第25話 オーガーを討伐した

 モモはキビナッツを一つ腰の袋から取り出し、口に含んだ。そして一粒親指で弾き、ファングの方に飛ばした。器用に口でキャッチするファング。自分だけ貰えないことに頬をふくらませるシャル。


「行くわよ!」


 俺を肩に乗せたモモ、そしてファングにルーラルは、シムとシャルを後方に引き連れながらオーガーの居る場所に向けて進んだ。


  *  *  *


 木の陰に身を潜めるモモ、発気はっきの技とともに抜刀済みだ。オーガーを挟んで反対側には人型のファングがモモ同様に身を潜めている。ルーラルがモモから十メートル離れた左方、そしてそのやや後方にシムが弓に矢をつがえて木に身を隠していた。


 空を飛びオーガーの背後に回った俺。やつがあらぬ方向に鉄化した木片を投げた直後に


「おい! こっちだ!」


 と言ってやつの気をこちらに向けた。


 オーガーがゆっくりと俺の方に振り向くと同時に、モモとファング、ルーラルが木の陰から飛び出す。打ち合わせ通りだ。近づいてくる三人に気づくのが僅かに遅れたオーガーは、灌木を引き抜きルーラルに向け投げつけた。体全体を思いっきり使って回避するルーラル。今までルーラルが居た場所に鈍い音を立て転がる木の形をした鉄の塊。見た目は木だがその重量は間違いなく鉄だった。その塊が転がって若い木にぶつかった際、その木は派手な音を立てて折れた。


 倒れた木から少し離れた茂みの影から一本の矢がオーガーに向かって飛来する。シムが撃ったのだろう。


 その矢は外れたが、モモより先に接敵したファングの正拳突きがオーガーの左腰にめり込んでいた。


 咄嗟に左腕を後方に振るオーガー、ファングはそれを受け止めようとせず、バックステップしてかわした。バク転を繰り返し距離を取るファングに対して、足元に転がっている丸太を手に取りファングを追う体勢になるオーガー。その隙にモモの一閃がオーガーの背後に振り下ろされる。体毛の奥、右肩から左腰にかけて薄桃色の傷口がばっくりと開いた。


 オーガーの苦悶の咆哮が森の大気を満たす。


 腕に抱えた丸太をモモに向けて横薙ぎにするオーガー。その丸太がモモにぶつかる直前に鉄に変化する! モモは右手に持った剣を手放し向かってくる鉄の塊に向け手のひらを向けた。


「「モモ!!」」


 俺とファングの声が重なる。


 モモが棒状の鉄塊に手を触れた途端、オーガーを中心軸としたその水平軌道が急に角度を変え、天に向かって跳ね上がった。


「ファング! 今よ!」


 ファングがオーガーに向けて走り寄る。抱えていた鉄丸太を手離さなさなかったオーガーは、その重量を御しきれず仰け反っていた。ファングの左右の連打がオーガーを震わせ、上から振り下ろした変則的な回し蹴りがオーガーの胸を打った。地面に打ち付けられるオーガーの体躯。後方に吹き飛んでいく鉄化した丸太。


 そこに駆けつけたのはルーラル。鍔を左手に持ちながら両手で突き出した剣の切っ先が、オーガーの右脇腹に深くめり込んでいく。


 声にならないオーガーの咆哮が吐き出される。と同時にその首にモモの剣が突き立てられた。モモは手で柄を抑えながら、つま先が鉄製のショートブーツで剣の刃を力強く蹴った。胴体から力任せに分離されたオーガーの頭部が数メートル転がっていった。


「ふぅっ」


 一息ついたモモは、柄を上、刃を地面に向けた剣を逆手で持ち、目を閉じオーガーに一礼した。そして剣を血払いすると、複雑な軌道で剣を振り回し鞘に納めた。その視線はオーガーの死体からずっと離されることはなかった。


 木の陰から姿を表しこちらに近づいてくるシム。その後ろにはシャルが付いて来ていた。


「お嬢」


 その姿を見たファングは、動かないオーガーにはまったく興味を示さず、まだその辺りにまだ危険があるかの様にシャルに寄ろうと駆け出した。


「終わったな」


 ルーラルがオーガーから引き抜いた長剣を鞘に納めながら言った。


「……何言ってるの? さっさとスーサスを探しに行きなさいよ」


 モモはオーガーが居たせいで先に進めなかった森の奥の方を見もせずに指差して言った。その目はオーガーから離さない。


「ああ」

「こいつは私達が片付けておくわ。あと今回の報酬は後からきっちりもらうわよ。クエスト斡旋所に通えばあんた達には会えるんでしょ?」

「ええ、そうね。ありがとうモモ。ルーラル、行きましょう」


 シムがルーラルを促すと、スーサスを呼ぶ声を伴いながら二人は森の奥に姿を消した。


「……さてと。ねぇファング! こいつをさっさと埋めて頂戴。穴を掘るのは得意でしょ?」

「分かった」


 目を擦りながら言ったモモに対して素直に応えるファング。


 ん? モモは眠たいのか?


「ファング、オーガーの角を回収して欲しいのです」

「お嬢の仰せのままに!」


 シャルの要求にも応じるファング。


「あとシャルとエコー、スーサスの遺留品があるかも知れないから少しだけ周辺を探ってみて頂戴。危険があるかも知れないからあまり遠くに行かなくて良いわ」

「ああ」「分かったのです」

「悪いけど私はちょっと疲れたから休むわ」

「どうした?」

「大丈夫、さっきギフト能力を思いっきり使ったでしょ。その影響よ……」


 モモは木の根元に腰掛け目をつぶった。


  *  *  *


 俺たちはスーサスの遺留品を見つけることができた。折れた槍、引きちぎられた防具や衣類、ポーチなどなど。だが、スーサスの姿は見えなかった。シャルと俺はモモが休んでいる場所にそれらを持ってきた。オーガーを埋め終わったファングも揃って居る。その間休憩していたモモは、今は起きていた。


「この様子だと……」

「ええ、絶望的ね」


 俺の言葉を引き継いでモモが言った。


「ポーチと槍の穂だけ持ち帰るわよ。他のはオーガーと一緒に埋めておけば良いわ。それから私達は街に向かうわよ」

「良いのか?」

「ええ、ルーラルもシムもいずれは街に戻ってくるでしょう。今から森の奥に行った彼らを探すのも大変でしょ」

「そうだな」


 そして俺たちは途中に置いてきた荷車を回収して街に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る