第六話 これが俺の戦い方だ



「いたな」


 リリーアたちを野営地近くの空き地に留め置き、ライナーは単独行動を取っていた。


 目的は偵察だ。敵の戦力を把握して、どのような戦い方が最適かを考えるまでが彼の仕事である。


 群れから外れてうろうろしている個体を挑発して釣り出し、各個撃破したり、注意を引いて群れごと連れてきたりと、状況によって対応策は変わってくる。


「手前に五匹、奥にも数匹」


 狩人のスキル《潜伏》や、鳶職人で鍛えた《高所作業》などを併用して、ライナーは木々の間を飛び回っている。

 現代人からすれば、忍者のような動きだ。


 さて、しばらくの間見つからないように偵察を続けていたライナーは、ここで木から降りた。


 音を立てないように近くの茂みへと身を隠すと、そのまま忍び歩きでオークの巣から離れていく。


 依頼書にあった情報よりも少し数が多いというくらいで、上位種のハイ・オークやオーク・ジェネラルといった存在はいない。

 これならおおむね想定の範囲内と言えるだろう。


 偵察を終えたライナーは一旦来た道を戻り、蒼い薔薇のメンバーに敵情を報告する。


「獲物の数も質も、ほぼ想定通りだ。予定通りここに釣り出す」

「うーん、付いて行こうか?」

「一人でいい」


 一撃でも食らえばお陀仏なライナーを心配して、セリアは同行を申し出たのだが、ライナーはそれを断ってから、再び獣道を進み始めた。

 

