第121話 ミノが現れた


 マチェットガンをホルスターに仕舞ったラビィが両手を鉄の扉に当てている。


「押すよ?」

「ああ」


 引き開ける取手がないので押すしかないと思われる。


 ラビィが力を込めると、鉄製の重い両開きの扉が開いていく。徐々に外の明かりが暗い通路に流れ込んでいき、通路内の影が少しずつ奥へ奥へと押しやられていった。


「入るよ?」

「ああ。俺の知る限り、この通路の奥に広い空間がある。その中央に台座が有るんだ。マチェットガンはその台座に有ったのをパイラが頂戴したんだ。あぁ、それからパイラとシャーロットが此処で休憩した時に明かりとして使った油壷と松明の残りが有るはずだ」

「分かった。暗闇に目が慣れればボクは明かりは要らないんだけど、親父は鳥目だからね」

「注意は怠るなよ」


 パイラが此処に逃れたとき、その能力でこの祠には危険が無い事を確認している。パイラの能力は、魔法に関することへの質問にイエスかノーかの答えを得られるものだ。魔法が関係していなればイエスともノーとも答えは得られない。つまり、此処には魔法に関する何かが有るということだが……。


 ラビィはゆっくりとその通路の奥に入っていった。だんだんと外の明かりが届かなくなり真っ暗になる。


「お前、見えてるのか?」

「ぼんやりとは見えるよ」


 どんだけ強い視力だよ。


「広い空間は段差が有って低い位置にあるぞ。そこに入って左手前がパイラたちが休んでいたところだ」

「あ、松明みたいなのが落ちてるね。壺も幾つか有るぞ。ちょっと待ってて」


 しゃがみこんだラビィが何やらゴソゴソとしている。しばらくしてラビィの手元で火花が飛び散り、炎が上がって松明に火が着いた様子が見えた。


「これで親父も見れるだろ?」

「ああ」


 その空間の様子は、以前パイラとシャーロットが避難していた時のままだった。その中央には中央に石造りの小さな屋根付きのほこらが据え付けられている台座がある。


 ラビィがその台座に近づくと、その上にはボロボロになった布や木製のお椀、各種生活用品や道具の様な物が置かれている。


「マチェットガンは此処に置いてあったんだ」

「へぇ。そう言えばボクが親父からマチェットガンを貰ったとき、この遺跡に他にも面白そうな物が無いか確認するべきなんてシャルが言ってたよな」


 ラビィが台の上の各種アイテムを物色しながら言った。


「おいラビィ、勝手に手を出すなよ?」

「ダメなのかい?」「そうじゃ、我が供物くもつに手を付けざるべし」


 ラビィの発言と同時に別人の声が聞こえた。


「誰だ!!」


 俺とラビィが周囲を見渡しても人影は見えない。


 すると台座の上のアイテムの一つ、三つ編みされた銀色の髪の毛の束が淡く光り始める。パイラが此処を去る際に切り取った髪の毛だ。ラビィが素早く数回バックステップをして台座から離れ、マチェットガンを抜いた。左手には、腰のケースから取り出した、マチェットガンに弾を込める槊杖さくじょうが握られている。


 台座とラビィの間の床に落ちた松明の炎が、周囲の壁や天井をゆらゆらと照らしていた。


「親父は下がってて」


 装填を終えたマチェットガンを台座に向けてラビィが言った。俺はラビィの後方で旋回し続けている。


 台座の上ではパイラの髪の毛が淡い光の塊となって形を変えていた。徐々にそれは球形になり、縦長の楕円形になり、そして手足がある人型に変わっていく。


 ラビィは、さっき入ってきた出口が真後ろになる様にゆっくりと位置を変えている。


「そこなる信者よ、我がかんなぎを求むるのを助けたまおう」


 台座の上には十センチメートルほどの小さな子供が居た。体を覆うのは、藁の様な植物で編み込んで作られた外衣をまとっている。体に対して大きすぎるその蓑のせいで、まるで手足が生えているミノムシの様だった。その生えている両手両足はボロボロの包帯で巻かれており肌は見えていない。両足を肩幅に広げ両手を腰に当てた格好で、賢そうなキリッとした目をラビィに向けていた。


「え?」


 ラビィが声を漏らした。


「ふむ……。しばし待て……」


 右手を広げて前に出し、目をつぶる子供。俺はラビィに近づき左肩に止まった。


「よし。おい、そこの信者よ、ワシのかんなぎを探すのを手伝う事を許そう」

「なぁ親父、何か言ってるぞ」


 ラビィはマチェットガンを子供に向けたまま、肩の俺に言った。


「おい、お前、何者だ?」


 俺は、パイラの銀色の髪の束が変化して出現した小人の様な子供に言った。


「ほぅ、人の言葉を語る鳥か。お前もワシの信者だな。さすればワシの手足となって奉仕することを許すぞ」

「いや、信者じゃないぞ」

「え!?」


 俺の言葉に驚き、言葉を失っている様子の子供。


「聞こえなかったか? 俺たちはお前の信者じゃない。そもそもお前は何者だ? パイラの髪の化け物か?」

「おお! お前は分かるのか! ワシが巫女パイラの神であることを」


 ん? パイラが巫女だと?


 さらにこいつは、このほこらの神だと言うのか?


「ねぇ君、親父は君の事をパイラ姉さんのの毛から生まれたのかって言ったんだ。様とは言ってないぞ? なぁ親父?」

「……ラビィ、ちょっと黙っててくれ」


 ラビィは不満な様子で頬を膨らませながらも、黙ってくれた。右手のマチェットガンの銃口は、まだ子供に向いていてる。


「お前、神なのか?」

「そうじゃ。そう言うたじゃろ」

「名は?」

「……」


 考え込む様子の台座の上のちっちゃい子供。


「ん? どうした?」

「わ、分からぬ」


 記憶喪失、なのか?


「分からない?」

「顕現したばかりで、信者も居らぬ……。ま、まだ、完全とは言えぬのじゃ……」


 少しへこんだ感じの子供はボソボソと言った。


 子供神様って言うのも何か変だし、不便だな……。


「そうか……、じゃあ、お前はミノな」


 安易だが、蓑にくるまっているし、まあ良いだろう。


「な!!」


 わなわなと震えながら少し涙目のミノがこっちを睨んでいる。


「ん? どうした? 不便だから仮の名前を俺がつけさせてもらった。お前のことはこれからミノって呼ぶぞ」

「ぐ……、これし……、わ、分かった。ミノと呼んでくれ」


 体がわずかに震え硬直したミノが、振り絞る様に応えた。


「そんなに固くなる必要はないしフランクに喋ってくれ、ミノ。じゃぁ、お前の事を詳しく教えてくれないか?」


 顕現したこととか、記憶がなさそうだとか、そもそも本当に神なのかとか、色々聞きたいことが有る。


「わ、分かった」


 それまでミノからわずかに発せられていた、緊張感や敵愾心てきがいしんの様な、俺の鳥肌がザラつく妙な感じが、いつの間にか無くなっていた。


 地面に転がっている松明の炎が随分と小さくなり、その領域を拡張し始めた闇が、俺とラビィそしてミノを包み込もうとしていた。



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