第100話 バーバラと宿屋に戻った

 日もとっぷりと暮れ道行く人もまばらになっているが、飲食店の窓明かりは客の喧騒を吐き出しながら煌々としていた。


「協力してくれるって話はついたから、食事をしながらゆっくり話しましょ」

「まずは情報共有だけだぞ」

「あらぁ。まずはお友達からって返事みたいだわぁ。いずれは恋人になるのかしら?」

「例え話でも、そんな変なことを言うな」


 モモ達が待っている宿に向かってバーバラが歩いている。俺はバーバラの鉄製の肩鎧には止まらず、胸の高さまで上げている左前腕に止まっている。バーバラの左上腕二頭筋が歩みに合わせて上下し、まるで側に居る俺に話しかけてきているかの様だった。


「なぁバーバラ、お前の能力では俺の能力はどの様に見える?」

「エコーちゃんの許可なしで鑑定しろって言ってるの?」


 まだ完全に気を許しちゃいないからな。


「ああ、そうだ」


 俺がそう答えると、バーバラは自分の目の高さに俺を持ち上げじっと見つめてきた。


「そうねぇ、刀や剣を上手に使える能力ね。ちょっと待って、今まで観てきた能力のどれよりも複雑みたいだわ。スキルを作りだしたり、能力を付与できたりするみたいだわ。……、本当に変わってるわね」


 スキルを作り出すってのは何となく分かる気がするが……。


「能力の付与だと?」

「もっと詳しく知りたいのなら……」

「まだお前を完全に信頼した訳じゃないからな、今は良い」

「あらぁ、そうなの? あなたの能力の付与と関係していると思うから、一つ教えておいてあげちゃうわ。それでエコーちゃんからの私の信頼度があがると良いのだけれど」

「とりあえず聞かせてもらおうか」

「モモちゃんなんだけど、あの子が持っているギフト能力が一つ増えていたわよ」

「どういうことだ!?」

「元々持っている鉄を操る能力の他に、もう一つ能力が増えてたのよぉ。ほんと驚きだわ」

「その効能はなんだ?」

「刀や剣を上手に使える能力よ。エコーちゃんの能力みたいに複雑じゃないけど……」

「まるで俺の能力でモモに能力を付与したみたいじゃないか」

「私も同じ見解よ。気になるわよねぇ。だったら……」

「いや、良い。能力鑑定の話のついでだ、ラビィの能力は大体把握できているがパイラの能力はどうだ?」

「ラビィちゃんと言えば爆破物質生成の能力ね。その能力は複雑じゃないけど使いにくいのが玉に瑕よね。あら、やだぁ! 女の子よぉ」


 自分のセリフに、何か気づいて喜ぶバーバラ。


「……」

「反応が薄いのね……。まぁ良いわ。パイラちゃんの方だけど、あの子はちゃんと鑑定させてくれなかったわ。大まかな見立てでは、眼の前の魔法に関する真偽を質問して確認することができるってことぐらいね」

「そうか……。ところでクレインは何処に居るんだ?」

「彼女は今、休眠中よ」

「休眠?」

「ええ、ドラゴンは不定期に休眠するのよ。不定期だからいま目覚めるかも知れないし、十年後に目覚めるかも知れないの」


 だから気を抜かずにずっとオカマ言葉なのか……。恋人が嫉妬深いってのも考えものだな。クレインが使い魔側でバーバラが使役側だとすると感覚共有の制御権はバーバラに有るだろうに……。あぁ、バーバラが感覚共有を許さない事でもクレインから咎められるのか。


「それで、今は誰も到達できない場所に潜んで眠ってるわ」

「お前、大変だな……」

「あらぁ。私を信用してくれ様になった?」

「それとこれとは話は別だ。そもそもクレインの話自体が本当かどうかも分からん」


 そんな風にバーバラと話していると、モモ達一行が泊まっている宿に到着した。バーバラは俺を腕に乗せたまま、受付に通じる表口を迂回し食堂に直接通じる出入り口に回り込んだ。俺たちが食堂に戻ると、ラビィだけがテーブルに座っていた。バーバラが連れてきていた二人のマッチョは居なくなっていた。


「あらぁ、ラビィちゃんだけが残ってたのね? 他の面々は引き払っちゃたのかしら?」


 バーバラが給仕を呼びながら椅子を引きラビィの対面に腰掛けた。俺は小皿が置いてあるテーブルの端に飛び移った。その小皿の中には木の実がまだ残っている。食事の途中でバーバラから連れ出されたからな……。


「二人ともお帰り。モモの姉貴は食後の腹ごなしに剣を振りに外に出ていったぞ。シャルは部屋に戻ってる工作の続きをしている。ファングはしっぽを振りながらシャルに付いていったな」


 そう言ったラビィの眼の前には、新鮮な野菜が盛ってある器がある。バーバラは側に寄ってきた給仕に酒と食事を頼んだ。


「ところでラビィちゃん、何をやってるの?」

「モモの姉貴が嫌がらせをしてきて、これを完食しろって言うんだ。じゃなきゃ親父をボクから取り上げるぞって……」


 ラビィは手に持ったフォークで野菜の盛ってある器を突きながら言った。


「ラビィちゃんは相変わらず野菜が駄目なのね」

「うう……」


 人として食事ができるだけでもありがたいと思うべきだな。まぁ、失わないと分からんか……。


 俺は目の前の小皿の木の実をついばんだ。


「ラビィちゃん、さっさと野菜を食べちゃって明日に備えた方が良いわよ」

「明日? いったい何が有るんだい?」

「ミナールちゃんの元から勝手に飛び出したお仕置きを兼ねて、明日一日みっちりと体術の稽古を付けてあげるわ。ラビィちゃんとの稽古は久しぶりだから楽しみね」

「本当!? お袋がボクに稽古をしてくれるんだ! ん? 待てよ、お仕置きを兼ねて?」


 稽古を付けてもらえる喜びと、お仕置きを受ける苦悩を行き来している様子のラビィ。


「ファングちゃんも連れてきてね。稽古を手伝ってもらうから。じゃあ、情報交換を始めましょうか」


 給仕が運んできたジョッキを受け取りながらバーバラが言った。

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