第145話 テロワールに会った
* * *
「おお、ラビィ君、よく来たな。まぁ、帰ってくれ」
もみあげから口周りに繋がった白髪混じりの髭を短く切り揃えている初老の男がダルそうに言った。筋肉質の二の腕までまくり上げたシャツと長ズボンを身に着けている。中折れ帽を被っているので頭髪は見えないが、髭や眉毛と同じく白髪混じりなのだろうか。
塀の内側は、陸上競技場のトラックがすっぽり入ってしまうんじゃないかと思う程の広さが有った。その端に建てられている小屋以外の地面は、いくつもの区画に区切られ、区画毎に様々な植物が植えられている。扉で出迎えてくれた女性は、テロワールから離れた所で両手をへその前あたりで重ねて、此方の様子を見ている。
「どうも初めまして。あなたがテロワールさんですね? ボクはラビィ。バーバラ師匠の六番弟子さ」
笑顔で応えるラビィ。
「ああ、確かに俺はテロワールだ。だから帰ってもらえないか?」
「もちろん、あなたと一緒にね」
「……。バル――、バーバラから頼まれたんだな?」
ん?
「師匠じゃないよ。ミナールから頼まれたんだよ」
「ふむ。で、俺がどんな人間か聞いているか?」
顎をさすりながら問うテロワール。
「もちろん、発酵の術師テロワールだよね」
「
「よかった。間違いなさそうだ。で、出発はいつにする?」
「どこにも行かないぞ。俺はこの楽園がお気に入りなんだ」
「そうなんだ。ところで、馬車は用意した方が良いのかな? それとも歩きでも良い?」
「何の話をしている?」
「移動手段の話だけど?」
「誰の移動だ?」
「あ! もしかしてあそこの女性も一緒に行くのか! ごめん、気づかなかったよ」
「……」
俺は、力づくで言うことを聞かせるしかなさそうな雰囲気のテロワールの能力をこっそり分析することにした。
ラビィとの会話に困惑しているテロワール。仮に片手剣を装備したとする。
攻撃 9
技 10
速度 9
防御 8
回避 9
なっ!
まずいな。これにテロワールの能力が上乗せされると、今のモモではまったく敵わない。
「あ、そうそう。テロワールから手紙を預かっていたんだ。受け取ってくれるよね?」
鑑定結果を知らないラビィは、ポーチから取り出した封書をテロワールに差し出した。
「あ、ああ」
テロワールはそれを受け取り、封を手で剥がすと中身を読み始めた。にこにこしながらその様子を見守るラビィ。
「な、何て、か、書いてあるの?」
ラビィのやや後ろに控えている
「何が書いてあるか、ボクは知らないよ」
「そ、そう……」
ミナールからの手紙を読み終わると、テロワールはそれを折りたたみズボンのポケットに押し込む。
「で? 俺を楽しませてくれるのはラビィで良いんだな? リンカ、すまんがあっちに立てかけてある鍬を持ってきてくれ」
周囲を見渡しながらテロワールがそう言うと、扉で出迎えてくれたリンカと呼ばれた女性が早足で鍬を取りに言った。
「あなたの相手はボクじゃないよ。姉貴が相手さ」
ラビィはテロワールから離れる様に後退りしながら言った。
「ん? 冗談だろ。そっちの嬢ちゃんはまったく戦えそうにないじゃないか。本当にそれで俺を説得できると思ってるのか?」
「少なくともボクよりは腕は立つよ」
「ほう。そうは見えんがな」
リンカから鍬を受け取ると刃の部分を足で踏み、結合部近くで柄を折るテロワール。
「それで? あなたを叩き伏せたらミナールのところまで一緒に付いてきてくれるのかい?」
ずっと俯いているモモより後ろまで退いたラビィが行った。
「いやいや、そりゃ無理だろ。そうだな、俺は一切攻撃しないから、お前らの得物が俺の体に触れたら一緒に行ってやろう。ただし、あの太陽が完全に山稜の影に隠れてしまうまでにだ。何なら二人同時にお相手してもいいぞ?」
テロワールが左手に握っている元鍬の柄だった棒で指さした先には、下端が山稜に触れようとしている薄曇の夕日が見えた。テロワールが何も持っていない右腕を振ると、リンカはテロワールからそそくさと離れていった。
「モモ、準備しろ。あいつはお前よりずっと強いからな。油断せずに全力で行け」
テロワールが言った、自分から攻撃をしない宣言が此方に有利に働くはずだ。どんな条件でも、どんな手を使ってでも、テロワールに言うことを聞かせてパイラを元に戻す方法を入手しなければならないのだ。
「わ、分かった」
モモの肩に止まっていた俺はモモにだけ聞こえる様にそう言うと、ラビィに向かって飛びたった。
仮面を被るモモ。
「変身」
モモの気が瞬時に高まる。その手には打ち払い十手が握られている。
「ほう」
ラビィに向けていた視線をモモに移したテロワールは、とっさに右手に鍬の柄を持ち替え中段で構えた。軽く握った左手は首を守る様に引き寄せている。
「ラビィ、お前はテロワールの攻撃範囲外からいつでも撃てる様にマチェットガンであいつを狙い続けるんだ。だが絶対撃つなよ。常に圏外から攻撃するというプレッシャーを与え続けろ」
テロワール程の使い手なら、ラビィからの遠隔攻撃を認識できるだろう。
悪いなテロワール。二人同時に相手をしても良いと言った自分に後悔しろ。
「え? 姉貴が余裕で勝てるんじゃないかい?」
「いや、予想以上にあいつは手強い」
「分かった」
俺が空中に飛び立つと同時に、ラビィはホルスターから抜いたマチェットガンの銃口をテロワールに向けたまま、爆発能力を利用して後方にジャンプしながら、畑を荒らすこと無くテロワールから離れていった。
「シッ!」
足元の土を十手の先でテロワールに飛ばすと同時に、モモは駆け出した。
「ほわっ! 始まったぞ!」
モモとテロワールの周囲を旋回する俺の背中でミノが言った。
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