第22話 文字を覚えろと言われた

「ただいま」


 俺は、焚き火を囲んで会話しているモモとシャルがいる場所に意識を戻すと同時に言った。シャルの近くに伏せているファングと目が合ったがやつはすぐに目を閉じた。


「あら、お帰り。姉さんとの話はもう終わったの?」


 白い布状のものをシャルから受け取りながらモモが言った。


「ああ、モモと苦楽を共にして来いだとさ」

「なによそれ、どういう意味?」

「さあな。ところで、それは何だ?」

「これ?」


 モモは布の一部を広げてみせた。そこには何やら文字が書いてある。


「なんて書いてあるんだ?」

「クエスト募集中、よ」

「クエスト?」

「ええ、困ったことなどがあったらお金を貰って解決しますってこと。エコーは知らないかも知れないけどお金が無いと食べ物などは買えないのよ?」


 にっこりと笑いながら言うモモ。


「知ってるに決まってるだろ」

「お金が無いと裁縫や工作する材料も買えないのです」


 シャルも俺に説明してくる。


「働かざる者食うべからずよ」


 人差し指をビシッと俺に向けてモモが言ってきた。


「エコーは働いていないから、食事は抜きなのですか?」


 困った表情を浮かべモモに問うシャル。


「シャル、一応エコーは私の指南役って仕事があるから許してあげて」

「……わかったのです」


 眉をひそめるシャル。


「おいシャル、なんで渋々って顔をしてるんだよ。まあいい、それで? その布をいつ使うんだ?」

「荷車にずっと付けておくのよ。あ、そうそう、旗竿の先はエコーが止まれる様になってるの。よかったわねぇ」


 そのモモの言葉に二度うなずくシャル。


「クエストって勝手に請けて良いのか? なんかクエストを紹介したり、冒険者を管理する組織とかあるんじゃないか?」

「もちろんあるわよ。クエスト斡旋所ね」

「そのクエスト斡旋所はその名の通りクエストを紹介するんだろうが、冒険者も管理するのか?」

「管理って言うより、登録ね。いろんなクエストを募集しても解決できなきゃダメじゃない? だから色々な人を登録してるわ。人探しが得意な人、魔物退治が得意な人、ゴミ掃除が得意な人、ネズミ退治が得意な人、それはもう色々よ」


 ……なんでも屋じゃないか。


「もちろん私も登録してるわ。魔女だったから薬の調合なんかの依頼を請けてたわ」

「魔物退治は?」

「請けてないわよ! 姉さんから許可を出すまで請けるなって言われてたの! お母さんからも絶対に駄目って言われてたし」


 不貞腐れた様子で不平を言うモモ。


 お母さん? ああ、魔女の師匠か。


「でも今は流浪の冒険者よ」


 師匠からも禁止されてた魔物退治を、師匠が居なくなったからやっても良いのか? まぁ、自制心が働く様でも無いしな、モモは。


「冒険者って、つまり魔物退治をするなんでも屋ってことだな?」

「ええ、クエストの中でも暴力や武力で事を解決する人たちを冒険者って呼んでるわ。まぁ冒険者は訳ありな人が多いのは確かなんだけど、そんな人にでも頼らなければならない困り事もあるでしょ? 私は難しいことを考えるのが苦手だから、できれば単純な方法で困った人たちの役に立ちたいのよ」


 モモはそう言うとその場に立ち上がり剣を抜いた。そしてその剣をやや斜め上に突き出しポーズを決めた。右足を前に出し、腰に左手をあて視線はまっすぐ剣の指す方に向けている。


「あ、ああ」

「決して薬の調合が面倒くさいって訳じゃないわよ」


 剣を突き出すポーズを決めたまま、視線だけを俺に向けて言うモモ。


「それも理由だな。パイラが言ってだろ、薬の調合書は暗記しておけって」

「うるさいわね。字も読めないくせに」


 モモは剣を納めながら言った。


「そうだ! あんたが字の読み書きを覚えるって言うんなら調合書の暗記も考えてやってもいいわ。私のお付きとしてちゃんと私のやる気を引き出しなさいよ」

「がんばるのですよ、エコー」


 拳を握りながらシャルが言う。


「シャルもファングも字の読み書きはできるのか? 此処から遠く離れたところから来たんだろ?」

「もちろんだ。道を目指すものは文武二道の達者たるべきだ」


 人型に戻ったファングが胡座をかき腕組みをして言った。わりとイケメンなのが腹が立つ。


「いやそう言うことじゃなく、お前は南の新大陸から来たんじゃなかったか? 同じ言語を使えるのかって疑問なんだが」

「俺は何か変なことを言ったか?」


 ファングがモモに問う。


「犬より鳥の方が変なことを言ってると思うわ」

「狼だ」

「言葉ってのは、大昔にそれぞれの場所で発生するから、同じものになるってのが変だろ?」


 俺はファングを無視して言った。


「知識神が全人種に言葉と文字を教えたんだから同じなのは当然じゃない。歴史のことは姉さんに聞いて。私は興味がないわ」

「……その方が良さそうだな」


 驚いた。つまり全世界で同じ言語を使っていると言うのか。


「そうそう! 次の街では暫く滞在するわよ」


 ギフト能力を使って、剣を器用にくるくると回しながら鞘に納めるモモ。


「そうなのか?」

「シャルとファングもクエスト斡旋所に登録しておきたいし、いくつかクエストをこなして信用も得ておきたいしね」

「信用を得る?」

「ええ、何度かクエストをこなすとクエスト請け負い人の証書を発行してもらえるの。それがあると何かと便利なのよ」

「なるほどね」

「鳥には不要だがな」


 ファングが言った。


「犬にも要らんだろうが」

「いや、人である犬耳族カニスには必要なんだな」


 肩をすくめながら言うファング。


「ファング、エコーをいじめちゃだめです。働いてないから食べ物を与える必要は無いはずだけれど、あれでもモモの指導者なのです」

「お嬢の仰せのままに」


 ファングが右腕を胸に当て、座ったままシャルにお辞儀をした。


 くそ、いつか人間になってやる。

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