第九十三話 今の俺にできる最速



 敵に囲まれ、一心不乱に戦い続けたライナーだが。空の敵も数が多い。


 予想外の援軍を相手にして、更に一時間ほど戦い続けた頃。不意に大精霊が肩を叩いて、ライナーを呼ぶ。


『そろそろ下の道が突破されるぞ!』

「……忙しいな、まったく」


 上空の敵に気を取られている間にも、下の兵は歩みを進めている。

 彼らは悪路で疲労が溜まることもないので、人間よりも遥かに速いペースで動いているようだ。

 この状況に対処するため、ライナーは一度限りの大技を撃つことを決めた。


「でも、空を飛べる敵を片付けてからだ」


 そう考えて、まずは敵の中心を目指していく。


 中央にいれば敵は勝手に寄ってくる。そんな狙いで敵の攻撃を躱し、バレルロールをしながら、敵のど真ん中に進軍していった。


 ライフルへの装填を自動から手動に切り替えて。

 ライフル銃以外にも、空中に出現させた弾丸を風で弾き飛ばす用意をする。


 ――上下左右。横に三百六十度、縦にも三百六十度。



「一体残らず、地に堕ちろ!」



 照準も定めずに、全方向に向けての一斉発射だ。


 敵のど真ん中にいるのだから狙いを付ける必要は無いし、恐れを知らない敵は勝手に近寄り勝手に撃墜されていく。


 十分ほど、ただ敵が撃墜されるだけの時間が続き。

 狙い通りに敵の航空戦力をまとめて撃ち落としたが、ここまでが下準備だ。



 敵の数が減ったことを確認したライナーは、全てのライフルを背負い直してから。

 身にまとう風の量と密度を、十倍以上に引き上げた。


「多分これが、今の俺にできる最速」


 緑色の輝きに包まれたライナーは、東を目指して。己の身体・・・・を弾丸に見立てて射出する。


「目指す先は、極超音速ごくちょうおんそくの世界だ。さあ、行――く――ぞ――――ッ!」


 ライナーが放った気合の声は、その場へ置き去りにされた。


 音速の壁を破り。

 音速の二倍速へ到達し。

 生身の身体で音速の三倍速へ達する。


 パン! パン! パン! と三回ほど、更なる加速による炸裂音を轟かせながら。彼は低空飛行を始めて、敵を一気に蹴散らして行く。


「――――うぉぉぉぉおぉおおおお!!!!」


 彼が通り過ぎた後にやってくるものは雄叫び。そして、遅れてやってきた衝撃波・・・だ。


 速く。

 もっと速く。

 彼の考えはもうそれだけだ。


 音速の五倍を超えて、更に加速した。

 音速の六倍を超えて、ライナーはただ最高速度を目指す。


 彼が駆け抜けた後にはソニックブームが巻き起こり、衝撃でバラバラになった骨が積み重なっていくし。

 進撃の余波で森の木々が薙ぎ倒されていった。


 一時的に世界の理から外れた彼の身体は無事だが。

 崖崩れが起きて周囲の地形が変わり、通り過ぎた空間が摩擦熱で燃えていく。


 今のライナーは。ただ移動するだけで全てを破壊する、破壊神のような存在になりつつあった。


 その上、風の精霊術を使い熱と衝撃波を増幅させていたので。通った後には草木の一本も残さないような惨状が生まれている。



「――ぐっ! はぁ……はぁ……。どうだ、最低でも十万くらいは削れただろ」


 最高速度に到達してから数秒後、彼はようやく止まった。

 停止した頃には、敵は遥か後方に置き去りになっている。


 そして地上に降りたライナーは敵がいた方角を気にしながら、深呼吸で息を整えていく。


『やり過ぎだバカ野郎! 本当に死ぬぞ!』


 少し遅れて追い付いた風の大精霊は、彼に纏わりついて飛び回り。

 怒ったように身体を明滅させていた。

 が、しかし。


 ――ライナーの様子は、少しおかしかった。


「制御は完璧だから、死ぬことはない。……しかし、く、ふふっ、はは……!」

『何がおかしいんだよ?』


 またいつものアレ・・が始まったのか。

 そう思いつつ大精霊が尋ねれば、果たして予感は的中ビンゴだった。


「マッハ7は超えたはずだ。生身の人間が、だぞ? かつてこんな速さで飛んだ人類はいないはずだ」


