第四十三話 動き出した人たち



 酔っ払いが、二人に増えた。


「ああもう! 人生うまくいかねぇなぁオイ!」

「領主になったんだもんね、そりゃあ見つからないよね!」


 マーシュが飲んだくれている姿はここ数か月の間、毎日のように目撃されていた。


 しかし今日はテッドも仲良く泥酔しており、ストッパーが不在になっている。



 何とかしろよという視線に晒された女性陣だが。

 シトリーはぐでっとテーブルに突っ伏しているし、ジャネットはもう我関せずと、黙々と食事を続けている。


 パーシヴァルは大変居心地が悪い思いをしているのだが、割り込む隙が見つからないでいた。


「なんでライナーがドラゴンスレイヤーのA級冒険者準男爵領主様になんてなってんだよ。世の中不公平だ!」

「そうだよ! 街に居ない人間を必死に探してた、僕の努力は何だったのさ!」


 愚痴の方向も苛立っている点も全く違うのだが。ライナーに踊らされたところだけは共通している。


 微妙に噛み合わない愚痴を延々と言い合っている二人はさておき、パーシヴァルは困った様子でオロオロしているのだが。




 冒険者ギルドの受付カウンターの方では、もっと動揺している女性がいた。


「え、転勤ですか?」

「そうそう。バレット準男爵から君を回してくれと要請があってね。まあ多少不便な土地ではあるだろうが……おめでとうアリスくん。栄転だよ」


 中年の男――ギルド長がアリスに三枚の紙きれを手渡したのだが。


 一通は彼女を副ギルド長としてライナーの領地に転属させるという辞令。

 もう一通はこの辺り一帯を治める領主からの添え状だった。


 貴族のライナーから名指しでヘッドハントをされた挙句、管轄の領主から許可――どころか後押しがあり。

 冒険者ギルドの本部から正式に発効された異動の命令書がある上に、ギルド長からのGOサインが出た。


 ライナーが自身の働きを評価して、手元に人材を囲おうとしたのだろう。

 そして既に話はついているようなので、転勤が不可避の状態なのだろう。


 彼女も話や事情はすぐに大体理解した、が。


「ライナー……準男爵の領地にはありませんよね? 冒険者ギルド」

「これから作るんだよ。開設の許可は下りたみたいだし、建物の建築も始まったみたいだ」

「……あの、ギルド長はどなたが?」


 冒険者ギルドも色々な利権の中で動いているので、ギルド長は本部の意向で指名されることが多い。

 副所長には実務経験のあるベテランを据えて、所長は天下りしてくるのが一般的だ。


 アリスが次のギルド長に収まりそうな役員の顔を思い浮かべるが、当たりが二割、外れが八割と言ったところだろうか。


 ただでさえ見知らぬ土地で、やったことのない上役のポジションに就くのだ。

 せめて上司くらいは当たりであってくれと彼女は願ったのだが、ギルド長は穏やかに笑いながら手を振った。


「ギルド長選びがいつ終わるかも分からないから、暫くは君に采配を振るってもらうことになるんじゃないかな。私の時もそうだったし」

「ええと……あの。では、私が責任者ということで?」


 空いたポストには当然お偉いさんのコネで派閥の人間が送られてくるのだが、立ち上げてすぐのギルドでは中々担当が決まらない。又は、やって来ない。


 運営状態を見てコケそうなら敵対派閥の人間を送り込もうとするし、成功しそうなら味方を送り込もうとする。


 ついでに、経営が失敗したら自分の責任だが。

 自分が領地に赴任する前に事件があったとしても、自分はその場にいないのだから責任を取らなくていい。


 だから何かと理由を付けて、勝ち目が見えるまでは行かない。


 アリスはそんな事情を知らないのだが。

 そんな思惑が絡み合って、少なくとも向こう半年は彼女が実質的なトップになる。


「移民の募集も来ていることだし、ついでに部下も雇ったらどうかね? ……ああ、できれば引き抜きは勘弁してほしいけど」


 大変だろうなぁとは予想しつつも。

 これも務め人の定めだよね。などと思いながら、ギルド長は暢気に告げた。


 しかしギルド長は分かっていない。

 この要請がからあったものなのかを。


 三通来た手紙のうち、最後の一通はライナーからアリスへ向けられた個人的な手紙だったのだが。

 そこには、いきなり呼びつけたことに対する謝罪と、来月中にギルドを開設したい旨が書いてある。



「…………来月?」


 彼は早急にに運営を開始したいと言っているのだが、今は月の中頃だ。

 来月末までということなら、タイムリミットは六週間。


 ちなみにこの街からライナーの領地までは、馬車で四週間はかかる。


「ええと、ちょっと待ってよライナー君。来月までにギルドを開くってことは、ええと……」

「移民の募集に一週かけてから、移動に四週。現地での準備期間は一週かな」


 随分なタイトスケジュールとなっている上に、アリスが今日やろうとしていた仕事の量がいきなり数十倍になった。


 取り乱しはしないものの、彼女の頭はもうパニックである。


 ギルドで働く人を集めた上で、教育するところがスタートラインだ。

 それからギルドで使う各種備品の手配をして。併設で酒場を開くならば、そこでも店員と在庫を仕入れなければいけない。


 ついでに現地の魔物の生態などを把握して、サポート業務の準備をしつつ。

 もちろん自分の引っ越し準備を終わらせてから、移民の引率もすることになるのだろう。


 ギルドの建設は既に始まっているのは救いか。

 それとも、「着いた頃には建物ができているぞ」というプレッシャーか。


「時々本部から無茶な指令が飛んでくると思うけど……まあ、頑張ってね」


 そそくさと奥へ引っ込んだギルド長と、その場に立ち尽くすアリス。

 彼女は数分間、呆然としたままだったのだが。


 整理が追いついたのか、目に怪しい光を宿してくつくつと笑い始めた。



「へぇ……ふーん、そう。やってくれるじゃないライナー君。いいわ……どうなっても知らないわよ」



 色々あって今晩の酒場には、派手に騒ぐ酔っ払いの数が一人増えるのだが。


 不思議なことに。この日を境にぱったりと、酒場で暴れる酔っ払いの姿を見なくなった。


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