閑話 師匠のその後



「うおおお!? 高い、寒い!」

『人間にこの高度は辛いか。よし、少し低めに飛ぼう』

「いやいやいやいや、そもそも風が!」


 巣を立ち退くことになった青龍はレパードを連れて、一路北へ向けて飛んでいた。


 しかし上空数千メートルの高さを、音速を超えた速さで移動しているのだ。

 向かい風が凄まじいことになり、レパードはただ移動するだけで命懸けになっている。


「気、気のせいかな! どんどん寒くなってきたような気がする!」

『北の方が寒いのだから当然だ』


 そんなことはレパードも知っているのだが、問題は青龍がどこまで行くのかだ。


 時折根性を入れて下界の様子を眺めてみたのだが、既に知っている街は全て通り過ぎている。


 後にライナーたちの領地となる王国の最北端へ到達し。

 更に山脈を越えて。

 そろそろ北の帝国領に入ろうとしていたことに気づいたが。


 軍事大国にドラゴンが近づけば、確実に迎撃される。

 そう考えた彼は慌てて叫んだ。


「て、帝国はマズい! この辺で止まろう!」

『なんじゃ。あちらにも人間の巣があるのか』


 三百年前には何もなかったのだがなぁ。などと呟く青龍に対して言いたいことは色々とあったレパードだが。

 何にせよ、早いところ着陸しなければ凍えてしまう。


 まだ秋の入口だと言うのに、上空は酷く寒い。

 こんな時期に季節外れの凍死をするなど、笑い話にもならない。

 そう考えて、彼はひたすらに早期の着陸を祈った。


『あちらには集落があるな……山の方にするか』

「あー、うん。まあそれは仕方ないか……へっくし!」


 青龍としてはもっと南へ行こうかとも思ったが。そちらには赤龍一家が住み着いた気配があったので、縄張り争いを避けるために北へ進んでいる。


 そもそも青龍としては、別に大陸の外に出てもよかった。

 しかし住み慣れた地域に居た方がレパードも安心だろうという配慮から、青龍は北へ飛んだ。


 同じ大陸の中なら地元という、最高に雑な括りをされていたわけだが。

 結局は行ったことがない秘境へ辿り着いてしまったので、違う国だろうが違う大陸だろうが、レパードにとって大差は無い。



「本当に、遠くまで来ちまったなぁ……」

『何を呆けている。洞窟を作るから離れていろ』


 そう言うなり、青龍は岩肌に向けて爪を振るい始めた。


 人間がツルハシやピッケルを振り下ろす何十倍もの威力があるため、十数分と経たないうちに横穴を掘り終わる。


 レパードは早速中に入って、唯一の荷物であるリュックを床に降ろして。

 中身を漁り。中に入っていた最後の薪へ、サラマンダーが火を付ける。


「うう寒っ。雨風は防げても、毛布一枚じゃ冬は越せないな」

「ギュア」


 だがこの洞窟は、青龍が入っても余裕がある空間だ。

 天井が高く、熱が逃げ放題になっている。

 だから多少火をくべたところで、室内の温度は全く上がらなかった。


『であれば適当に獣を狩って、毛皮を作ればよかろう』

「俺は冒険者じゃないの。魔物と戦うなんて無理だよ」

『……ふむ、仕方があるまい。では我が狩ってきてやる』


 青龍はレパードの貧弱さに呆れているようだが、これは賢明な判断だった。


 山の周辺にいる魔物はC級――つまり中堅を少し超えた、ベテラン冒険者が相手をするような敵だ。

 戦闘経験がなければ、武器防具も持たないレパードであれば。森に足を踏み入れた瞬間にエサとなってしまっただろう。

 

 とは言え、持ち込めた食料も多くはない。


 今日の晩には手持ちの食材が切れるので、いずれにせよ青龍には狩りを頑張ってもらわねば。

 レパードがそんなことを思いつつ彼女の方を見れば、何故か大きな身体を震わせてもじもじとしていた。


「……あの、何か?」

『身を寄せ合えば暖かいぞ』

「ああ、うん。そうね」


 断ることもできないので、レパードは青龍の腹に後頭部を預けて座ったのだが。


 ドラゴンの腹は意外とプニプニしているんだな。


 という、何の役にも立たない感想を抱くばかりだった。



 この体勢に落ち着いてから数分経っても、青龍は依然として落ち着かない様子を見せている。

 どうしたのだろうと怪訝に思い、レパードは思い切って聞いてみたのだが。


「さっきからソワソワしているけど、どうした?」

『いやな、その。そろそろかと思うと』

「そろそろ?」


 荷ほどきとも言えない簡単な作業を終えて、食事も終えた。


 日が落ちてきたところでもあるし、今日は寝るだけ――と、そこまで考えた時だ。


『……初夜だ。言わせるな馬鹿者』

「……あー…………」


 野生の動物がつがいになったら、やることはやる。

 むしろそちらを先に済ませてから、なし崩し的に番になる方が自然だろうか。


 しかし、相手は一軒家が二、三軒分ほどありそうな巨躯きょくをしているのだ。

 レパードがどう頑張っても、無理なものは無理だろう。


「……ほら、サイズがさ」

『そう言えばそうだな。では……変化へんげ


 レパードが遠回しに不可能なことを伝えれば、ボフンという音を立てながら青龍の身体から蒸気が噴出して、辺りは一瞬で煙に包まれた。


 閉ざされた視界が、クリアになった時。レパードの目に飛び込んできたものは――絶世の美女だった。


 少し日に焼けたような褐色の肌に、グラマラスな肢体。

 透き通る蒼い瞳と、大きいながらに釣り上がった眼。

 髪はプラチナの如く輝き、後ろ髪だけが長い。

 顔のパーツはもちろん全部整っている。


 そんな容姿の女性が現れた。


「えっと……」

「人間に化けるのは初めてだが……上手くできているか?」


 人によっては人化の術などと呼ぶ技だが、青龍がその気になればどんな生物にも変身できる。


 身体能力はドラゴンのままなので、そこは注意が必要になるが。

 ともあれ彼女は当然の如く裸だったので、レパードの頭から色々な物ものが吹き飛んだ。


 将来への不安とか、これからどうしようとか、理性とか。



 先のことはまた明日にでも考えればいいと、ひとまず色々な事柄を先送りにして。


 即座に考えることを放棄した彼は、自分と同じくらいのサイズになった青龍を押し倒した。





― ― ― ― ― ― ― ― ―


 青龍はその気になれば、何にでも変化できます。


 褐色+プラチナブロンドがOKなら、のじゃロリでも綺麗なお姉様でも、男の娘にでもなれます。

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