 予想外の事態が起きなければ群れごと引っ張っていく手筈になっていたので、早速彼は行動を開始する。


「……よし、仕掛けていくか」


 仕掛けると言っても、攻撃ではない。

 彼は戦場予定地に近い場所から順に、罠を設置していった。


 自分を追ってくるオークが通らざるを得ない場所には、木と木の間に細目のロープを括り付けて、足を取られるようにする。


 転んだ先には、顔に刺さるような位置に、削った木の枝を刺しておく。

 歩きやすい獣道にはまきびしを設置して、機動力を殺す。


 罠が続けば下を向いて歩くようになるので、次は目線の位置に鋼糸を張り、目潰しを仕掛けるなど。


 一つ一つは小さくとも、重ねて多少のダメージを与えると共に、なるべく時間をかけて目的地に到着するように配慮をしていた。


 目標タイムは、釣り出してから到着まで十二分だ。


 スタートからゴールの時間までキッチリと計測していくのは、性格の問題ではない。

 彼としてはいつも通りの作戦を打つためだ、


「これだけやれば十分だな。風上は向こう側か」


 彼はオークの巣を時計回りに一周して、風上を取った。

 そして、腰に吊るしていた革袋を手に取り――叫ぶ。


「うぉぉおおおおおおッッ!!」

「プギィ!?」


 雄叫びを上げながら、巣の中心に乱入した。

 攻撃力は皆無にも関わらず、堂々の正面突破だ。


 叫びながらド派手に殴り込んで来た男の姿を見て、魔物たちの動きが一瞬止まる。


 そしてライナーは横断がてら、手にした革袋を空中へ放り投げて、鞄から取り出した別な革袋を、手に取っては放り投げてと繰り返していく。


「風魔法……《ウィンド》」


 仕上げに、誰にでも使えるような初級の魔法を使って、袋の中に入っていたを周囲へバラ撒いた。


 当然オークたちは一斉にライナーへと殺到する。石を投げたり、木のこん棒を振ったり、掴みかかろうとしたりと袋叩きを目論んだ。


 それらの攻撃を軽快な身のこなしで避けてから、ライナーはオークを挑発する。


「さあ、鬼ごっこだ。しっかり付いて来いよ」

「プギャァアアアア!!」


 ライナーが本気で走れば、オークなど簡単に置き去りにできる。

 だが、それをやってしまえば作戦失敗だ。


 彼に求められるベストとは、「追いつけそうでギリギリ追いつけない距離」を保ち続けることである。


 あと一歩で手が届くとなれば、捕まえようと手を伸ばしたり、飛びかかかったり、武器を振るおうとしたりする。

 ライナーを注視して足元への注意が散漫になるほど、罠にかかりやすくもなる。


 また、あと一歩あと一歩と追いすがり、全力疾走を強いられた敵は体力を余計に消耗するので、味方と戦う頃にはヘバっ・・・ている・・・という算段だ。


「おっと、そんなのろい攻撃には当たらんよ。ほれほれ、どうした」

「プギィィイイイイ!!」


 恐らく拾い物であろう、オークが投げてくる錆びた刃物を避けながら、ライナーは鬱蒼うっそうとした森を駆けて行った。






    ◇






「さて、ライナーは上手くやるかね?」

「問題ないでしょう。彼はこの辺りに土地勘もあるでしょうし」

「でもさぁ、オークの巣に一人で挑発を仕掛けるって、大丈夫なの? 攻撃力は無いんでしょ?」


 女性陣は開けた広場に陣取り、悠々と待っていたところではあるが、ライナーが出発してから一時間が経った。


 そろそろ戻ってくるかと、森の警戒を始めてからは十数分が経った頃。リリーアたちの前方にある木々が騒めき、鳥が数羽飛び立っていくのが見えた。


「……近い」

「だな。ボチボチ始めるか」

「ええ。行きますわよ!」


 身構えた直後に、茂みからライナーが飛び出してきた。


 続いてオークも続々と姿を現したのだが、見事に全員が擦り傷だらけだ。

 酷い方だと、片目が開かない状態になっている者もいる。


「よし、時間通りだな。後は任せた!」

「ええ、私たちに――え? 早っ!?」


 オークたちが追いつくか、追いつかないかの速さで走っていたライナーは。

 仲間の姿を確認するなり、急激に足の回転数を上げた。


「《疾走》、《全力疾走》、《全力全開》、《荒地走破》、《スプリント》」


 あらゆるスキルを総動員し、数秒前までの三倍速くらいの速さで味方の方に走っていく。


 そのまま横を通り過ぎて、広場を突っ切って反対側の茂みに飛び込み――姿が見えなくなった。

 残された仲間たちは唖然とするばかりだ。


「そりゃ戦闘は私たちがやるけどさぁ……あそこまで逃げる? 普通」

「まあそう言うなよベアトリーゼ。ここからは私たちの出番だ! 行くぜ!」


 まずは切り込み隊長のセリアが大斧を振りかぶった。

 遠心力を味方に付けながら、大上段からの一撃でオークに攻撃を仕掛けていく。


「まずは一発――って、あ、あれ?」

「セリア! 何を呆けていますの!」


 オークの腕を断ち切った後、勢い余って上半身が泳いでしまい、呆気に取られた顔でたたらを踏むセリアの横をリリーアが通り過ぎた。


「へ?」


 続いて彼女も、横に居たオークを剣で切り付けて――素っ頓狂な声を出す。


「どうしたの、二人とも!」

「え、いや、これはさぁ」

「何と言えばいいのでしょう。……もろすぎませんこと?」


 オークは生命力がウリの魔物で、しぶとさは一級品だ。


 通常であれば身の丈ほどある斧の一撃を食らっても致命傷にはならず、上位種ならば捨て身で反撃してくる余裕もある。


 だが、二人が攻撃したオークは一撃であっさりと沈んだ。

 やられたふりでも死んだふりでもなく、立ち上がる気配は一切無い。


「気味が悪いな。粘土でも切ってるような感触だった」

「同じくですわ」

「……ねぇ、あのオーク、口から泡吹いてるんだけど」


 見れば、後続の個体は丸一日走り通したくらいに消耗していた。

 口から泡を吹いていたり白目を剥いていたり、時折痙攣けいれんしていたりと、明らかに正常な状態ではない。


「来るまでの間に、毒をバラ撒いてきた」


 おかしな様子の敵を見て、蒼い薔薇の一行は攻撃の手を止めたのだが、ライナーは茂みの中から事情を説明する。


「微弱な神経毒にマヒ毒。気管支炎を引き起こす劇薬に、幻覚を見せる胞子。それから目を乾燥させる刺激物を粉末状にしたものと、傷口を腐らせるゾンビ系毒。後は途中のトラップにも出血毒なんかを仕込んだ」


 ライナーは途中でまき散らした粉だけでなく、罠の方にも盛りだくさんに仕込んでいた。

 実は何体かは、道の途中で力尽きている。


「毒が回り切る時間まで計算済みだ。安心して戦ってくれ」

「ええ……」


 革袋の中身をまともに食らった個体は、息も絶え絶えだ。

 誰も彼も、既に満身創痍であり、ほぼ死に体になっている。


 わざわざB級の冒険者を呼んで来ずとも、その辺の子どもが小突こづけば倒せそうな雰囲気すらあった。


「え、あの。攻撃手段が無いのでは?」

「攻撃スキルはほとんど無いし、防御力も低い。魔法も初級までしか使えないが……攻撃方法が無いとは言っていない。これが俺の戦い方だ」


 堂々と言い切るライナーは、いつでも走り出せる態勢で、茂みから頭だけを出している


「事前に教えて欲しかったですわ、もう……」

「戦う場を整えるまでが仕事だと言ったはず。俺はその状態からでも、一撃食らったら致命傷になりかねないんだ。さあ、早く処理してくれ」


 ここまで敵を弱らせても、ライナーには女性陣に向けて声援を送ることしかできない。


 素早さ以外が本当に貧弱な彼は、半死半生とは言えど、オークからの攻撃を受ければ戦闘不能になる可能性が高いのだ。


 手には石ころを持っており、いざとなれば援護射撃はするつもりだが、基本的には逃げの態勢だった。


「……取り分、どうしましょうか」

「……どうしましょうね?」


 ほとんどライナーが倒したようなものではあった。

 だが蒼い薔薇としても、報酬金が入ってこなければ相当厳しい財政状況にある。


 活躍した以上、ライナーの取り分を増やさなければいけないとして、分け前の配分は切実な問題でもあったのだ。


「よく分かんないけど、倒していいんだよな?」

「いいんじゃない? 《アイス・ランス》」

「……」


 世知辛い問題に悩むリーダーと副リーダーを尻目に、他の三人はあっさりとオークの群れを退治していった。


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