 ライナーは疲労を隠せない様子ではあるが、それでも満面の笑みを浮かべている。


「いや、なんならドラゴンよりも速い。間違い無く、俺が最速だ。……ははっ、ははははは!」

『……ああうん。お前ともそれなりの付き合いだけどさぁ。そこはオレ、ちょっと理解できないかなーって』


 速いことがそんなに嬉しいのか。

 ライナーはしばらく、腹を抱えて笑っていた。


 それを尻目に大精霊が周囲の様子を探れば。地形を変えるほどの攻撃をしたのだから、衝撃波に当たっていない敵も地面を転がっている。


 それに道は埋まって、まともに通れるような状況でもなくなったようだ。

 行軍速度は落ちたはずなので、時間稼ぎには十分だろう。


『遅滞ってやつは完了だろ? 一度退こうぜライナー』

「いや、まだだ。きっちり全滅させないとな」


 このまま帰ってもいいところではあるが――ライナーは継戦を選ぶ。


 確かに奥の手を切るのは、予想よりもかなり早かった。

 しかし航空戦力が消えたのだから、後は持久戦で何とかなるはずだ。

 そう考えながら、ライナーは再び宙に浮かび上がっていく。


「半分以上は削れただろう。もうひと踏ん張りだ」


 本来ならば、ライナー自身が燃え尽きていなければおかしい速さで飛んだ直後だ。

 精霊の力で物理法則を超えたと言っても、体力と精神力は大幅に削られた。


 本音を言えば今すぐベッドで寝たいくらいに疲労していたが。

 ここで敵を全滅させなければ、何人が犠牲になるかも分からない。


「この先は、一兵たりとも通さない。さあ、第二幕といこうか」

『……はぁ、頑張るねぇ』

「この劇場に観客は一人しかいないんだ。最後まで付き合ってくれよ?」


 遠くを見れば、難を逃れて立ち上がり始めたアンデッドの姿もちらほらと見られる。


 迫り来る敵を一掃するため。

 軽口を叩いたライナーは武器を構えて、再び敵の迎撃態勢に入った。





    ◇





「ふぅ……。これで、終わりか」

『お疲れ。ホント、よくやったわ』

「九時間ジャストだ。想定よりも遅いが、まあ上出来だろう」


 その後も激戦は続き――立っている敵が見えなくなった頃には夜が明けて、朝日が昇っていた。

 流石に疲れ果てたのか、ライナーは木にもたれかかって寝ようとしたのだが。


『残党が来たらどうすんだよ。しかもまだ春先だぞ。こんなところで寝たら風邪引くだろうが』


 彼の顔面を、大精霊はバシバシと叩いた。

 ボールが何度も顔面に叩きつけられているような恰好になるので、ライナーは当然眠れず。


だるい。動きたくない。小休憩してから帰還するのが最効率――」

『オレが止めたのを無視したのはライナーだろうが。ほら、さっさと飛ぶんだよ』


 どうしても寝かせてもらえないので。

 ライナーは重い身体を引きずって、しぶしぶ凱旋することになった。


「北と南はどうなったかな」

「下級精霊によると……南の方は大人しいみたいだな。北の方は数が増えてきているみたいだ」

「そうか。早く行かないとな。それにしても……ふふっ」


 ライナーが思い出し笑いをしているところを見て、風の大精霊は心底引いていたのだが。


「次はマッハ8を目指そうか。目指せ。時速1万キロ超え、だな。……待てよ、限界はまだまだ先だ。これならマッハ13くらいまでは――」


 身体に負担がかかるから止めろと言っているのに、ライナーはまだ上を目指すらしい。


 全く反省していないスピード狂に何も言えないまま。大精霊は黙って彼の後をついて行った。




― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 マッハ1(音の速さ)=約、時速1234キロ


 今回の飛行速度(マッハ7)=約、時速8600キロ


 参考:マッハ3を超えると、大抵の飛行機、戦闘機は熱でバラバラになります。

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