するのか?」

「信仰エネルギーの供給が微々たるもんじゃから仕方ないじゃろうが! それに……」

「それに?」

「いや、いい」

「ミノ、はっきり言えよ」

「ぐ……。分かった。お前たちと離れるとワシの存在自体が危うくなるんじゃ」

「そうか、それは仕方ないな。俺たちはミノを置いていく」

「え!?」


 目を見開くミノ。


「――訳にはいかないな」


 俺がそう言葉を引き継ぐと、ミノは涙目で俺を睨んだ。


「親父、ミノをからかうなんて良くないぞ」


 ラビィがそっと俺の体を突いた。


「ははは、すまんすまん」

「笑い事じゃ無い……」


 ミノは目尻を拭いながら言った。


「じゃあ、早速だが此処を立つか」

「あ、親父、出発するのはシャルとの約束を果たしてからだぞ」


 ラビィが言った。


「ああそうだ。なぁミノ、この台座の上の物だが幾つか貰っても良いか?」

「ワシを連れ出そうとはせんかったくせに、ワシへの供物は持っていこうとするのか?」

「……ダメか?」

「構わぬ。ワシも連れ出してくれるしの……」


 まだいじけているミノ。


「希少な金属で出来ている物とか有るかな?」


 ラビィがミノに言った。


「ワシは鑑定なども出来ぬぞ? 完全に復活できれば可能じゃろうだがな」


 ラビィと俺は、金属製の円盤と、顔の上半分を覆えそうな仮面の様な物を頂く事にした。他のアイテムは変わり映えがしなかったからだ。


  *  *  *


 俺とミノはラビィが操る飛行凧の前部のガラス張りの風防がある小さな空間に居た。俺が飛行凧を操縦している訳では無いが、そこはコックピットの様な場所だ。


 下方が見えるその風防を通して緑がまばらな大地が見えていた。ミノは俺の隣に並んで、電車の窓の外を眺める幼児の様にその様子を食い入る様に見ている。


「はわぁ。ワシは空を飛んでおる! 神の視点のようじゃ!」

「いや、お前神だろ?」

「うひょお。見てみよ、塀に囲まれた街がワシの指でも摘めそうに小さく見える」

「その街は遠くに在るからな」

「あんなにちっぽけに見える街に、何人の人が住んでいるんじゃろうな? その全てがワシの信者になれば……」

「シェルオープン。シャル、聞こえるか?」


 俺はずっと同じ様なことで感動しているミノを放って置いて、巻き貝の魔法装備アーティファクトでシャルを呼び出した。


「聞こえるのです。どうかしたのですか?」

「うぉ。エコーの胸から何やら聞こえてきたぞ? それは何の声じゃ?」

「ああ、シャルか。今話せるか?」


 ミノが何か言っているが、俺は無視して続けた。


「構わないのです。いつもの様に作業室で工作しているだけですから」

「そうか。俺とラビィはエクリプスに向かっている。魔法学園にはパイラは居なかったからな」

「そうですか」

「ふぉぉ。これは魔法装備アーティファクトか? エコーは魔法装備アーティファクトなんぞを持っておるのか?」


 ミノが俺とキャノピーの間に身を滑り込ませ、ハーネスの胸に取り付けている巻き貝の魔法装備アーティファクトを間近に見ていた。初めてカブトムシを見た男の子の様にまじまじと。


「エクリプスに行く途中で、パイラとシャーロットが誘拐犯から脱走した時に避難した遺跡を見つけたんだ。シャルはその話を覚えてるか?」

「もちろんです。パイラがマチェットガンを拾ったところですね。もちろん中に入ったのですよね? 探索したのですよね?」


 シャルが食いつき気味に聞いてきた。


「今話しておる女は何処に居るんじゃ?」

「ああ、入ったぞ。マチェットガンが鍵の役割を果たしていたんだ」

「鍵!? 鍵ですか……。オリュポナイト製の鍵……。なかなか興味深いのです」

「ふぇぇ。良いのぉ。ワシも一つくらい魔法装備アーティファクトが欲しいのぉ」

「ただな、シャル、俺たちは中に入れたが、回収できたのは用途がわからない金属製の円盤と真っ黒な仮面だけだ。他のアイテムは残念ながら木や布製のボロや土器ばっかりだったぞ」

「そうですか。それではエコーとラビィとそれらが無事に戻ってくる事を楽しみに待ってるのです」


 ついでにさっきから独り言を言っているミノも付いてくるがな……。


「これを貢ぎ物としてワシにくれんか?」


 上目遣いで俺に言ってくるミノ。


 俺とシャルの会話の間中ずっと話していたミノだが、シャルには聞こえていなかった。やはりミノの言った通り、俺とラビィにしかミノの事を認識できない様だ。


「重要ではないが、一応シャルに伝えておこうと思ってな。じゃあ切るぞ、シェルクローズ」

「そのような遺跡の中にある物がアタシにとっては重要なんですよ。ちゃんと覚えておいて下さい。シェルクローズ」


 シャルも俺に合わせて巻き貝の魔法装備アーティファクトの通信を切った。


「なぁエコー、いいじゃろ?」

「ほら、ミノ、あれを見てみろ、河に太陽が反射して大地をうねる銀の龍の様に見えてるぞ」


 俺の言葉に、風防の先を見るミノ。


「ふぉぉ! 本当じゃ。大地をうねる龍のようじゃ。うぉ、見てみ! 河口がまるで、大きく口を開いたあぎとのようじゃ」

「そうだな……」


 どうやらミノの興味が巻き貝の魔法装備アーティファクトから外の景色に向かった様だ。


「この龍は双頭の龍じゃな。いや、三つ首じゃ。うぉ、見てみ! 首の一つが……」


 それからずっと、空の旅の時間はミノの感嘆の言葉で満たされた。

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