第116話 シャルの店に着いた

  *  *  *


「ほら、ようやく見えてきた。セカルドの街だ」


 ラビィの凧でセカルドを目指し野宿をはさみながら飛び続けて数日後、ようやく俺たちはセカルドの街に近づいた。


 街の北側で、近くを流れる川が一旦街壁の内側に入って再び街壁の外に流れ出る。そんな特徴的な街セカルド。俺にとっては約一ヶ月ぶりの帰還だが、ラビィにとって俺がそこに帰ってくるのは五年ぶりとなるのだ。


「ああ、懐かしい気もする」

「五年ぶりだからね。じゃあ、その辺の森に降りるよ」


 ラビィは凧を操り、街道の側の森の中に凧を降ろす。その場で凧の帆布を外して折り畳み、背負った。


 そこからセカルドの街までは徒歩で向かう。俺はラビィの背負子に止まったり、周囲を飛びながら付いて行った。


  *  *  *


 メインストリートから横に伸びる道に入ってすぐの店の前に俺たちは居た。俺の知らない店だ。


「ここがシャルの店だよ」

「え?」

「武具屋と金物屋をやっているぞ。シャルは居るかな?」

「どう言うことだ?」

「普段は鍛冶場に居ることが多いからね」


 ……、話が噛み合ってないな。


 シャルは冒険者を辞めたのか? まぁ、請けてたクエストは技師としての頼まれ事ばっかりだったから、そもそも冒険者じゃなかったな。


「それにしても、よくこんな店を構える金が有ったな」


 大きいとは言えないのだろうが、小さくもない立派な店構えの店だ。そこいらの露店とは格が違う。


「ボクのトレジャーハンターの最初のミッションがそれだったのさ」

「どう言うことだ?」

「シャルからの手紙をすごく南方の街に届けたのさ。昔シャルが居た街らしい。そしたら革袋一杯の宝石を手渡されたんだ。往復にニヶ月もかかってしまったけどね」

「そりゃ、トレジャーハンターじゃなくお使いだろ」

「ははは。ともかく、シャルはそれを元手に事業に手を出していったんだ。もちろんボクも一役買っているぞ。特に軽くて価値が高い物、つまりトレジャーだね。それを遠方から仕入れたりするんだ」

「……、なおさらお使いだな」


 店の扉をくぐり、中に入るラビィ。左手には武器や防具が壁や棚に並べられている。右手には鍋やナイフや鋏、釘や蝶番ちょうつがいや錠も置いてあった。そしてその奥のカウンターには青年に成りたての男がこちらを見ていた。


「ただいま、セバン」

「あ、ラビィ! おかえり!」

「シャルは何処に居るんだい?」

「さっき鍛冶場から帰ってきたばかりで、二階の作業室に居るよ! って、その鳥どうしたの? なんかなついている様だけど」

「今急いでるからさ、おや――じゃなくて、この子については後で説明するよ」


 荷物を降ろしカウンターの奥にそれを置きながらそう言ったラビィは、店の奥の間口をくぐりニ階へとつながる階段を登った。俺はラビィの肩に止まって大人しくしていた。


 そこは中央に丈夫なテーブルを設えている部屋だった。工作などを行う作業場にも見えるが周囲には本棚があり事務所の様にも見える。正面奥には大きめの窓があった。その窓を背に小さな女の子が驚いた様子でこっちを見ていた。シャルだ。鉱工族ドワーフ走矮族アープのハーフで、あれから五年経っているから四十歳を越えている。こっちの世界の種族の多様性はなかなか興味深い。


「シャル! 見てくれ、親父を見つけたぞ!」


 大声でラビィが言った。


「あ……」

「まぁ、言葉が出ないのは仕方ないな。本物の親父だよ!」


 肩に止まっている俺に頬ずりしながらラビィが言う。


「言葉が出ない様だな。元気にしてたか?」


 俺はそう言いながら、ラビィの肩から作業台の上に飛び移った。


「う、裏切り者」


 と、シャルが一歩身を引きながら言う。


「おい! 裏切り者とは何だよ!」

「実際そうなのです。五年前に行方をくらませたじゃないですか。その影響でモモも突然姿を消したからアタシの夢もついえそうになったのです」


 シャルは、見知らぬ地に行ったり見知らぬ物に出会ったり、古代遺跡を探索したりするのが夢だと言っていた。そのためにモモと共に旅をするのだと。


「そりゃ、すまんな。一応言い訳をさせてもらうと、俺もバグ女神に突然拉致られたんだ。そしてこっちの世界に戻されたら見知らぬ森の中で、しかも五年も経っていた。シャルが作ったこのハーネスと巻き貝の魔法装備アーティファクトのお陰でラビィに連絡が取れた。そしてラビィと合流して今ここに真っ先に駆けつけたって訳だ」

「そのバグ女神と言うのは、エコーをこちらの世界に鳥として転生させた、あの女神なのですか?」

「ああ、リスシスと言うらしい。まったく迷惑なやつだよ。一度ならずニ度までも、今度あったら一発殴ってやるんだがな」


 俺は、鳥に転生させられ、五年も拉致したバグ女神に対する怒りを抑えながら言った。


「ところで、ファングはどうしている?」「お嬢、食事を――」


 俺の質問に被せる様に、突然後ろから声が聞こえた。


 振り向くとそこには、左目の上下に刀傷を負ったガタイの良い犬耳族カニスが居た。左腕には赤ん坊を優しく抱えている。


 その一歳ぐらいの赤ん坊はファングに慣れている様で、両手でファングの顎を触っていた。そしてその子の頭には、犬耳がピンと立っていた。


「エコー!」「ファング!」


 ファングと俺の声が重なる。


「今まで何処に行ってたんだ!?」「その赤ん坊は何だ!?」


 再び二人の声が重なる。


「アタシの子なのです」


 後ろのシャルが応えた。


「な……」


 なんだと?!


「まぁ、言葉が出ないのは仕方ないな。本当の子供だよ」


 俺に近づいてきていたラビィが俺を撫でながら言った。


「言葉が出ないぐらいに驚いているのですか? エコーは」


 シャルがそう言った。


 いやいやいや、ロリコンのファングは手を出しても問題なさそうなシャルを狙っていたが、シャルはファングを適当にあしらっていただろうに! いや、むしろ歯牙にもかけず小間使いの様に使っていたはず。それなのに、それなのに、


「う、裏切り者」


 俺は一歩下がりながら意味不明な言葉を吐いてしまった。独身イベントなしサラリーマン時代の苦い記憶が蘇ってくる。


「おいおい、裏切り者とは何だ?」


 ファングが優しい笑顔で俺に向かってそう言った。


 くそっ、ちょっとイケメンなのが、やっぱり腹が立つ。



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