第49話 牢から脱出できた

『パイラ、俺が良いと言うまでお前から念話で話すなよ』

『……』


 パイラからの応えが無い。ああ、念話を使うなと言う指示を既に守っているのだな。


『おい、シャーロット聞こえるか? 聞こえたら返事をしてくれ』


 しばしの間。


『俺の念話はシャーロットには聞こえない様だ。そうするとパイラが発する念話が俺とシャーロットに聞こえているのかも知れない。今までの念話のやり方でシャーロットに聞こえるか尋ねてみてくれるか?』

『シャー、聞こえる? 聞こえたら返事して』


「聞こえますわ、お姉様」


 シャーロットが肉声で応えた。


『と言う事は、パイラ、お前の念話がシャーロットと俺に漏れているって事だ。俺だけに念話をする様に意識しながらもう一度シャーロットに問いかけてみてくれ』

『シャー、聞こえる? 聞こえたら返事して』


 暫く待ってもシャーロットの応答は無かった。


『なるほど。今度はシャーロットだけに念話をする様に意識しながらシャーロットに問いかけてみてくれ』

『……』


「聞こえますわ、お姉様」


 シャーロットが再度肉声で応えた。


『パイラの意識次第で、俺との対話、シャーロットとの対話を制限できるみたいだな』

『その様ね』

『ちなみに、今の「その様ね」は俺だけに聞こえる様に意識したんだな?』

『ええ、そうよ』

『とすると俺の念話はシャーロットに聞こえていないと言うことだな。それとなくシャーロットに聞いてみてくれるか?』


「シャー、頭の中に聞こえてくる声って私だけの声なの?」

「ええ、お姉様は誰かと話している様なんですけれど、お姉様の声だけが聞こえますわ。お姉様は誰かと話しているのかしら? エコーさんと話している様でしたけど」


『それも秘技の一つだと答えておいてくれ』


「ええ、それも秘技の一つよ」


『それと、シャーロットとパイラも念話で話ができると思うんだが、それを確認して以後念話で話す様にしてみてくれるか?』


 暫くの後、シャーロットが首を縦に振った。


 パイラはシャーロットに絞った念話をしたのだろう、俺には聞こえなかった。


『分かった。パイラ、今後の念話は俺との話かシャーロットとの話かを意識しながら使い分けてれ。じゃあ、今度こそ一旦休息しておくから念話を切るぞ』

『ええ、じゃあね』


 そして俺はパイラの感覚の共有と念話を切り、見張りをしているモモの元へ飛んだ。


「あら、エコー。寝てないの?」


 焚き火に薪を足しながら、俺に気付いたモモが言った。


「ああ、もしかしたら今夜の見張り役が出来ないかも知れないから、お前に伝えに来た」

「何かあったの?」

「パイラがな、拉致されて監禁されている」

「え!? 姉さんが!?」

「ああ、これから、いや真夜中になったら脱出する予定だ。その間、パイラと繋がっておきたいから見張りができないんだ」

「大丈夫なの?」

「いざとなったら、俺が出るが……」

「何処に出るのよ?」

「いや、まあ、な」

「どうでも良いけど、ちゃんと姉さんを助けられるんでしょうね!?」

「ああ」

「あんたがそう言うなら、まぁ大丈夫なんでしょうけど。姉さんに何かあったら許さないわよ」

「まかせろ。それとファングとシャルに伝えておいてくれ。俺はずっと動けないからな」

「こっちの心配は要らないわよ」

「もちろん心配していないさ。モモ、こっちにはお前が居るからな」


 顔をぱぁっと輝かせたモモをその場に置いて、俺は荷車の荷台に飛び移った。


 実行に備えて休んでおこう。


  *  *  *


『パイラ、そろそろどうだ?』


 俺はパイラの感覚を勝手に共有しながら言った。目は閉じられているが左手が温かい何かを掴んでいる。シャーロットの手の様だ。


『ええ』


 パイラがゆっくり目を開くと扉の隙間から漏れる明かりだけで照らされている暗闇の部屋が見えた。室内に置かれていた灯火は消えている様だ。


『感覚を共有してくれ。それから、これからはシャーロットとの会話も念話でするんだ』

『ええ、シャーはもう起きてるわよ』

『そうか。じゃあ、早速だが行動するぞ?』


 俺がそう言うとパイラはそっと立ち上がった。シャーロットも続いて立ち上がる。二人は黙って扉の反対の壁に背中をぴったりとあてて並んで立った。


 パイラの視界の端に詠唱窓コマンドウィンドウが起動される。


『まずどっちが跳ぶか分からないからな。シャーロットには二人とも外に出るまでは何があっても動くなと言っておけよ。振り返ったりするのも無しだ』

『もう打ち合わせ済みよ。先に私が外に出た場合も、シャーが先に外に出た場合も言い含くめているわ』


 詠唱窓コマンドウィンドウに緑色の文字列が並ぶ。


『今から起動するのは、どっちの呪文だ?』

『一つ目の術者の聖刻をシャーの聖刻に変更したスクリプトよ。じゃ、行くわよ』

『ああ』


 直後、詠唱窓コマンドウィンドウに緑色の文字列が淡く光った。


 その瞬間、視界が一変し目の前に石造りの壁が現れた。パイラが外に転移したのだ。体を預けていた背中の壁が突然なくなったので一歩よろめくパイラ。


 なるほど、一つ目の聖刻は座標を取得するために使って、二つ目の聖刻は転送対象を指定するために使っているんだな。


『よし! パイラ、次だ』


 詠唱窓コマンドウィンドウにもう一行の緑色の文字列が並ぶ。そしてその文字列が淡く光った。


 パイラが後ろを振り向くと、そこには驚いているシャーロットが立っていた。パイラはすっとシャーロットの元に歩み寄りしっかりと抱き寄せた。周囲は星空が輝いているお陰で真っ暗ではなかった。パイラとシャーロットが閉じ込められていた石造りの頑丈な小屋の向こうには幾つかの建物が見えたが、こちら側には建物はなくすぐそこには森が広がっている。


『パイラ、まずは森に入るんだ』

『ええ、ちょっと待って』


 詠唱窓コマンドウィンドウに更にもう一行の緑色の文字列が並ぶ。そしてその文字列が淡く光った。


『何をした?』

『風の精霊魔法よ。術者の周囲の音を消すの』

『でかした。よくそんなの覚えてたな』


 パイラとシャーロットは森の縁に向かって早足で歩いた。時々しゃがみ込み後ろを見たが、追っ手は現れなかった。森の縁に到達したパイラとシャーロット。一本の木の陰に隠れ暫く囚われていた集落を見ていたが気づかれた様子は無い。


『よし、逃げるか』

『そうね』

『ここを離れるぞ。怪我をしないように気をつけろ。足を捻挫なんてするなよ』

『足元が暗いから、どうしても速度が落ちるわね』

『日が登るまでは慎重に行こう』

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